斬るべき者Ⅱ
ずっと前のことだ。夕焼けの中、俺は誰かと一緒に歩いていた。
「gt1%|くん、君はもし違う世界に行けたらどうする?」
顔も思い出せないその女性は、まだ幼い俺の方を向いてそんな質問をする。
そうか……
これは姉が死んだ時のことだ。
この人は、姉の親友だった有理さんだ。
「う〜ん……その世界だとお姉ちゃんにまた会える?」
有理さんの顔は黒く塗りつぶされ、その表情はわからない。ただ、彼女は俺の手をより強く握った。
「そうだね。きっと会えるよ」
「だから、忘れないでね」
そして有理さんは俺に何か大切な事を告げる。だが、それが何だったのかは今はもうわからない。
有理さんはそれからすぐにどこかへ行ってしまった。
「あぁぁあ!!!」
ハッとする。何故俺はあんなことを今思い出したのだろうか。目の前では首を切り落としたはずのサーレンズ・クオッグが生き返り、黒いモヤに全身を包まれながら叫び声を上げていた。
「君たち!ここは私が何とかする!下がれ!」
カリンは剣を拾い、気丈にも俺と倒れて動けないシェリの前に立つ。その足は震えていた。
「ダメだ!あいつは異常だ!お前も逃げろ!」
「
街は魔獣の一挙ごとに建物が崩れ落ちていく。アンハレナはそんな魔獣を抑え込んでいたものの、やはり大き過ぎる相手に分が悪くなりつつあった。
「あ……!」
サーレンズの叫び声が止む。動きは止まり、黒いモヤは次第に薄まっていった。
中から姿を見せたのはサーレンズ・クオッグとは似ても似つかない全裸の少女である。
黒く艶やかな髪、華奢な身体の美しい人形のような少女……しかし、その背にはまるで悪魔のような真っ黒な『翼』が片側にだけ付いていた。
「何……こいつ……?」
「片方だけの翼……『
一体何者なのか。それは名の通りの姿ですぐにわかった。
自分を召喚した魔王教の信者達を皆殺しにしたもう一人の『
『
「な、なんなんだお前は!サーレンズは!?」
呆然とする俺たちの中で、カリンが一番に我に返る。『
「何が可笑しい!」
カリンは怒りを露わにする。翼の生えた少女は笑い終えると少し眼を擦った。
「ごめんね。あんな奴でも心配されてたんだと思うと笑いが止まらなくて」
『
「ボクはまだ不安定でさ。この男の存在を乗っ取ることでなんとかここにいられるんだ」
「君はいいね。完全な『身体』を誰かにもらえたんだね」
『
「ごちゃごちゃ話すつもりも無いが……お前も『日本』から来たのか?」
「へぇ……やっぱり君もか」
俺の勘は当たっていた。こいつも俺と同じように日本からこの世界に召喚されたらしい。それなら話も通じるはずだ。
『
「ねぇ、二人で協力しようよ」
「俺もそのつもりだ。元の世界に戻……」
言いかけたところで、黒髪の少女は少し離れる。
「何言ってるの?ボクと君とで、この世界を滅茶苦茶に壊しちゃおうよ」
「それがこの世界の人たちの望みなんだよ」
カリンが俺の手を引っぱり、『
「そんなことはさせない!
「そのなんちゃら隊の人も、ボクが神様だって言ったら簡単に信じたよ?」
「みんながボクを『
剣を向けられているというのに、ソラと名乗った少女はその辺をぴょんぴょんと飛び跳ねて緊張感を感じさせない。カリンは苛立ちを募らせ、シェリは状況が読み込めずに倒れたまま黙り込んでいる。
「『ソラ』……?その名前、どこかで……」
「ボクはちゃんと覚えてるよ。入江g@("くん」
ソラがその名前を呼んだ瞬間、鋭い痛みが頭に響く。立っていられず、その場に崩れ落ちた。
「貴様ぁぁ!!」
カリンは俺が何かされたと判断し、ソラに斬りかかる。ソラはまったく動じずにカリンの剣で袈裟斬りにされた。
「もう……この身体を使うのにすごく時間をかけたのに。勿体ないじゃない……」
ソラはそう言いながら鮮血を吹き出して倒れた。その身体は即座に先ほどの黒いモヤに包まれる。
黒いモヤが晴れた時、そこにあったのは首と胴体が離れたサーレンズ・クオッグの遺体だった。
「あれが……『
カリンは独り言を呟く。そしてサーレンズの遺体に自分のマントを覆い被せた。
「カリン、どうやらあいつは俺と同じ所から来たらしい。だが、考えている事は全然違った」
「あいつは明確な意志を持って世界を滅ぼすつもりだ」
『
そんなソラの声を聴き、俺の頭は割れるように痛んだ。感じたのは生理的嫌悪だったのだと思う。
おぉぉぉぉ!!!
魔獣は大きな叫び声を上げた。
サーレンズが召喚した魔獣は、主人を失った事で動きを鈍らせている。アンハレナの攻撃によるダメージも溜まりつつあるようだ。
魔獣は羽をバタつかせ、その巨体を浮かばせた。アンハレナも流石に空への攻撃は出来ず近くの建物の屋上で立ち尽くしている。
ゆっくり速度を上げながらこちらへ飛んでくる。召喚した主の元へ戻ろうというのか。真上まで魔獣が来たところで、俺とカリンはシェリと意識を失った市長を抱えて急いで離れる。
魔獣はサーレンズの遺体の上にドシンと降り立った。そして一段と大きな雄叫びを上げる。
「イーリエ、こいつを止められるかい?」
「魔獣に俺の力が通じるかわからないが……やるだけやってみよう」
この世界に存在しないはずの化物は城の建物に登っていった。建物はその重さに耐えきれず轟音と共に瓦礫へと変貌する。
「魔獣よ……『元いた世界へ戻れ』!」
ぉぉ……お……
効果は無い。『元いた世界』というのが漠然とし過ぎていたようだ。魔獣の還る場所の具体的なイメージも湧かなかったのも原因だろう。
「仕方ない……『魔獣を消し炭になるまで燃やし尽くせ』!」
おぉぉぉぉ!!!
魔獣の全身が一瞬にして燃え上がる。あまりに激しい炎に、魔獣は抵抗すら出来ず為すがままに燃やされていった。
それは大きな炎の柱となり、暗闇を照らす。
数十分ほどで魔獣は完全に焼き尽くされ、消し炭どころか灰すら残さず消滅した。
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