黒角姫Ⅱ

フードの男が戻ってくると、俺に対し早速ここにいる者たちに姿を見せてもらえないかと言われた。少女の身体に若干の違和感を感じつつ、俺は男とシェリに連れられて部屋を出る。


 薄暗くて狭い通路をただ真っ直ぐに進んで行く。


「シェリ、ここはいったいどういった場所なんだ?そもそもお前らは何なんだ?」


 目覚めてから結構な時間が経ったと思うが、俺はまだ基本的な事を把握出来ていなかった。


「私達は世界をあるべき姿へ導く『魔王タイメッソ』様を信仰している『魔王教』の信者なんです。まおー様の復活の時にお側にいれて、私は幸せで幸せで……」


 いかん。また話が逸れていきそうだ。


「ここはその『魔王教』の隠れ寺院の一つです。教団は帝国に迫害を受けていますので、こうして人里離れた場所で教えを説いています」


 フードの男は振り返ることなく説明した。シェリの話は長くなりそうだったので助かる。


「つまりお前らは自分たちの信仰している神様をここに呼び出したわけだ」


 そうやって召喚したのが俺とは、こいつらは本当にそれでいいのだろうか。


「この扉を開けると、皆が集まっている大広間です」


 男とシェリは重そうな鉄の扉の前に立ち、こちらを見る。


「その前に聞きたいことがある」


 俺は目を瞑り、この世界で『魔王』の再来となる為に必要な知識を得るのだ。


「お前たちの信仰する『魔王タイメッソ』について、詳しく教えろ」


 シェリは「えっと……えっと……」とオロオロと狼狽えている。どうやらこいつは自分の信じる神について、上手く説明できないようである。


 フードの男はその様子に呆れた感じで、こちらを見つめて口を開いた。


「それは遠い遠い昔のことです」


「人間は創造神に唯一愛されていました。地上に数え切れないほど溢れ、壮麗な天まで届く塔を建て、星まで旅する船に乗り、老いや病すら無く幸福な時代を築いておりました」


 男は止まることなく神話を語る。


「しかしその内に、人間たちの欲望は止まることを忘れてしまいました。このままでは世界の全てを食い潰してしまうことになる。そこに現れたのが私達の救世神『タイメッソ』様です」


「『タイメッソ』様は『呪いの言葉』を使って、僅かな内に害虫の如く増え過ぎた人間と、彼らの築いた一切を滅ぼされたのです。世界を浄化するために」


 まるでその場を見ているかのように、男は涙を浮かべながら感情豊かに語り続けた。


「いや、ちょっと待て」


 そんな彼を一時止め、俺は質問をぶつける。


「人間を滅ぼしたのなら、この世界になんでお前ら人間がいるんだよ」


「人類は滅びる直前でした。しかし、『タイメッソ』様はそれを成し遂げる前に裏切られ、命を奪われたのです」


 男の声が大きくなっていく。


「自分の妻に寝ているところを!喉をかき切られたのです!」


 シェリは男の肩に手をやり、心配して「落ち着いてください」と呟いた。



「殺された?魔王が?」


「『タイメッソ』様の『呪いの言葉』は我々が使う『魔法』よりも遥かに万能でどんな奇跡でも起こすことが出来ました。しかし……」


「喉を切られちゃったから、言葉を出せなかったの」


 シェリは悲しげに視線を落とす。



「お前たちは俺が人間を滅ぼすのを望むのか?」


「人類はまた増えました。帝国は汚職と圧政で民を苦しめています。ですから……」


「私たち弱き者達は、『魔王タイメッソ』様に従い、誰からも奪われずに暮らしたいのです」




 『帝国』が何をしたのかは知らない。


 この男やシェリが何を理想としているかも知らない。


 俺がこの世界で行動を起こすには、判断の材料が不足している。


 こいつらの望みを叶え、俺が『魔王』として世界を滅ぼしたら?


 どれだけの人間が死に、どれだけの人間が悲しむ?


