自由の街Ⅰ
闇雲に歩き回ったところで何の意味もない。
魔物が飛び立った方角、その先にはルードというそこそこの規模の街があるが、さらにその先は果てのない海らしい。
カリンはこの街に最初に目を付けた。
「ルードは交易の盛んな都市で、余所者がいても目立たない。それに自治が認められているから中央も簡単に大規模な捜索はできないんだ」
「確かに潜伏にはうってつけだが……流石にあんな大きな魔物を隠すのは無理だろう。召喚されたばかりの奴が運良く辿り着けるのか?」
『
「けど、可能性はあると思う」
シェリが口を開く。彼女は魔王教を信じていないことを俺に告白した。この道中でもカリンに問われ、魔王教を利用していたに過ぎないと答えている。彼女が魔王教の連中を庇うことはもう無いだろう。
「ルードの市長は闇魔法に傾倒してると噂されてて……魔王教の集会でも何回か見たことあるんだ」
「その証言で充分だよ。それだけで、市長を審問に掛けられる」
カリンはシェリの証言を武器に市長を問い詰めるつもりだ。市長が魔王教の信者なら、『
話しているうちに俺たちはルードの街の門にまで辿り着いた。カリンは門番をしている兵士に、自分の身分と用件を伝えるように言う。
三十分ほど待たされた後、市長は自ら門にまで俺たちを迎えに来た。
「お待たせして申し訳ない!なにせ
「こちらこそ突然の事で失礼した。少しこの街を調査させていただきたい」
汗を拭いながら、四十代くらいの人の良さそうな男が駆け寄ってくる。自治都市を治める市長にしては威厳をあまり感じない腰の低さだ。
カリンの名はそこそこ通っているようで、市長は終始ペコペコ頭を下げながら俺たちを自分の館へと招待した。
館には既に歓迎の宴の準備が整えられ、ご馳走が机一杯に置かれている。俺たちの目を何かから逸らしたいという意図が見え見えだ。
「私は節制をモットーにしておりましてな。こんなものしかご用意出来ませんが、どうぞお楽しみください」
『こんなもの』は贅を尽くしたとしか言いようの無いような豪華な料理だった。シェリとアンハレナはしばらくまともな食事にありつけていない為、早速ご馳走に飛び付く。かく言う俺もこの世界に来て初めての豪勢な食事、美味い酒の誘惑には勝てなかった。
ーーーきろ!
ーー起きろ!
「みんな起きろ!!」
カリンの大声で俺は意識を取り戻した。
まったく記憶が無い。
俺たちは薄暗く狭い部屋に四人で閉じ込められている。俺と同じようにシェリとアンハレナも目を覚ました。
「毒盛られた。アイツ初めから怪しかった」
アンハレナは余裕といった顔で立ち上がる。
「お前何も考えずに腹一杯食ってただろ……」
「毒の分析してた。あれは眠りの薬」
「誰でもわかるだろ!」
扉には鍵がかけられており、厚い鉄製で破るのは難しそうだ。
「くっ……!
