斬るべき者Ⅰ

 絶体絶命、今の状況はまさしくそれであった。


 言葉にするだけでどんな奇跡も引き起こす『呪いの言葉』……俺の奥の手が目の前の敵に通用しないのだ。


「君が知っているかはわからないが、ひとつ神話に伝わる話を教えてあげよう」


「『魔王タイメッソ』の『呪いの言葉』は、その当時に彼の同族が使っていたありふれた言語の一つに過ぎなかった」


「だが、彼だけがその言語を『呪いの言葉』として武器としたのだ」


 サーレンズは『呪いの言葉』の由来について語る。俺をもう殺すことが出来るという余裕か、それとも何かの時間稼ぎなのか。


「『魔王タイメッソ』は世界廃滅の戦いを始めた時、最初にその言語を使う同族を皆殺しにした。他の誰も、彼の『力』を使う事が出来ぬよう……」


「長々と為になるお話をありがとよ、おっさん」


 俺とサーレンズ・クオッグの間にもう一つの頼みの綱が降臨した。


「お怪我はございませんか!?イーリエ様!」


 シェリ・マイハー、『帯剣ソルシン』、『帝国最強の剣士』……そして俺の大切な『信奉者』だ。彼女は魔獣と戦っている間に何度も俺の方を確認し、自分の勇姿を見せようとしていた。そして俺が何者かに攻撃を受けているのを発見して、急いでこちらに戻ってきたのだ。


「時間稼ぎが仇になったな」


 『呪いの言葉』が通じなかったショックからやっと立ち直り、俺はサーレンズに向かって強気になる。


「『帯剣ソルシン』のシェリ・マイハーか。前から疑問に思っていた……何故君が魔王教に入れ込んでいるのか」


 サーレンズは俺の顔をじっと見つめ、シェリに視線を戻す。


「やっとわかった。そういうことか……罪滅ぼしのつもりか?」


「黙れっ!!」


 男の言葉にシェリが激昂する。その眼は殺意に溢れ、砂埃を立てて即座に斬りかかった。


「帝国最強と呼ばれるだけはある!速さも重みも……魔法で強化された私以上だ!」


「……」


 サーレンズはシェリの剣撃を何とか受け止める。単純な実力はシェリの方が上であろう。だが、今の彼女は冷静さを失っていた。


 次第にシェリの攻撃は大味になっていく。サーレンズは次第にシェリの攻撃に慣れ、剣を振り終えた後の一瞬を突いてシェリに攻撃を当てる。


「……小賢しい!」


 それがよりシェリを苛立たせた。ほんの数分の戦いで、既に形勢はサーレンズに逆転されている。


「可笑しなものだ。かつて帝国最強と呼ばれた君が、私如きに押されるとはね」


 シェリは返す言葉もない程に消耗しつつある。このままでは必ず負けるだろう。それ程までにサーレンズの戦い方は狡猾で計算され尽くしていた。


「シェリ……!負けるな!」


「はいっ!イーリエ様の前で、醜態を晒すつもりはありません!」


 俺にはシェリに空虚な応援の言葉を掛けるしか出来ることがない。


 ……いや、実はひとつだけある。


 俺の『呪いの言葉』はサーレンズには効果がなかった。だが、シェリにならどうだ?


 シェリの身体能力を強化したり、反射神経を鋭敏にすることも出来るはずだ。


 だが、その代償は?効果はいつ切れ、後遺症は残らないのか?そんな可能性を考えれば考えるほど、安易に彼女に『呪いの言葉』を掛けることが出来なくなる。


 アンハレナへの『自ら命を絶てない』という命令は未だに効力が持続していた。いや、『呪いの言葉』による効力自体はすぐに切れたが、彼女の思い込みによりその命令が守られ続けているのだ。


 シェリは俺の言葉を受け入れるのか。


 考えがぐちゃぐちゃに混ざって訳がわからなくなる。その間にもシェリの劣勢は続き、彼女は限界に達していた。


「私はイーリエ様の全てを受け入れます!」


 俺の戸惑いを察して、シェリはこちらに笑顔を見せる。自分が死にかけているにも関わらず、俺を安心させるかのように笑う。


 杞憂だった。シェリは俺を受け入れる。全幅の信頼を寄せてくれている。


「シェリ!お前に命じる!」


「全ての限界を超越して、目の前の敵を沈黙させろ!」


 その瞬間、シェリの身体は俺の視界から消えた。


 元々帝国最強の肩書きを持っていた彼女の身体能力は凄まじく高い。その限界を超えて力を出すように命じた。


 サーレンズも流石にこの状態のシェリの動きを見切れず、どこから攻撃を受けたかもわからないまま数メートル吹き飛ばされた。


 彼の身体を覆っていた白い鎧が粉々に砕ける。


「ぐっ……ここまでとは……」


 サーレンズは剣を支えになんとか立ち上がった。シェリの限界を超えた一撃を食らいながらもまだ動けるとは驚きだ。


 シェリ自身もこの一撃で身体に負荷を掛けたことで口から血を流している。だがその眼はしっかりと敵を捉えていた。



「神……神……」


 サーレンズはうわ言のように履き続ける。シェリは剣を彼の首に添えた。つい数分前に俺に剣を突きつけていた男が負けたのである。


「イーリエ様を傷付け、私に『嫌なこと』を思い出させた」


「弁解も謝罪もいらない。死ね」


 シェリの剣は容赦なくサーレンズの首を切り落とした。カリンの制止の叫びが轟くがもう遅い。


「こ、殺す事は無かっただろ……聞かなきゃならないことが……」


「無い。イーリエ様は敵を沈黙させろと命じられた」


 狼狽えるカリンにシェリは冷たい眼を向ける。だがその眼もすぐに普段の生暖かい彼女のものに戻った。


「イーリエ様!私、ちゃんと命令を守りました!褒めてくだ……」


 はしゃいでいる途中でシェリはどさりと倒れこむ。限界を超えて動いた反動だ。


「全身が痛いです……力が入りません……」


 どうやら彼女の全身は筋肉痛により動く度に何とも言えない痛みに襲われているようである。


「サーレンズ・クオッグ……どうして……」


 カリンは彼の遺体の側で問いかけていた。サーレンズは首と胴が離れ、カリンの問いにもう答えることは出来ない。


「知りたいかね?」


 ?!


 サーレンズ・クオッグの首はカリンを見て笑う。首だけになったんだぞ!?どうして生きている!?


 男の首からはグネグネと蠢く黒いモヤのようなものが出てきている。それが胴体へと首を引き寄せ、切断された身体が元に戻った。首には黒いモヤがマフラーのように巻きついている。


「首を切り落としたんだぞ……人間やめてるってのか?」


「この身体こそ、神に仕える私に相応しい不死身の肉体よ」


 額に冷や汗が伝う。『呪いの言葉』も効かず、殺しても死なない。どうすればいいんだ。


ーー時間稼ぎ、お疲れ様


 その声は、その場にいた全員の頭に響いた。


「神ぃぃ!!私はあなたの願いを!!」


 サーレンズはその声を聴いて狂ったように天を仰ぐ。


ー君、うるさいからもういいよ


「あぁぉぁ!!?」


 叫び声を上げ、サーレンズは苦しみ始めた。彼の首に纏った黒いモヤは全身を包み込む。

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