第14話

その日はなんとなく呆然と過ぎていった。昨日のことが頭を回っていた。

激しい閃光と、その後の日向のような柔らかく暖かい感情。

めまぐるしいその変化に僕はついていくことができないでいた。


そんな中で数日が経ったある日、清水はどうやら行動を起こし始めた。僕の知らないところでいつも僕の知らない方へと事物はすすんでいく。僕はどちらの手をとりたいんだ…。まだ茫漠な頭のなかで小さく呟いた。


夕食の食堂で、清水と木下大尉の直属部下の何人かが集まっているのが見えた。

定食の乗った盆を手に席に着こうとした僕はその集団の中の清水と目が合った。

合った途端はっとしたように笑顔を見せた清水は大きく右手を振り上げた。誘われるままに僕はその席に着いたが、本来ならば、見慣れたはずの同士である木下大尉の直属部下、いわゆる兄弟子ともいえるような関係の間接上司達に囲まれても関係性の希薄な僕は、ぺこりと浅く首をかしげる礼をする他なかった。


どうやら晴臣さんについての話だ。

僕には何が何だか分からなかった。言葉は聞こえてきたが、それがなんなのかさっぱり理解できなかった。

と、いうよりは、理解するのを必死に抵抗していた。

僕にはもう、晴臣さんに反旗を翻す事は死に直通する恐怖でしかなかったのだ。その場に居る5人だか6人だかは、皆一様に真面目な顔で熱を帯びた討論をしていて、僕にはそれが正義の会議のように見えた。

恐ろしい悪を今から倒しにいくのだ。そんな意気込みが全員から感じられる。



「設楽、お前も一緒に行こう。一人では追い返されたり丸め込まれたりするかもしれないが、皆でいけばさすがの少佐も暴力はふるえないだろ。それに、木下大尉が同行してくれる」


その誘いに、僕は言葉を失ってしまった。

もし許されるならば行きたくないといいたかった。

しかし僕は何の抑圧も、制約もない誘惑に負けた。

僕はばかのような作り笑いを見せて清水に「わかった」とだけ言った。


落ちきった気持ちのまま自分の部屋に戻る。いくら思っただろう。

晴臣さんなど消えればいい。

晴臣さんなどいなくなればいい。

しかしまさかとは思うが僕は、それでもどこかで晴臣さんのことを憎みきれないで居るのかもしれなかった。

 




そうしてもちろん

晴臣さんは少しも動じなかった。


僕と清水、それから木下大尉の直属部下である松本克人、猪瀬誠、結城透、篠塚聡史、そして木下大尉の七人が晴臣さんの目前に立ったとて全く驚く様子を見せず、それどころか悠々と煙草をくゆらせている。

その様子はとても虚勢を張っているようには見えない。どころか、圧倒されているのはまさかこちらの方なのかもしれない。

重い沈黙の中で、晴臣さんは煙草を一度深く吸い込んでそれから間もなくふっと一気に吐き出した。

それから僕達を一人ひとり確かめるように眺めると、何の興味も持てなかったように視線をそらしてまた煙草をくわえた。


「早いところ用件を言え。こちらも暇というわけではない」

「査問委員会も動いています。葛木少佐の行動は、行き過ぎていると」

清水が言った。少し離れたところに居る僕からでも聞き取れるくらい、その声は脆弱に震えていた。

「なるほど、それが一隊長引き連れてきてまでして話すことか」

晴臣さんは喉で低く嗤うとそれからまた煙草を吸って堪えきれずまた嗤った。

俯いた時、前髪がさらりと揺れた。肩は嗚咽のように上下にひくひく痙攣した。本当に馬鹿にした嗤いだった。

今度は木下大尉が口を開いた。

「少なくとも今のあなたにはとてもついていけない。これは我々だけの意思ではない。いま現在部隊に所属する全員の思いです。・・・そうだな、設楽」

聞かれて僕は瞬間戸惑った。晴臣さんが見ていた。僕は、ごくりとつばを飲み込んだ。僕の意思が確認できないのを置いといて木下大尉は続けた。


「少佐、私はあなただけをつるし上げたいわけではない。それに、出来るものならあなたにも、彼らをもっと暖かい目で見つめて欲しいのです。自分が出来ることをうまく出来ない彼らを見てもどかしい気持ちになるのはわかる。それを後尻叩いて奮い立たせるのももちろん重要だ。だがどうもあなたは行きすぎです。同じ訓練生が、知らぬ間に痣を増やしていくのを、周りの訓練生が見てどう思うのかあなたにもわかるだろう。つまらない諍いやからかいが起こるのもさけられないでしょう」


「そんなつまらん事でへばる奴は実践でも駄目です」


ぐっと木下大尉が思わず息を呑んだ。

僕はどうしてか、その時木下大尉に加勢しなければと思った。

あのあたたかい温もりに、恩赦を返すのはこの時だと思った。

しかしだからといって自分が晴臣さんにぶつけられる程のものがあるとは思えなかった。

しかし僕はその時何かを言わなければならないという勢いに押され、とうとう口から「晴臣さん」という言葉だけを吐き出してしまった。


しかしそのたった一言が終わるか終わらないかのところで晴臣さんは僕の胸倉を掴んで悠々その場に持ち上げた。

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