喰らうあなたと捧ぐわたし

札幌埴輪太郎

喰らうあなたと捧ぐわたし

 人数は数十人規模だというのに、村の広い畑に実る作物は豊かだ。しかし美しく色づいた樹木とそこからはらりと落ちる赤い葉が、この先の寒さへ備えるための季節が来たということを示している。その落ち葉をさくさくと踏みながら、僕は里山への中へ踏み込む道を歩いていた。

 一人で歩いているわけではない。黒い儀式服を着て帯刀をした大人が二人、僕の前を歩いている。僕は赤い着物を着せられ、さらには腕を布で拘束され、その二人に引っ張られる形で山へ踏み入っているのだ。

 何をするかと言えば、この豊穣を来年も約束するための儀式を行うのだ。この儀式のために僕は産まれてからずっと生活を管理され、身の自由をほとんど奪われて育ってきたのだ。その管理される日々は今日を過ぎても続き、冬が来ても続き、年が明けても続き、僕が老衰で死ぬまで続くのだろう。この豊穣を祈る儀式も、同様だ。今日に限らず、明日も明後日も、際限なく続く。

 けれど不思議と嫌な気はせず、むしろ儀式を行うことが楽しみですらあった。その理由は明白だ。小さな里山を登り切り、その頂きにあるあばら家の戸を開くと、僕が会いたかった人が檻の中に居るのが見えた。

 その檻の中の女の子は僕と同じくらい……十三歳かそこらで、綺麗な黒髪を振り乱し、血走った目で檻越しに僕達を見ている。歯の隙間から息を漏らし、必死に何かを我慢するようなその姿はさながら獣の様であった……が、彼女こそが僕の会いたかった人だ。

「こんにちは、コハク」

 理性を失ったかのように見える檻の中の少女、コハクに僕は小さく笑んで挨拶をする。もちろん、向こうは唸る程度で返事もしない。それも、解り切った反応だった。

 そうしていると付き添いの一人がコハクの居る牢を開け、もう一人が牢の中に僕を押し込んだ。以前僕の腕は拘束されたままで、コハクは威嚇する獣のようにこちらを向いて唸っている。そのコハクの目を見ながら、僕はこれから起きることを予期して歯を食いしばる。

 やがて後ろから、するり、と抜刀する音が聞こえ、首筋にひやりとした感触が伝わる。付き添っていた者が帯びていた刀を抜いたのだ。大丈夫だ、苦しむのは一瞬、それから少し眠りについて、安息の時間が訪れる。そうしてふと頬を緩めた刹那。

 僕の首から上は刀によって刎ねあげられた。


 この村に伝わる呪いは二つある。

 一つは豊穣の呪い。実りの神がこの小さな村に与えた奇跡。水にも土地にも人にも恵まれないこの村に、毎秋の豊作を約束してくださったのだという。それだけならば「豊穣の祝福」なのだが、呪いと言うからには悪い作用もあるのだ。

 実りの神と言えども、何の代価も無しにそのような奇跡を起こすことは出来ない。即ち、生贄として村の女の子供の中から一人、巫女となることを定めたのだ。その巫女は豊かに実る食物の一切を取ることは叶わず、人間の肉しか食べることができないという呪いをかけられるのである。そうして食した人肉は実りの神への供物となり、その供物の力でその年の作物を豊かに実らせるのである。

 二つ目は再生の呪い。巫女には毎日人肉を捧げねばならず、続々と村人が減ったため、流れの呪い師によってかけられた呪いである。

 その呪いを受けた一族は爪を剥がれようと、皮を剥かれようと、骨を砕こうと、果ては首を刎ねようと。数刻もすれば周囲の泥や瓦礫、枯れ草、排泄物を集めて、溶かして、失った部位を形成することでその身は元通りになるというものだ。その特性を生かして、消耗しない巫女の食料……「餌」として、一族の長男は使用され、家畜のような扱いを受け、人間としての扱いは受けられない。

