自由の街Ⅱ

 あまりにも呆気なく倒されていく見張り達。俺達は階段を登り出入口の扉を開けて外へと出た。


 ここまで来る最中に見張り達が「さっきの女のように逃がすなよ」としきりに言っていたので、カリンは俺達より先にここを脱出できたのだと思う。武器を持たずにこの見張り達を撒いたのなら中々の実力である。


 俺達が閉じ込められていたのは地下室であったらしく外は広場になっている。周りの感じからすればここは地図で確認しておいたルード市中心の城のようだ。


 カリンが地上の衛兵の注意を引いてくれていたためか、俺達がこうして脱出を果たしたにも関わらずこの周囲に人の気配はない。


「よし……囮としては一人前だ」


「『黒角姫コンタンヴィレ』、あの女わざと先に行かせた」


「性格悪い」


 アンハレナは表情を変えずに俺の方を見る。この少女は感情の起伏も表情の変化も乏しいので、俺に対して今も怒っているのかもわからなかった。


「イーリエ様は、私達がこれ以上雑魚に構わないようご配意くださったのです」


「そんなことも理解出来ないのですか」


 シェリはシェリで都合良く解釈してくれていた。勝手に俺から愛されていると悶え、自分を抱きしめている。こいつの思い込みは相当なもので心配だ。


 空は暗くなり、もう夜が訪れている。


 俺達三人は、夜の闇に一段と煌めく市長がいるであろう建物を目指して歩き始めた。



 建物は近付くほどにその荘厳さがより目立つ。城の中とはいえ、そこは凝った彫刻が施され、建物自体も鮮やかに彩られていた。だが、門番の兵士は倒れて意識を失っていた。血は流していないので、これはカリンの仕業だろう。聖僧隊エンカラクスの地位にふんぞり返っているのかと思っていたが、そこそこの実力はあるようだ。


 俺はゆっくりと、門を手で押して開いた。



 目に飛び込んだのは、数十人の男に取り囲まれ疲弊しているカリンの姿だった。


 彼女は魔法の発動に必要となる杖を取り上げられたままになっていたので、体術だけでここまで乗り込んできたのだ。


 それでもカリンの周囲には男達が倒れて唸り声を上げている。俺がこうして分析している間にも、また何人かが彼女に殴り倒されていた。


「中々やるじゃないか!カリン!」


「この程度はいつも修練で相手しているからね。それよりも、その子が持ってる私の杖をこちらに渡してくれないか?」


 カリンはまるで運動で良い汗を流すという風にさわやかな感じである。俺はシェリに指示してカリンの杖を持ち主の方へ投げさせた。


「ま、魔法を使わせるな!」


 全く存在感がなく、今の狼狽えた声で市長がこの建物内にいることがわかった。護衛たちが面白いように次々と倒されていくのにかなり焦っていて、滝のような汗を流している。


「大人しく話をしていれば、まだ弁解の余地はあったのに!市長、あなたを逮捕します!」


「『血の束縛』!」


 杖を手にしたカリンはすぐさま魔法を発動させた。俺とシェリを拘束した魔法だ。『帝国最強の剣士』でも破れない。この市長にはどうすることも出来ないだろう。


「カリン!そいつにいくつか聞きたいことがあるんだ!」


 市長はカリンの魔法により縛られ、彼女に引っ張られてこちらにやって来る。


「なんてことをしてくれる!アイツが!が動き始めてしまうぞ!」


 市長は体中から汗を吹き出しもはや干からびたミイラになりそうだ。もう捕まったというのに何に怯えている?


「サーレンズ様!私はあなたに与えられた使命を果たしました!何故こんな……!」


「サーレンズだって……?」


 市長の絶叫に近い言葉にカリンが反応する。その時、建物が大きく揺れた。


「イーリエ様!早く外へ!」


 シェリはいち早くこの揺れが地震ではない事に気付く。アンハレナも拘束された市長を背負って走り出す。


 建物は崩れなかったが、俺達は外に出た所で信じられないものを目にした。



 城からは街が一望できるようになっている。街は煌々と夜の輝きを放っていた。


 そんな街に、不自然な巨大物体が密集する建物を押し潰して存在している。


 それは俺達が見た骸骨の魔物だ。


 あの時よりもずっと大きく、より不快感を与える邪悪さを感じる。


「私の街が……結界が……」


 市長は愕然としていた。カリンは市長の胸倉を掴んで問いただす。


「サーレンズと言ったな!?それは聖僧隊エンカラクス序列十三位のサーレンズ・クオッグのことか!?」


「約束が違う……聖僧隊エンカラクスの言う事を聞けば街は……」


 ショックのあまり、市長はまともに会話のやり取りが出来ないようである。俺はカリンの肩に手を置く。


「とりあえず、あの魔獣を止めなきゃいけないんじゃないか?」


「その通りだ……だけどあんなデカいのをどうやって……」


 待ってましたと言わんばかりにシェリとアンハレナがカリンの前に出てくる。


「あれだけ大きければ斬り刻み甲斐があります」


「取り付ければ、大して怖くない」


 すでに二人の間でどちらが魔獣を倒す手柄を上げるか勝負が始まっていた。


「二人とも、あの魔獣を仕留めてこい」


「はいっ!イーリエ様にあの化け物の首を捧げます!」


「アレ倒したら、アンハレナは解放してもらう」


 二人はそれぞれの得物を構えて魔物のいる方角へ駆け出す。ここからはかなり距離があるが、彼女達は建物の屋根の上を跳び魔物を目指した。


「アイツらの強さは折り紙付きだ。すぐに終わらせてくれるよ」


「あ、あぁ……なら安心だ」


 カリンは笑顔で魔物へと向かったシェリに困惑しているようだ。だがすぐに表情は引き締まり、市長を見る。


「市長、先ほどの発言については後で詳しく聞かせてもらう。何故私達を閉じ込めたのかもだ」


 カリンの声には抑えられた怒りを感じた。

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