聖僧隊Ⅰ

 しばらく前を進んでいたシェリだったが、ここから先は真っ直ぐの道だということで俺の横にまで下がってきた。


 シェリは俺の右手に自分の指を絡め、大きく手を振り歩く。どうやらアンハレナに対抗心を持っていて、俺との仲を見せつけているようだ。


 それを見たアンハレナは、歩く速度を速めて俺の左手をおもむろに握る。俺もシェリも予想外の行動に一瞬停止した。


「アンハレナ、名案が浮かんだ」


「角の娘、手篭めにすれば、帯剣ソルシン殺せる」


 いや、全く名案でもなんでもない。シェリのアホさが感染したのかと思う。


 こうして俺は、右に『帝国最強の剣士』を、左に『オルフ族一の処刑人』を侍らせ、二人の間に飛び散る火花を浴びながら残りの行程を進む羽目になった。



 そよ風の吹く丘を通る道は清々しい。本当に平和な国なんだと感じる。


「不思議に思ってたんだが、この世界にはドラゴンとか魔獣とかは出てこないのか?」


「何言ってるんですかイーリエ様〜ドラゴンや魔物なんて、おとぎ話の読み過ぎですよ?」


「いやおかしいだろ!魔法があったり、そもそもお前だって俺を『召喚』したじゃないか!」


アンハレナはそっぽを向いていた。こいつ、笑っていやがる……


「いいですかイーリエ様、魔法だってまだ発明されて二十年くらいなんですから」


「そんなに歴史が浅いのか?!」


「魔獣なんて魔法学の偉い先生でもまだ実現出来てない、ものすごく難しい分野なんです!私がイーリエ様を『召喚』出来たのは……」



 ぐぉぉぉおお!!!


 咆哮が地面を揺さぶった。その声の主は、人間の骸骨に牛の体、背中にはコウモリの羽根、尻尾はムカデという、まさに異形の魔物である。


「お前、さっきなんて言った?」


「あはは……おかしいですね〜」


 魔獣との距離は百メートルほど。幸いにもまだこちらには気付いていない。


「怪物……初めて見た。神話の怪物、『魔王タイメッソ』の眷属」


「アンハレナ!魔獣ってのは全部魔王の手下なのか?」


「そう教わってる。『魔王タイメッソ』は魔物率いて戦争した」


 まだ魔獣はこの丘で誰かを襲った形跡はない。魔王がかつてこいつらを使役したのなら、俺にも従うはずだ。


「シェリ、アンハレナ……お前らは待ってろ」


「イーリエ様!いくらなんでも無茶です!」


「魔物、人喰らう。死ぬの間違いない」


 心配する二人をその場に残し、俺は魔獣に駆け寄った。かなり大きい。十五メートルくらいの大きさだろうか。


「俺は『魔王タイメッソ』の転生者!『黒角姫コンタンヴィレ』だ!俺に従え!!」


 大声で叫んだことで、魔獣はようやく俺に気付く。俺は何度かさっきの台詞を繰り返したが、骸骨は顔をこちらに向けて止まったままだ。この魔獣は顔が骸骨なせいで、何を考えているのか全くわからない。

シェリとアンハレナは特に魔獣に相手にされない俺を見かねて俺の側までやって来た。


 結局、魔獣は俺の呼びかけに応じることはなかった。ただ巨大な顔をこちらに向けるだけで、意に介していない。


「どうするんですかイーリエ様、日が暮れちゃいますよ」


「まさかここまで意志の疎通が取れないとは思わなかった。こんな道端に放っておくわけにもいかないしなぁ」


 幸いにも通行人はまだ現れていない。こんな怪物を目にすれば、大変な騒動になるはずだ。


 その時、ピーッと笛の音が辺りに響いた。

 音が鳴った瞬間、魔獣はピクンと反応して後ろを振り返り、到底飛べるとは思えない巨体の割に小さすぎる羽根をバタつかせ、ヨロヨロと飛んでいく。


「な、なんだこの音は!?」


 三人ともそれが何なのかはわからなかった。おそらくそれは魔獣を呼ぶ為のものに違いない。では、この世界でも誰も見たことがない魔物を一体誰が?