 そしてその巫女がコハクであり、「餌」が僕だった。

 頭蓋を叩くような鈍痛と共に身を起こし、僕は辺りを見回す。僕はコハクのいる檻の中に居て、手元や背中周りには首から垂れ流れたのであろう、大量の血液が粘性のある水溜まりのように床に張られていた。首回りにはまだ裂傷を負った時のような痛みが残っている感じがして、どうにも違和感がぬぐえない。

 そして、死んでは蘇るような感覚をくりかえすたび、自分が人ではない何かになっている気がして、この再生の呪いが疎ましく思えてくるのだ。

「ナツキ、やっと起きたね。おはよう」

 首を回していると、檻の奥の方に居たコハクが僕の顔を見て挨拶をする。静かな落ち着いた声音で、ともすれば感情の籠っていない声にも思えるが、それもいつもの調子。先ほどは空腹で獣のようになっていたが、これが本来のコハクだ。村ではほとんど名前を呼ばれないため、僕の名前が音声として耳朶に響くだけで、くすぐったい気持ちになった。

 食事は終えたのだろうか、と思い彼女の背後を見てみると、半分に砕かれた白い頭蓋骨が綺麗に残っている。どうやら残さず食べてくれたようで、少し安心した。

「あまり、見ないでほしい」

 僕の視線に気づいたからか、コハクは起伏の無い声ではあるが、少し嫌そうな顔をした。彼女が自身の食人の性を嫌悪しているためだ。こちらは配慮が足らなかった、と素直に頭を下げる。けれど、一つ聞いておきたいことがあって、尋ねてしまう。

「……僕は、美味しかった?」

「……うん。大丈夫、美味しかった」

 一見意味不明な会話の応酬。けれど、僕は彼女のその言葉に安堵するのだった。

「わたしも、ナツキのおかげでわたしで居られているから。いつもありがとう」

 そういうコハクはやはり平坦な声だが、表情はどこか嬉しそうである。

 そうやって、僕は彼女に正常に食べられたことを安堵し、彼女は僕を食べて正常で居られることに安堵する。これが僕達の関係性だった。

 僕は欠損部位を再生する際、別の物を取り込んで部位を再生する。だから、これまで頭だろうと腕だろうと脚だろうと切り落とされ、コハクの食料にしてきた僕は、既に「僕」と呼べる肉体は無く、人間でない何かになっているのではないかと、いつも心のどこかで恐れていた。けれど、人肉しか食べることの出来ないコハクが「美味しい」というからには、この身体は人であるということが証明される。

 コハク自身が忌み嫌う性を拠り所に、僕は人であることを自覚しているのだ。

 一方で、コハクは食料にありつけないと先ほどのように言語も解さない獣のようになってしまう。それこそ、酷い時は直接人に噛みかかる程だった。けれど、僕が居る限りは誰も殺すことなくコハクはコハクを保つことができる。

 僕自身が忌み嫌う性を拠り所に、コハクは人間性を保っているのだ。

 その互いに自分の為に相手を必要とする関係は何と言うのだろうか。友情というには汚れていて、信頼というには独りよがりで、恋というには熟れていて、愛というには爛れすぎている。

 いつまでも、ずっと答えの出ないこの関係を抱えたまま、僕とコハクは檻の隅で寄り添い、他愛ない話をする。また黒衣の二人組が僕を村に連れ帰るまでそうして互いに変わり無い個人であることを確かめていた。


 そうして「餌」として過ごしていたある日、突然僕に言い渡されたことがあった。それは一瞬僕には理解できないことで、檻の中でコハクにそのことを話しながらどうにか整理できてきた。

「じゃあ、今月いっぱいで、ナツキはここに来なくなっちゃうの……?」

「そういう、事みたい」

 僕に言い渡されたのは、「餌」役から降りろ、という命令だった。巫女に深く関わり過ぎたため、だそうだ。巫女は豊穣の神の依り代として機能させるため、人間に近づけて俗物に染めてはならないため、と通達に来た役人は言っていた。

