帯剣Ⅱ
俺の目は、二人の動きを追うことは出来なかった。時折聞こえる金属のぶつかり合う音だけが静かな夜の闇に響き渡る。
「アンハレナの刃を、三回以上受け止めたのは、あなたが初めて」
「そっか。じゃあ今日を最期にしてあげる!」
少しの会話の後、二人はまた刃を交える。実力は互角といったところか……
いや、互角じゃない。
シェリは果物ナイフ程度しかない短剣、対してアンハレナの得物はリーチのある鎌である。
アンハレナは内心焦っているはずだ。どうしてこの程度の相手に攻撃が通らないのかと。
俺の分析通り、アンハレナの動きは次第に雑になっているようだった。
「……!」
その直後、シェリの一閃の突きがアンハレナの肩をかすった。
「アンハレナに傷付けた。殺す!」
「ごめんね〜本当は心臓を狙ったんだけど」
間違いなくシェリはこの状況を楽しんでいる。アンハレナが余裕の無く呼吸を荒げているのとは対照的だ。
シェリは呼吸こそ荒くしていたが、それは興奮しているからである。
「アンハレナ、『
「だから、全力の一撃で……終わらせる!」
アンハレナは後ろに跳ね、シェリから距離を取った。そして息を整え、鎌を構えて目を瞑る。
「行く」
アンハレナはそう呟き、稲妻のような速さでシェリに接近した。これにはシェリも意表を突かれたらしく、その一撃を弾いたものの、短剣は無残にも粉々に砕かれた。
「そんな……!?」
「これで『
一転して、シェリは窮地に立たされる。
「シェリ!!」
俺は彼女の名を叫んだ。彼女は一瞬だけ俺の方へ視線を向け、すぐにアンハレナを睨みつける。
「少しだけでいい!時間を稼げ!」
シェリにそう叫ぶ。彼女は無言のままコクリと頷く。そしてアンハレナの繰り出す二撃目三撃目を必死で回避する。
「『この世界で一番硬い剣』を……ここに生み出せぇぇ!!」
叫ぶ。ただ思ったままの言葉で叫ぶ。その言葉は『呪いの言葉』、あらゆる奇跡を起こす魔王の言葉だ。
閃光と火花が目の前で眩しく輝く。
その跡には一本の『剣』が地面に突き刺さっていた。俺はその剣を引き抜き、シェリに向かって全力で投げる。
剣は彼女のすぐ近くに落ちた。
「シェリ!その剣をお前に与える!!」
「命令だ!死ぬな!」
どうやら俺は、シェリに死んでほしくないようだ。頭で考えるより先に、その言葉を叫んでいた。
「はいっ!!」
シェリは満面の笑みで俺を見ている。アンハレナの攻撃を避け、剣を手に取った。
呪いの言葉によって現れた剣は、一般的な長さで、「剣をイメージしろ」と言われて思い浮かぶような無骨なデザインだった。
しかしシェリが手にした瞬間、その剣はまるで名匠の業物かと見違えるほどに美しく煌めく。
彼女の斬撃は速く、そして重い。
渾身の一撃を防がれ、一転してシェリの攻勢に晒されたアンハレナは、何度か攻撃をしのいだものの、とうとう鎌を弾き飛ばされた。
「嘘……あり得ない」
「じゃあ首を貰うね」
シェリは無慈悲にも呆然とするアンハレナの首を切り落とそうと、ゆっくり剣を振り上げる。
「シェリ!もう勝負はついた!殺すな!」
慌てて彼女が人を殺めるのを止める。アンハレナは武器を手放したことがよっぽどショックだったらしくその場で膝から崩れ落ちた。
「命拾いしたね。イーリエ様はお優しいんだから」
「オルフの掟……敗北は死んだと同じ。殺せ」
「じゃあ、遠慮なく」
またシェリは剣を振り上げた。俺は急いで二人の間に割って入り、シェリの頭を小突いた。
「お前がこんなデタラメに強いとは思わなかったぞ」
「『
アンハレナはシェリのことを『
「え〜っと……これがイーリエ様に隠しておきたかったことって言うか……」
「実は私、これでも『帝国最強の剣士』って肩書きで……」
シェリは苦笑いをしながら照れている。なるほど……こいつの強さの理由が判明し、納得がいった。
アンハレナを彼女の持ち物だった縄でグルグルに縛り、俺たちは林の側で夜を明かすことにした。