「あの魔獣が飛んでいった先に隠れ寺院があります!」


「じゃああの魔獣は、もう一人の『魔王の子タイメッソリファ』が呼んだかもしれないのか」


 俺自身、『呪いの言葉』という奇跡を起こす力を持っているんだ。同じ境遇の奴が同等の能力を持っていたって不思議ではない。


「シェリ、もう目的地はすぐそこだったな」


「はい、この丘を越えた先の廃墟の中です」


 シェリの指差した先には石造りのとても古そうな建物が建っていた。入口の辺りは少し崩れ、人の気配はあまり感じない。


 先ほどまでゆっくりと飛んでいた魔獣は、いつのまにか姿を消している。あんな巨大な物を三人ともが見失ってしまうとは。


「とにかく今はあそこに行くしかないか」


「アンハレナ、ここで待ってる」


 アンハレナは大人しくしていたかと思ったが、どうやら疲れているようだ。そういえばさっき、俺たちを見つけるまで丸一日走り回っていたと言っていた。


「どうぞご自由に。その間に私はイーリエ様と愛を深めさせてもらいますので」


 一方通行の愛、な。


「『帯剣ソルシン』、憐れ。女相手に色目使う」


 チクリ、とアンハレナの言葉の剣がシェリに刺さった。シェリの背中から炎が燃え上がるのがわかる。


「イーリエ様、やはりこの小娘はいまここで……!」


「もういいから行くぞ。アンハレナ、お前は休めたら追いかけてこいよ」


 俺は丘を一気に駆け下りる。その後をシェリが「待ってください」と言いながら追いかけてきた。


 隠れ寺院というので身構えてやって来たが、そこはただの廃墟でしかなかった。


 建物はずっと昔の時代のもので、いつ誰が建てたかすら記録に残ってはいないという。しかし、今もこうして建物としての機能を果たしているのだから相当な技術を有する文明が建設したのだろう。


 歴史のロマンのようなものに浸っていたが、いつまで経ってもシェリの言う隠れ寺院とやらは姿を現さない。


「ずいぶん奥まで来たが、本当にここがお前の言ってた場所なのか?」


「そうなんですけど……いくらなんでも誰も出てこないのは変です」


「あの時襲ってきた聖僧隊エンカラクスがこっちにも来てた可能性は?」


「ありません。アイツらは異端狩りの後は必ず火を放って去ります」


 俺たちは大きな扉の前までたどり着いた。この奥は大広間になっていると説明し、シェリは扉をゆっくりと押し開ける。



 その先にあったのは、静寂。



 太陽の光をうまく取り入れるように設計され、まるで屋外のような明るさの大広間。舞い散る埃がそれぞれに煌めいていた。


 しばしそれに見惚れ、ふと地に目線を移す。


 今頃になって、ムワッと生臭い風が顔に当たった。その臭いは間違いなく『血』の臭いである。


 床一面に、人間の死体が横たわっていた。




「うわぁぁ!!」


 思わず悲鳴を上げてしまう。シェリもこの惨劇に絶句している。


「なんだ……これ……」


 シェリは俺よりも一足早く冷静さを取り戻し、手近な死体を触って調べ始める。


「イーリエ様、この人達は全員命を絶っています」


 彼女の言う通り、全ての死体が刃物を手に握っていた。さらにその表情は皆笑顔で、とても幸せそうだ。


「何故こんなことを……」


 思考を巡らせる。集団自殺?何故そんなことをする必要があった?


「息のある者がいます!」


 シェリはこの死体の山から生存者を見つけた。慌てて駆け寄るが、その生存者も自分の腹に刃物を突き立てていて、辛うじて生きているといった状態である。


「教えろ!何があった!?」


「『魔王の子タイメッソリファ』……『片翼の姫君リルシスヴィレ』は我らの救い主……」


「私達の魂を捧げ……あのお方は世界を滅ぼされる……」


「あは……は……」


 笑いながら、生存者は息を引き取った。


「シェリ……『片翼の姫君リルシスヴィレ』、こいつはそう言ったが」


「きっと、ここで蘇ったんだと思います」


 広間の中央に、石の台のようなものが置かれていた。それには見覚えがある。俺がこの世界に来た時に最初に横たわっていた台だ。


「蘇った『魔王の子タイメッソリファ』は、信者達の命を喰らい、ここを出た……」


 シェリは天井を指差す。俺は最初、それはこの建物の採光のためのものだと思っていた。だが、その穴は内側から何かが突き破ったかのように開けられている。


「もう一人の魔王というのは、ひどく血が好きらしいな」


 俺は皮肉交じりに吐いた。これまでの三日間の旅路も、目的も、全ては無駄となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る