 もしかすると、巫女の人格が育ちすぎると必要以上に食人への罪悪感が生まれるからかもしれない。そんなことを思って、僕はその命令に歯向かうことなく従った。尤も、歯向かったところでその指示を覆すことなどできなかっただろうが。

「ナツキがその役を辞めたあとは、わたしの……その、ご飯は、どうするの?」

「呪い師が僕の呪いを他の人に譲渡するんだって。だから、大丈夫。ずっとお腹が空いたままなんてことはないよ」

 コハクはきっと、僕が居なくなって空腹が続き獣となり果てることを恐れているのだろう。その恐れをせめて払拭するために僕はそうやって答えるが、どこかまだ不安そうである。

「……でも、それなら、もうナツキも痛い思いしなくて済むんだよね……」

「だけど、もう、僕はコハクに会えなくなっちゃうんだって思うと」

「……寂しい?」

 こちらの様子を伺いながら、コハクはそう尋ねてくる。寂しい、のだろうか。いざ尋ねられると頷くことができない。僕がコハクに会いたかったのは、自分がどれだけ呪いのせいで欠損と再生を繰り返してもまだ化物ではない、まだ人間なのだと確認するためだったはずだ。僕がこの「餌」役を降ろされ、再生の呪いがこの身から取り除かれれば、コハクに頼る必要もなくなるはずだ。むしろ、コハクは自分を食い殺す恐ろしい存在になるだろう。だからきっと、寂しいという言葉は当てはまらないのではないかと思う。

 ならば、僕はコハクに会えなくなると思うと、なんだというのだろうか。

「わたしは、ナツキに会えなくなるのは寂しいし、悲しいよ」

 渋る僕の答えを待つのを止めたようで、コハクは自分からそんなことを言う。その口調はやはり平坦だが、表情には曇りが見える。しかし、彼女だって僕を必要としていたのは自分を失わないためだったはずだ。だから、次の「餌」が確保されている時点でそんな事を思わなくていいはずだ。

 しかし、続いて飛んできたのは予期していない言葉だった。

「わたし、ナツキの事が好きだから。きっと、この寂しさや悲しさは、恋や愛っていうもののせいだと、思う」

 真っ直ぐとこちらに瞳を向けてコハクはそういった。起伏が無いからこそ、真剣さが伝わってくる。しかし。

「……それは、違うよ。コハクが僕に求めている物は、空腹を満たすこと。『餌』役なら誰でも同じく持っている要素だよ。僕じゃなくてもいい事だ」

 彼女はおそらく、僕を必要と思う気持ちを恋愛と錯覚しているだけだろう。どのような関係を、恋や愛と呼んでいいものなのか分からないが、自分の為だけに相手を必要とするこの独りよがりな関係がそれと違うと僕は思っている。

「違うよ、そんな……ことは……」

「違わない。僕じゃない『餌』が来れば、それは勘違いだって、きっと直ぐに分かる。君を君のままで居させてくれるその新しい『餌』にもきっと、似た感情を抱くと思うから」

 それを聞いて、コハクはきゅ、と唇を結び、黙り込んでしまった。その日はそれきり、僕とコハクは檻の中で話すことは無いまま、僕は黒衣の二人組に村へ連れ戻された。

 別れ際、胸がちくりと痛む。コハクに真実を突きつけてしまったことか、相手の気持ちを否定したことか、どれが原因かは自分でもわからなかった。


 それから幾月経っただろうか。随分時間が過ぎたもので、村には桜が咲き、青々とした瑞々しい草花が路に茂っている。そんな季節になっていた。

 僕はと言えば呪いを他の人間に譲渡し、今はもう普通の人として村で畑を耕している。怪我をすればすぐに再生するわけでもなく、人並みに血が出て、血漿が傷口を覆い、かさぶたができる。僕の身体が作用して、人らしい修復をしている。

