第五章 凶器はどこへ

事件編 理科室で何が

「どう? 久しぶりの母校は」

「なんかさ、机がすごく小さく感じる」

 高校の試験休みに入った朋華ともかから、一緒にランチしようとの誘いがあった。

 直訳すると、「お昼ご飯をおごって」と言うことになる。

 五月末のこの時期は、彼女の母校である小学校が年に二回実施する学校公開を行っている。

 せっかくだからランチ前に彼女と一緒に授業見学へ来ていた。

「朋華が卒業してもう四年経つのかぁ。あっという間だな」

「知っている先生もほとんどいないし。でも、やっぱり懐かしいね」

 廊下の壁に貼られていた一年生の絵を見ながら、彼女が言った。


 各学年の教室を覗きながら二人で歩く。

 知っている子が俺を見つけると、振り返ったり手を振って来るので授業の邪魔にならないよう、少しだけ見ては移動を繰り返す。

「相変わらず、人気者だね」

「まあな」

 登校班の付き添いを兼ねて、登校時の見守りに携わって七年目。顔見知りで言葉を交わす子どもたちも多い。

 廊下に掲示されている絵や習字などを見ながら、特別教室棟にも足を運んだ。

 二階にある音楽室への廊下には、壁だけでなく梁の側面にもフックが二カ所ずつ取付けられて絵や標語が飾られている。

「私が六年の時に来た校長先生が始めたんだよ。この場所は卒業生のものを飾ってあるの」

 朋華の説明を聞きながら、子どもたちの思いに包まれた小学校という印象が増した。小学校というものは何処もそうなのかもしれないけれど、いつ来てもここは明るく温かい場所だ。


 三階にある四年三組の教室まで来た時にチャイムが鳴った。この後は二十分休みになる。

 校庭や体育館で遊ぼうという子供たちが一斉に飛び出していく。

 その中には顔を見なかったので教室を覗いてみると、やはり中にリンちゃんがいた。

「あ、おじぃ」

 登校班一のツンデレなリンちゃんは、いつものようにクールな反応。

「だから、おじぃは止めろって言ってるだろ。『ぃ』を付けて伸ばすなよ」

「こんにちは」

 俺の言葉を無視して、朋華に挨拶してる。

 彼女が中学に入った年に、リンちゃんたち現四年生は入学したので接点はない。

 でも、中学生になっても小学校の登校班と一緒に歩いて行くことが多かったため、二人も顔見知りだった。

 二月にカンナが持ち込んだバレンタインの騒動も一緒に謎解きをしている。


「外へ遊びには行かないの?」

「今日は暑いし、疲れちゃったから」

 朋華の問いかけには素直に答えた。

 リンちゃんはスポーツクラブの選手コースで水泳をやっていて、練習で一日七キロ、それを週六日も続けていると最近教えてくれた。

「他のクラスにも行った?」

 席を立ち、廊下に向かいながらリンちゃんが聞いてくる。

「まだだよ。四年生の所へ来た時にチャイムが鳴ったから」

 廊下に出て隣のクラスを覗くとやはり数人しか残っていなかった。

「休み時間の教室は静かだね」

 そう言った朋華の声へ被さるように――。



「今、何か音がしなかった?」

 リンちゃんがきょろきょろしている。

「何かが割れるような音だったけど。どこだろう」

 もう一つ隣の教室を覗いてみても、特に何か起きた様子はない。

「何だったんだろう……」

 三人で話していたところへ、特別教室棟の廊下から走ってくる足音が近づいてきた。

「あっ! おじさんっ!」

 息を切らしながら現れたのは、メイちゃんとナツキちゃん。やはり、同じ登校班の四年生だ。

「大変なの、一緒に来て!」



 音楽室や理科室がある特別教室棟と、各クラスがある普通教室棟はL字型に直交して配置されている。

 私たちが音を聞いた時にいた普通教室棟の廊下からは、特別教室棟への廊下の入り口しか見えない。

 朋華とリンちゃんにメイちゃん、ナツキちゃんが加わり、五人で特別教室棟へ向かった。

「何があったの?」

 歩きながらメイちゃんに尋ねる。

「理科室でキョースケたちが電気を割っちゃったの」

「蛍光灯だね。何かぶつけたの?」

「分からない」

「メイと私は、理科室の前にある水飲み場で水を飲んだ後、おしゃべりしてたの。

 理科室の扉の窓から、中でキョースケとタケルが棒みたいのを持って遊んでいるのが見えてたんだけど、そうしたら大きな音がして……」

 ナツキちゃんが詳しく説明してくれた。

 長い廊下の一番奥にある理科室の前に立っている二人が、どうやらキョースケとタケルらしい。


 キョースケ君は四年生としては大柄で、身長は百五十センチ以上ありそうだ。

 一方のタケル君は華奢な感じ。百三十センチもないだろう。

「二人が割っちゃったの?」

 問いかけても無言。

 事件直後をメイちゃんたち二人に目撃されているから、否認は難しい。黙秘権でも使うつもりかな。

 ひとまず理科室の中へ入る。

 窓側にある二本一組の蛍光灯が、割れて粉々になっていた。

「破片が飛び散っているだろうから、近付く時は気をつけて」

 みんなに声を掛けながら、廻りを見渡す。

 最初に気づいたのはリンちゃんだった。


「棒なんて、ないじゃん」

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