バッテリー

ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ

第1章  二十年連続初戦敗退の弱小校

001  二十年連続初戦敗退の弱小校Ⅰ

 視界が霞む。

 全国中学生軟式埼玉大会決勝、春日かすが中学校対市大いちだい中学校————

 右肩が重かった。

 6対4の2点リード出迎えた9回裏、最終回。ツーアウト満塁————

 翔也しょうやはマウンドに立っていた。

 三回の裏から投げ抜いてきた。八回には2点も取られ、体はピークを越えている。握りしめているボールの感覚がない。

 だけど……ここを抑えれば!

「翔也!」

 キャッチャーの光士郎こうしろうがミットを構えながら叫んだ。翔也の方をマスクの内側から睨みつける。

 翔也、ここを抑えれば全国大会だ。残りの気力を全部使って思いっきり投げて来い! 相手は、七番だ。今日のバッティングからして打たれることはない!

 バッターボックスで、ファーストの米倉友樹よねくらともきが構えていた。バットを地面に垂直に立てる構えは、長打を打とうとしている構えのようだった。

 翔也は、外角いっぱいに速球を投げる。光士郎は一球見送って、ボールを見る。

「ストライクッ!」

 右肩を抑えながら、グラブが左手から地面に落ちる。

「ナイスボール! 後アウト一つだぞ! 粘っていこうぜ!」

 後ろからチームメイトたちがマウンドの翔也に叫ぶ。皆、ユニフォームが泥だらけできつそうな表情をしている。

 二球目、相手のバットに当たり、ファースト方向へのファールになる。ゴロではあるが、ラインを切っていた。翔也は大きく息を吐く。

 これで、終わりだ!

 三球目————

 腕を振りかぶって、翔也は左隅のバットの届きにくい所に目掛けてカーブを投げた。

 カキィン! バットに当たり、ボールはレフトの前に落ち、ヒットになる。長打コースだ。

 三塁、二塁ランナーがホームベースを踏み、同点。一塁走者がサードにスライディングをする。

 まずい、ここで止めなければ……!

 レフトはサードに向かってボールを投げた。飛んできたボールをサードは取ろうとするグラブを構え————

 スッ……。送球が右にそれてサードから離れていく。

「なっ……!」

 ベンチからどよめき声が聞こえた。

 ボールは三塁側ベンチのフェンスに当たった後、転がって、やがて止まる。翔也たちは足が止まっていた。

 止まった時間の中、キャッチャーの光士郎が叫んだ。

「サード、ボール……!」

 サードランナーは止まり、打った選手はセカンドまで走っていた。

 ツーアウト二・三塁。サヨナラのチャンスは続いている。

「サヨナラだぁ!」

 市大中学校の野球部員が騒いだ。翔也はマウンドで崩れる。

「タ、タイム!」

 球審が叫ぶ。

「翔也!」

「大丈夫。あと一人抑えて、延長戦で俺が勝ち越してやるよ」

「しっかりしろ。投手は、お前しか残っていないんだ」

 チームメイトたちがマウンドに集まって、翔也を励ます。

「俺のミットに目掛けて思いっきり投げて来い。お前は考えるな。俺がリードしてやる。安心しろ!」

「ああ、分かった……」

 翔也は帽子をかぶり直しながら、フッ、と笑う。光士郎からボールを受け取り、グラブを拾い上げて、はめ直した。

「……プレイ!」

 球審の声で、翔也は腕を振りかぶり、再びボールを投げた。

 一球、一球が鉛の球のように重みを感じる。

 握力が残ってねぇ……。もうダメだ……。

 最後の気力を振り絞って、ボールはキャッチャーミットに目掛けて飛んでいく。

 あの青い空の下での炎天下の試合はここ残りがあった————

 もう、あの日はあのチームメイトはとは戦うことのない夏の思い出————

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