 シェリと男は俺をじっと見つめている。その眼は、俺の決意を待っている。


「俺は……」


「イーリエ様、私たちに……弱き者達に救いを!」


 シェリが手を差し出す。


 俺はその手を……




「その手を取ってはいけません!」



 背後から大きな声がした。

 振り向けば、薄暗い通路に銀色の鎧に身を包んだ女性が立っていた。その後ろには何人かクロスボウを構えている男達がいる。


「……っ!聖僧隊エンカラクス!」


「こいつらは……!?」


 仲間でないのは一目瞭然だ。鎧の女達はジリジリとこちらに進んで来る。


「私達、『魔王タイメッソ』様を信仰する人々を取り締まるために帝国の都から派遣された連中です……」


 フードの男は落ち着いて説明してくれたが、かなり焦っているのを感じ取れた。


「そんな……ここが見つかるなんて」


 シェリは不安の表情を隠しきれない。



「帝国の法の下に、魔王の復活はあり得ません。改宗し、今までの罪を悔い改めるのなら悪いようにはしません」


「角を生やしたあなた……あなたはまだ彼らに洗脳されていないはずです。こちらに来てください」



 鎧の女達はどうやら俺を保護してくれるようだ。


「この男とシェリはどうなるんだ?!」


 鎧の女はシェリたちを気にする俺を不思議に感じているのだと思う。彼女はため息を吐いて一瞬閉じた眼を大きく開いた。


「魔法使いのデンガロ・アッロ、『帯剣ソルシン』のシェリ・マイハー、無認可魔法の発動と騒乱準備の罪であなた方は逮捕させていただきます」


 一触即発

 鎧の女達と俺達の距離は、もう手を伸ばせば届く範囲になっていた。だが、どちらも手出しをしようとしない。


 この狭い通路で戦えば、必ず少なくない犠牲を双方が払うことになる。



 睨み合いはそう長くは続かなかった。


 フードの男が俺の耳元で囁く。


「私が注意を引きます。あなたはシェリと共に扉を開けてお逃げください」


 そう上手くはいかない。後ろの扉は鉄製の重い扉だ。この男が注意を引いたところで、目の前のクロスボウから放たれた矢はほんの数秒で俺たち三人を無残な死体に変えるだろう。


「俺は『魔王』なんだろ?何故逃げる必要がある」


 『魔王』という言葉に、鎧の女達がほんの少し後ずさる。


「無知な人間共よ!俺は『魔王タイメッソ』の転生者、『黒い角の姫君コンタンヴィレ』だ!」


 とにかくここは堂々と……ゲームの悪役・ラスボスのごとく振る舞うんだ。


「冗談は結構です。終わらせましょう」


 俺の期待した効果は全く得られなかった。自分の事を『魔王』と言い張るただの小娘に見えているのだろう。ただ、俺自身も本当に自分が魔王の生まれ変わりなのか疑問に思う。ここで目覚めてからシェリ達にそう言われただけで、まったく自覚がなかったからだ。


 鎧の女の手が俺に触れようとする。



「俺に触るんじゃない!」


 大声を出す。手は一瞬止まったが、すぐにまた動き出した。

 やはりこの姿で『魔王』は無理があったか。


 だが、意外なことが起きた。


 鎧の女の手は、俺に触れるか触れないかで止まったのだ。


「あなた……一体なにを……」


 鎧の女は何故自分が俺に触れないのか不思議なようだ。俺自身も何が起こっているのかわからない。


「『呪いの言葉』だ……」


 フードの男が口ずさむ。『呪いの言葉』……たしか魔王が世界を滅ぼすのに使っていた……


 鎧の女は手を動かせないようで明らかに動揺していた。しかし、それ以上に狼狽えていたのは後ろに控えていた男達である。


「ほ、本当に魔王の……?」


「こ、殺せぇぇ!!」


 男達の中から叫び声が上がり、構えられていたクロスボウから一斉に矢が放たれた。狙いは全て俺に向けられている。


「……!止まれっ!」


 俺は無意識にそう叫んだ。その言葉は狭い洞窟を響き渡り、信じられない現象を引き起こす。

 放たれた矢が全て、空中で静止したかと思うと、地面にパラパラと落ちていった。


 ここにいる全員があり得ない出来事に混乱している。ただ、俺だけが何かを確信した。


 そう、俺の口から出る『言葉』がこの世界では奇跡を引き起こすのである。


「シェリ、扉を開けろ」


 この力があれば俺は無敵だ。どんな事でも成し遂げられる。元の世界では感じる事のなかった万能感があった。


「は、はいっ!」


 シェリは俺の言葉を聞き、ゆっくりと鉄の扉を開く。俺が彼等の恐れる『呪いの言葉』を使ったことで、鎧の女達は身動き一つ取ることが出来ず、「待ちなさい!」と言うのがやっとのようだ。


 俺は鎧の女達に背を向け、扉の先へ歩み始めた。

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