 ……いや、普通の人というには依然忌避感を持たれているし、好奇の視線が向けられ続けている。与えられた畑も村の外れの隠れるような場所だし、怪我だって自分のせいでしたものだけでなく、他人に面白半分で石を投げつけられてできたものが多かった。

 結局呪いが無くなっても、僕は人扱いされていない、村人にとってはおぞましい巫女へ捧げる家畜でしかないのだ。例えこの体が普通の人間のものとなったとしても、村人の認識までは塗り替えられない。元は家畜のような扱いを受けていたのだ、彼らにとって僕は突然人のような振る舞いをするようになった豚か何かに見えているのだろう。

 そんな扱いが続いているため、どうしても活動するのは陽が落ちて、人影が無くなってからになってしまう。宵の口にさくりと畑の土を耕す音が響き、それに呼応するようにどこかで鳥が鳴いた。

 そうして夜闇に溶けるように黙々と畑を耕し、土のかき混ぜられる音と鳥の声、どこか山奥で響く狼の声に空気を満たされていると、自己と外界の境界があいまいになり、自分が何なのかすらわからなくなってしまう。今畑に鍬を降ろしているのは誰だ、僕は何者だ、と。

 そんなときに、不意に恋しくなってしまうのは、あの少女の起伏の少ない静かな声だ。

 思えば、僕の事を名前で呼ぶのはせいぜいコハクくらいなものだった。真っ当な人ではなく、化物のような物だったとしても、僕はあの声で名前を呼ばれ、自分はナツキという個であり、彼女に必要な存在だということを自認する。そして、自分の存在を肯定する。それだけで満ち足りた気持ちになって、「餌」としての日々を挫けることなく送ることができていたのだ。

 今では、僕にとってコハクは、自分を喰らうかもしれない恐ろしい存在だ。それなのに、独りよがりだっていい、こんなにも彼女に名前を呼んでほしい。あの声を聞きたい。僕は彼女に、会いたい。既に彼女に自分を食わせて人であることを証明しなくてもいいのに、そればかり考えてしまう。

 その衝動はまぎれもなく恋だ、と僕は今になって気づいた。

 僕が「餌」でなくなる時、きっとコハクは今の僕と同じことを考えていたのだろう、僕が行くとき以外は里山の小屋の檻の中でずっと一人だったのだから。僕が彼女の名前を呼んで、食欲に狂う獣ではなくて、「コハク」という存在だということを実感したかったのだと思う。だというのに、彼女が抱いていたその感情を僕は否定してしまった。自身の感情に気付いてから、その罪悪感がこみあげる。

 そうなってしまってからの行動は早かった。持っていた鍬を片付け、僕は里山へと踏み込む。自分の呼吸音で雪解け水のせせらぎも耳に入らないほどの勢いで走って、僕は彼女の居るあばら家へ向かった。

 あれから時間も経った。もしかしたら僕が言ったように、彼女にとっては「餌」なら誰でもいいと思うようになったのかもしれない。けれど、今は彼女がどう思うかではなくて、僕が彼女の想いを否定したことを謝りたいことと、僕の感情を伝えたいこと。大変身勝手なことだが、それだけを考えて僕は里山を駆け登った。

 あばら家に着くころには汗まみれになっていたが、構いはしない。頬や瞼、背中を伝う汗を無視して、崩れかけている家の壁を剥がす。入口には錠がなされているが、村人はコハクを恐れてここに近寄らないため、存外に管理は杜撰なものだった。剥がした壁から屋内に侵入して、僕は手探りで暗い空間の中から檻の戸を探す。

 やがて檻の戸を閉める閂に手が触れたので、それをずらして檻を開け、中に声をかける。

「コハク!」

 暗闇に反響して聞こえる自分の声は、やっとのことで会える、そんな喜びが滲む声だった。その呼びかけに答えるようにして、暗い檻の奥から声が聞こえた。コハクは確かに、ここにいるのだ。そのことが確認できると、思っていたことばが口から溢れてきた。