「まぁ想像通りの展開だとは思うぞ。あの市長は俺たちを始末して、『誰もここには来なかった』とシラを切るだろうな」
シェリは座ったまま、冷静にこの状況について分析している。
「イーリエ様から授けられた剣を奪われるなんて……この街の人間を一人残らず殺してやる……」
前言撤回。一番冷静さを欠いているようだ。
「もう牢屋は飽きてるんだ。さっさと済ませるぞ」
俺は小声で「鍵を開けろ」と呟く。ガシャンと音を立て、ゆっくりと鉄の扉が動いた。
「なっ!?一体何をしたんだ!?」
俺の『呪いの言葉』のことを知らないカリンは驚いてこちらに駆け寄る。
「俺はどんな鍵でも開けられるのが特技なのさ」
カリンは怪訝な目で俺を見る。だが今は俺を追及している暇はないのを理解しており、見張りがいないのを確認して外へ出て行った。
「シェリ、アンハレナ、俺達も行くぞ」
「潜入、暗殺、アンハレナ得意。あの市長殺して来る」
「待て待て。聞き出さなきゃいけない事があるんだ」
カリンは俺達を置いて先へ進んでいる。俺達も奪われた武器や持ち物を取り戻さなくてはならない。
「さぁ……撫で斬りにしましょう」
でないと、シェリの精神は限界に達してしまいそうだ。
「落ち着け。剣ならまた作ってやるから」
「アレじゃなきゃ駄目なんです!特別なんです!」
シェリは駄々っ子のように床にへたれ込み手足をばたつかせる。俺とアンハレナは軽く引いていた。
「おいアンハレナ、本当にこれが『帝国最強の剣士』なのか?」
「憐れ。帝国はよっぽどの人材不足」
「けーんー!剣を返してぇぇ!!」
シェリの喚き声に、見張りはようやく俺達の脱獄に気が付いたようだ。
「お前ら!そこを動くな!」
「ちっ……面倒な事になった。シェリ!早く行くぞ!」
俺はシェリを引きずって見張りから離れようとする。だが俺は今は非力な少女の肉体だ。人間を引きずるにもひどく体力を消費してしまう。
「……っ!お前重いぞ!」
「剣……」
「『
アンハレナは俺より背が低いにも関わらず、シェリを軽々と肩に担いで走り出した。彼女の健脚のおかげで俺達は見張りを引き離し、空き部屋に隠れることが出来た。
「でかしたぞ……アンハレナ……」
息を切らし、胸を押さえて座り込む。この身体の基礎体力はそんなに高くはない。
「ここに逃げ込んだのはこれの為」
アンハレナは部屋の奥の木箱に無造作に詰め込まれていた自分の武器と持ち物を取り出した。
「よくここにあるってわかったな」
「この鎌は大事な相棒。アンハレナを呼んだ」
彼女は自分の持ち物を回収し終わった後、箱の中に残っていた俺とシェリの武器と持ち物もこちらに投げて渡す。
「あぁ!私の剣!おかえりなさい!!」
シェリは剣を拾い上げ頬擦りした。
「その剣はお前を呼んでなかったみたいだけど」
からかうようにシェリの肩に手を置いた。彼女は不気味に笑って自分に都合の良い解釈をしているようである。
「この子も私を呼んでいたんです。それなのに私はこの子が誰かに奪われると取り乱してしまって……ごめんね!ごめんね!」
俺達は装備を整え、ついでに部屋に置かれていた他の誰かから取り上げられたと思われる役立ちそうなものとカリンの装備を持って行くことにした。
「私達をこんな所に閉じ込めたということは、この街は『
やっとまともな会話が出来るようになったシェリは、今までの遅れを取り戻すかのように真面目な話をし始める。もうどんなに取り繕っても俺の中でのイメージは『おかしな人』になっているが。
「まだそう判断するには早い。まぁ直接市長やらに聞けばいいさ」
俺達は空き部屋の扉を開け、堂々と出口へ向かい歩く。見張りにはすぐに見つかってしまったが、もう恐れる必要は皆無だった。
「あぁ良かった!私、剣を手放してしまっていた間苛立ってたんです!」
シェリが剣を鞘からゆっくり引き抜いて構える。ストレス解消に人を斬るつもりか?
その脇を、とてつもない速度で黒い影が過ぎていく。影は向かってくる見張りの数人を一瞬のうちに倒してしまった。
「あ……!あ……!私が斬りたかったのに!!」
「『
影の正体はアンハレナだ。彼女はこちらにいるシェリを見て挑発するように笑う。
獲物を奪われ、さらに馬鹿にされたことにより、シェリの背後には何とも言えない禍々しいオーラがのぼり立っていた。
一体いつになったらこいつらは笑顔で握手を出来るようになるのだろう。ふとそんなことを心配してしまう。
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