聖僧隊Ⅱ
「『血の束縛』よ、二人を縛れ!」
「!?」
血塗れの廃墟に何者かの声が響いた。声は赤黒い線のようになって俺たちの元に伸びてくる。
「これは……?!」
「拘束魔法です!油断しました……!」
線は俺たちの身体にグルグルとまとわりつき、身動きが取れなくなった。拘束魔法だと?一体誰が……
「昨晩、この廃墟から光の柱が立ったという報告があった」
「そしてこうして現地に赴いてみれば、多数の死体と邪教信仰の証拠……」
「私はカリン・アスタニカ。
大広間の入口の方から、一人の少女が足音と共に現れる。茶髪のサイドポニーで、白く磨かれた鎧を身に付けている。
「『
この少女はシェリを見て俺達を敵だと判断したようだ。だが、即座に魔法で不意打ちをしなかった辺り、交渉の余地はあるように思えた。
「シェリ、こいつとは俺が話す。お前は血の気が多めだからな」
彼らは『女神教』の武力の象徴であり、ボランティア活動から異端弾圧まで幅広く手掛けるそうだ。さらに彼らには厳格な序列制度があり、最高位であればこの国の女神教徒の頂点に立つという。
二十九位……この少女はその見た目からは想像できないが、かなりの実力者だ。
「
「俺は『
その名を聞いた瞬間に、カリンと名乗った茶髪は杖を俺に向ける。おそらくこの杖は魔法を放つためのものだ。
「『
「もちろん。あんたらが『
『呪いの言葉』という最後の手段を持っていることが、俺を饒舌にさせていた。だが、どんな強力な力を持っていても上手く使わなければ宝の持ち腐れである。
「おそろくここから、もう一人の『
「もう一人の血が大好きな『
カリンは困惑している。やはり予想通り、この茶髪は序列二十九位の地位を持て余した年相応の少女なのだ。
「あはは……!まさか邪教徒の冗談で笑うとは思わなかった!」
「
カリンは俺の提案を却下する。想定通りだ。
「そうか。悪くない提案のはずだったんだが」
わざと彼女に見せつけるように拘束魔法を解除し歩み寄る。
「……!私の『血の束縛』を!?」
「俺は『
「そこを大人しくあんたらに協力しようというんだ。俺もこの世界に召喚されたばかりで女神教とか異端とか正直どうでもいいからな」
カリンは目線だけは俺に向けたまま動かない。いや、得体の知れない俺を警戒して動けない。
「イーリエ様ぁ!私をお救いくださるって言ったのにぃ!」
「お前はややこしくなるから黙ってろ!」
「……ここから三時間歩いた先に詰所がある」
カリンは長い脳内会議の末にようやく答えを出した。
「そこまで大人しく付いて来い。抵抗や不審な点があればその場で処刑する。いいね?」
とりあえずその提案に乗ることにする。下手すれば三対一で戦わなくてはならないにも関わらずその選択肢を取るということは、もしかしたらカリンにはまだ『奥の手』があるのかもしれない。
悪名高い『帝国最強の剣士』は拘束魔法を解除されないまま、アンハレナに背負われて移動することになった。
「『
「違っ!?イーリエ様の前でそんなこと言わないでよ!」
カリンは仲良く(?)じゃれ合う二人を見て呆れていた。
「東方辺境公の差し向けた刺客をまさか仲間に引き込むとはね。やはり君は危険な存在なのかな?」
「アンハレナ、この角娘に辱められた。復讐のためにとりあえず一緒にいる」
「へぇ〜魔王とか関係なく、普通の犯罪者として捕まえておかないと……」
いやいや、誤解している。俺は断じてそんな不埒な輩ではない!
「そもそもこの角はなんなの。かっこいいと思ってるのかい?」
カリンは俺の後ろに回り、両方の角を掴んだ。本来であれば後頭部に柔らかい感触を楽しめるのだが、彼女は鎧を着ていてその期待はあっけなく潰える。
「今、『鎧がなければおっぱいを楽しめたのに』って考えてるね?」
?!?!
エスパーかこいつは!
「イーリエ様〜これ以上私以外の女を知らないで〜」
「シェリ!誤解を生む発言はやめろ!」
俺は魔王の再来として呼び出されたはずの世界で、女達に振り回されていた。
詰所に着くなり、俺とシェリは牢獄に投げ込まれた。
アンハレナはちゃっかりと自分は無理矢理捕虜にされたとカリンに訴え、客間に通されたらしい。オルフの誇りとかなんとか言ってたくせに……
「イーリエ様が何をお考えなのか私には理解できません!」
牢獄に入れられたというのにまだ拘束魔法を解いてもらえていないシェリがゴロゴロ転がりながらこちらまで近づく。
「あの
「まおー様が大人しく従う必要なんて……!」
シェリはたいそうご立腹の様子だ。信じていた俺が帝国と手を組むなど納得できないだろう。
彼女には悪いが、俺はもう一人の『
俺と同じように召喚されたのなら、『同じ世界』からやって来た可能性がある。戻りたいかは別として、元の世界へ帰る糸口を掴めるかもしれない。
そのためにも、帝国から常に追われる立場というのは色々やり難いと判断した。
「お前はまだ『魔王教』を信じるか?」
シェリは意外なことを聞かれ面食らっている。
「当たり前です!私はイーリエ様に忠誠を……」
「それは『
ーーー
しばし沈黙が流れた。
シェリは答えに窮しているのだろうか。ゴロンと転がって顔を背ける。
「怒りませんか?」
「気にしない。言いたいことを言え」
彼女はこちらを見ないまま、ゆっくり話し出した。
「本当は『魔王教』なんて全然信じてません。世界の救済なんて妄想だと思ってます」
「やはりそうか。ずっと感じていたんだ。お前に対して胡散臭さを……」
「それでも私には叶えたい『願い』がある。だから、魔王だろうと何だろうと……すがるしかなかったんです」
シェリは「私たちを救ってほしい」と言った。彼女の本当の願いは何なのだろう。その答えを聞く前に、牢獄の前にアンハレナとカリンが姿を現した。
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