俺はアンハレナから何か聞き出せないかと話しかけたものの、彼女は無視を決め込んだ。後ろでシェリがその態度に憤慨して何度も暴れだしそうになったので、その対応に疲れて尋問は早々に打ち切られる。
「なぁシェリ……こいつが俺たちを襲ったのは……」
「帝国会議が招集されるって噂の話をしてたの、覚えてますか?」
「もちろん。お前があんなに物知りだったのには驚いたからな」
「そこで東方辺境公の意見が採用されたんだと思います」
俺はなんとかその時の話を思い出す。東方辺境公……国民に動揺を広めないように暗殺者を使うように提案するであろうとシェリが推測していた件だ。
「あの女は東方に住んでいる傭兵民族のオルフ族です。辺境公は代々、彼らを自分の戦力として取り込んでいましたし」
「その中でも裏切者や一族から抜け出す者を始末する『処刑人』と呼ばれてる一級の暗殺者……それを差し向けてきたんでしょう」
『帝国最強の剣士』、彼女の情勢を読み解く力はそこから来るのだろうか。俺は訝しげにその顔をじっと見つめる。
「あ……えっと、そんなに見つめないでください!照れちゃいます!」
剣を持たなきゃこんなに弱々しいというか、可愛げがあるのだが……
「あなた、騙されてる。アンハレナ、警告する」
シェリとこれからについて話している最中、突然アンハレナは口を開いた。
「『
アンハレナはキッとこちらを睨む。そしてシェリはゆっくり立ち上がってアンハレナを見下ろす。
「余計な事、言わないで欲しいな」
「アンハレナ、事実知ってる。『
『帝国最強の剣士』はあまり快く思われていないのはわかった。初対面のはずのこの二人、先程までの死闘がまだ続いているようだ。
「くだらん過去の事などどうでもいい!」
俺は苛立ちを放ち声を荒げる。無意味な罵り合いは見飽きたのだ。
「俺はシェリの全てを受け入れると決めた。騙されてはいない」
「イーリエ様……!」
シェリは涙ぐんで感激しているが、今は放っておく。
「お前はどうなのだ。アンハレナ」
せっかく向こうから話しかけてくれたんだ。このチャンスを逃さず、彼女に話を持ちかける。
「シェリに聞いた。オルフという連中は、任務に失敗すれば死を以って償うそうだな」
「その……通り……」
「つまりお前は今日死んだも同然だ。これからは俺のためにその命を使ってもらう」
「なっ?!」
アンハレナとシェリ、二人は同時に驚きの声を上げる。シェリは俺の側まで近寄り、肩に手を置くとブンブンと揺らした。
「イーリエ様!私、こいつに殺されかけました!殺されかけたんですよ?!」
俺は彼女の手を振り払い、服についた埃を払う。
「『帝国最強の剣士』を殺しかけるまでの実力があるんだ。戦力として組み込みたい」
「そんなぁ……」
シェリはその場で崩れ落ち、わざとらしく泣き出した。一方アンハレナは厳しい目つきをまだ続けている。
俺はアンハレナに近付き、彼女の縄を解いた。
「イーリエ様!そいつはケモノです!危険です!」
シェリが何か言っているが、無視してアンハレナに手を差し伸べた。
「よろしくな、アンハレナ」
アンハレナは俺の手を取らず、少し離れた場所に置いておいた彼女の得物である鎌へと飛んでいく。その刃を、自分の首にそっと当てた。
「アンハレナ、ケジメつける。仲間には、ならない」
彼女は鎌を勢いよく引いた。
「……!?」
何が起こったか理解できない、そんな顔をしている。無理もない。命を絶つ決意をしたはずなのに、その手は石になったかのように動かなかったからだ。
「ウソ……アンハレナ、怖気づいた?」
「お前が死の恐怖に負けたわけじゃない」
「俺の『呪いの言葉』をお前に使わせてもらったよ。『自ら命を絶てない』ってな」
アンハレナはその後、何度か自分の命を絶とうと試みた。その全てが俺の呪いの言葉に阻まれ、とうとう諦めたようである。
「こんなの、許さない」
「許される必要があるか?お前の命はもう俺の為すがままなんだ」
俺はもう一度アンハレナに手を差し伸べる。彼女は渋々その手を取った。
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