帯剣Ⅲ
シェリもアンハレナもしばらく騒いだ後は疲れ果て、いつのまにか眠っていた。
シェリの言うとおり、刺客をそのまま同行させるのにリスクを伴うのは理解している。ただ、試してみたいことがあった。
呪いの言葉は、どこまでの事が出来るのか。
相手の動きを強制する、多数の人間を別の場所に転送する、剣を生み出す……一見してどんなことも可能であるように思える。しかし、対象を広げるほどに身体への負担は大きくなり、あの時のように行動不能になってしまうようだ。
俺はアンハレナに気付かれないように、彼女にいくつかの『呪いの言葉』を使用した。
その結果、言葉は相手に聴かせる必要は無いということ、そして『俺に惚れろ』などという心を操作する言葉は無効になることがわかった。
何より一番の疑問は、どうしてただの『言葉』がこんな奇跡を引き起こすかである。
シェリと会話していて、ただの冗談や本気でない言葉は『呪いの言葉』として発動しなかった。明確な意志と目的を持って放った言葉だけが、『呪いの言葉』になる。
『
そして彼は自分の妻に喉をかき切られ、死んだ。
その転生者が『
シェリに聞いても、満足のいく答えは返ってこないだろう。本人すらわかっていないと思う。
そもそも、俺の頭に生えているこの角は何なんだ?シェリは「まおー様の証です!」と言うが、ただの飾りという認識でいいんだよな?
それはそうと、この世界に来てから俺の身体は十代半ばくらいの銀髪の美少女になっている。最初こそ戸惑ったが、生理的欲求の解消にはようやく慣れ、身だしなみもシェリが甲斐甲斐しく世話をしてくれる。自分で言うのも何だがそこそこ可愛くなったはずだ。
旅の途中もすれ違う者達に熱い視線を送られているのには気付いたが、シェリの心強い(?)殺気がかった眼力のおかげで余計なトラブルに巻き込まれることも無かった。
シェリの俺への態度は神への信仰だとかいう度合いを超えて異常な程だ。女同士のはずなのにその瞳には熱がこもっているようである。現実世界の三十路の男だった俺なら両手放しに喜んだが、今は身の危険を感じ少しぞんざいに扱っていた。彼女のそれは、『狂愛』と呼べるかもしれない。
夜明けと共に、俺たちは荷物をまとめて出発した。
アンハレナには『自ら命を絶てない』という以外の拘束はしていない。だが彼女は俺達を殺すことも出来ないと思い込んでいるようだ。
不貞腐れながらも俺にかけられた『呪いの言葉』を解除してもらうために少し離れて付いてくる。
機嫌を損ねているのはシェリだ。俺の前を歩き、こちらを振り返ろうともしない。
「面倒くさい女だな。アンハレナを連れて行くのがそんなに嫌なのか?」
「なんとでも言ってください。イーリエ様は私より新しい女がいいんです」
表情は見えないが、頰を膨らませているのが想像できる。
「まぁあれだ。柔らかさに関してはお前の方が上だぞ」
「もうオルフ女を抱いたんですか!?」
フォローのつもりが余計な地雷を踏んでしまった。シェリは興奮して俺の顔を掴んで自分の顔に近付ける。
「いつ!?私が寝ている間ですか!?イーリエ様が性欲も魔王だったなんて!!」
彼女の中であらぬ妄想が爆発している。とりあえず、頭を叩いて落ち着かせた。
「お前の想像しているようなことはしてない。朝から無駄な体力を浪費させるな。隠れ寺院には今日中に着くのだろう?」
「うっ……そうですけど」
この女は瞬間湯沸かし器というか、感情の起伏が激しい。あまり怒らせると『帝国最強の剣士』を本気にさせかねないので気をつけないといけない。
「あ!私、昨日イーリエ様がお与えくださった剣に名前をつけてみたんです!」
「『姫から与えられた愛の剣』というのはどうでしょうか!」
シェリは誇らしげに剣を天高く掲げた。俺は彼女の命名のセンスの無さに唖然とし、後ろを見ると少し離れた場所にいるアンハレナは笑いを堪えるために顔を手で隠している。
「あの……その名前はどうかと思うぞ」
「えぇ〜じゃあ『硬そうな剣』にします」
「それでいいのかお前は……」
剣を与えられた喜びを思い出し、シェリは上機嫌になった。スキップしながらどんどん先へ進んで行く。俺は小走りで彼女に着いて行く。
「でもイーリエ様、気を付けてくださいね」
「私、剣を持つと人が変わるんです」
ニコッと笑うが、その表情からは気味の悪いものを感じた。たしかに剣を持った彼女は戦いを楽しんでいた。アンハレナの言っていた『
ただ確かなのは、シェリ・マイハーという少女が過去や内面に何を抱えていたとしても俺は全てを受け入れることだ。
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