「ずっと会いたかった、あの時は言えなかったけれど、僕はコハクに会えなくて寂しかったんだ、辛かったんだ」

 奥からゆっくりと人影が近づいてくる気配がある。もうじきあの懐かしい声が聞けると思うと堪らず、涙が目から零れた。

「僕が僕でいるには、コハクが必要だった、それがやっと解ったんだ、僕は君が」

 好きだ。言おうとすれば、体に痛みが走る。数秒して理解が追い付き、痛みの根源は腹部に在ることが解った。視線を下げるとそこにはコハクの頭があって、その口は深々と僕の腹部を抉り取っていた。彼女の食欲は止まらず、僕に発言を許さないまま、肋骨を折り、内蔵を喰らう。腹部と口からはびちゃびちゃと血が漏れ出し、コハクの黒い髪を赤く染めていく。

 そうか、もしかしたら新しい「餌」では足りなかったのかもしれない。随分お腹が空いていたようだ。僕は甘美な痛みに身をゆだねながら笑みを浮かべた。

 結局、獣のように僕を喰らう彼女に想いを伝えることもできず、彼女に名前を呼んでもらうことも叶わなかったが、好きな人のためになって死ぬなら、それも悪くないかもしれない。やっと気づくことのできた恋心と、あの時コハクが僕を好きだといったことを結び付けて、漸く解は得られた。そんな充足感に包まれながら、僕の意識は暗転していく。



 気づけばわたしは檻の外で眠っていたようで、崩れた家の壁から漏れ出る陽の光を浴びていた。わたしは一体、何をしていたのだろうか。また空腹で正気を失っていたのだろうか。美味しそうな、懐かしいような血の匂いにつられて身を起こす。

 起きて、自分の真横を見れば、そこにはナツキが居た。しかしその姿は悲惨な物で、頬肉、腹、右腕、右脚が綺麗にそぎ落とされ、少し乾燥した血が肉に張り付いている。彼はもう呪いを持つ身体ではないから、一目で既に死んでいると解った。

 彼がどうしてここに来たのかは分からないが、誰がそんなことをしたかは明白だ。空腹だったわたし以外に、誰もそんなことはしないだろう。服に染みついた懐かしい血の香りが何よりの証拠だ。その事実を再認識すると、はらりと涙が雫となり、顔を伝った。

「ごめんね……ごめんね、ナツキ」

 誰かが「餌」として彼を檻に放り込んだのだろうか、それとも彼自身の意志でここにやってきたのか。どちらにしても、わたしが正気の時に来てほしかった。わたしには、彼に伝えなくてはならないことがあったから。

 けれど、せめて、彼の霊なんてものがあるならば。それに聞こえるようにとわたしは嗚咽を抑え込んで、その遺体に声をかける。

「わたし、あなたに言いたかったことがあったのに、言えなかった……」

 ナツキが「餌」役でなくなり、新しい男の人が来て、その人もナツキと同じように黒服に刀で身を斬られ、その斬られた部分がわたしの食料となった。けれど、その人はナツキと違ってわたしと話そうとしなかった。給餌を終えるとすぐに村に戻り、今日まで一言も声を交わしたことはなかった。

 けれど、わたしはその人もナツキと同じく、わたしの正気を保ってくれる人と思って、大事に思っていた。きっとわたしは、新しい「餌」役の人が去るとしても、ナツキの時と同じように寂しいと思うし、悲しむだろう。だから。

「わたしは、あなたに恋していなかった」

 要は、再生の呪いを受けた無限の食料であれば誰でもよかったのだと気づいてしまった。わたしはそんな風に別れに寂寥を覚える存在をナツキしか知らなかったから、あの時は愛や恋と錯覚してしまっていたのだ。所詮、世間知らずの隔離された獣には、愛や恋などという高尚な感情を得るには、早すぎたのだ。

「わたしが気づけなくて、あの時は変なことを言ってごめんね……こんな、化物が、あなたに恋をしたなんて言ってしまって、ごめんね……」

 無残な彼の遺体にわたしの涙が一滴落ちて、乾いた血の上を伝った。

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