第二章 サンタを捕まえろ
ユウタ君の疑問
「ねぇ先生、サンタクロースって見たことある?」
縁があって集団登校する子どもたちの付き添いをするようになり七年、この四月からの付き合いとなる小学校一年生のユウタ君は、毎朝会う俺のことをいまだに小学校の先生だと思っている節がある。
探偵という職業柄、先生と呼ばれることもたまーにあるけれど、他の子たちが「おじさん」と呼ぶ中、彼だけは「先生」と呼ぶんだよな。
悪い気はしないけれど。
「いや、見たことないなぁ」
自転車を押して隣を歩きながら答える。
「ぼく、サンタさんの正体が気になるんだ」
ユウタ君は空想力が豊かで素直な男の子。
家から学校まで、しかもベッドから教室の椅子に座る所まで運んでくれる自動装置が欲しい、こんな風にしたら出来るんじゃないか。そんな楽しい話をいつも聞かせてくれる。
これは慎重に答えないと――。
「サンタを捕まえちゃえばいいんじゃない?」
いきなり過激な発言をしたのが登校班OG、現在は高校一年生の朋華だ。
彼女は俺がこの付き添いを始めた頃からの知り合いで、今でもしょっちゅう
「この人、誰? 先生の子ども?」
彼女と初対面のユウタ君からの質問に、あー、うん、まぁ、そー、とごまかすように相槌を打つ二人。
父娘に間違われる、と言うか父娘だと思っている人も多く、いちいち説明するのも面倒なので否定しないのがお約束になっていた。
ましてや、一年生の彼に理解してもらうなんて、至難の業だ。
そんな思いを知ってか知らずか、ユウタ君は俺たち二人のことよりもサンタの正体を気にしている。
「サンタさんって、お化けじゃないかなー」
「どうして?」
「だって、ずっとずっと前からプレゼントを配っているんでしょ? 千年とか生きてるんじゃない? なんかお化けみたいだよ」
なるほど、年を取らず死なないから、ってことか。
「そっかー。でもお化けなら見えないんじゃないかな。ユウタ君もサンタさんがどんな格好をしているか、知ってるでしょ?」
「うん。赤い服を着て、白いひげがある」
「きっと誰か見たことがあるから、サンタさんの格好が分かるんじゃないかな」
「やっぱり見たことがある人、いるんだ。ふーん、お化けじゃないのかぁ」
「だから、サンタを捕まえちゃえば正体も分かるよ」
「あのなぁ、一年生にいい加減なことを言うのは止めとけ」
「いい加減なことじゃないもんっ」
むくれる朋華をスルーして、ユウタ君へ向き直る。
「ごめんね、このお姉さん、しょっちゅう変なことを言うから――ぁがっ!」
彼女の右ストレートが俺の右腹へクリーンヒット。
「変なこと、言うなし」
やはり、そのやり取りを気にすることなく、ユウタ君は推理に没頭している。
「サンタさんのソリは空を飛ぶよね? ジェットかな」
「ジェットって、あのユウタ君が発明してくれる自動装置に使うやつ?」
「うん。サンタさんはもうジェットを持ってるのかもしれない」
「プレゼントを入れる靴下に罠を仕掛けておくのは、どう?」
めげずにサンタ確保作戦をそそのかす朋華を肘で小突いた。
「あー、でもトナカイも一緒に空を飛んでるよね」
「そうだね」
「靴下の中にスタンガンを仕込んでおいて、手を入れたら感電しちゃうのは?」
肘で小突く。二回目。
「トナカイにはジェットをつけられないよなぁ」
再び考え込むユウタ君。
「サンタさん宛に手紙を書いて、一緒に飲み物を置いておくの。それに睡眠薬を入れて――」
肘で小突く。三回目。
「あんなにたくさんプレゼントを配るから、お金持ちだよね、きっと」
そう言ったきり、彼は黙って歩いている。
「なんでサンタを捕まえることにこだわってるんだよ」
ユウタ君の推理中に、朋華へ小声で聞いてみた。
「捕まえようとしても捕まらなかった。やっぱりサンタさんは不思議な人だ、って思うかなぁって」
おぉ。少しはまともに考えてたのか。ごめん。
「ヴォッ!」
どこかのオジサンが鼻を鳴らしたような、低くしゃがれた短い雄たけびが聞こえた。
「なに!? 今の?」
初めて聞いた朋華が驚いている。
「あれはユウタ君のシンキングサイン。考えがまとまる直前に、無意識に出すんだよ。不思議でしょ?」
「へぇ、そうなんだ。普段のかわいい声とギャップがあって、ちょっとビックリ」
「先生、分かったよ」
こちらを見上げてニッコリ。いい笑顔だね。
「サンタさんは死なないし、空を飛べるし、お金持ち。絶対、魔法使いだと思う」
ほぉ、そこに落ち着いたのか。
「だって、魔女と同じだもん。年とっても生きてるし、ほうきで空を飛んだり、好きなものを魔法で出したりするでしょ。サンタさんはさ、良い魔法使いなんだよ」
「そうかもしれないね」
朋華も今度は口を挟まず、微笑んでいる。
「でもね」
なに、ユウタ君。続きがあるの?
「お父さんがサンタさんみたいなこと言うんだよ。『いい子にしていないとプレゼントをあげないよ』って」
朋華と顔を見合わせて笑った。
「それじゃ、また後でね」
ユウタ君に声を掛けた。いつも登校班が団地の中庭へ入るところで別れ、自転車で校門前へ先回りする。
「バイトの帰り、事務所に寄っていい?」
朋華ともここまで。
「いいよ。それじゃ、気をつけて」
自転車を漕ぎ出そうとした時、俺の右腕に朋華が両手を絡ませてきた。
なんだ、この捕まえられた感は……。
「今年はサンタさんから何をプレゼントしてもらおっかなぁー」
わざとらしい笑みを満面に浮かべている。
「あー。事務所に来た時に聞くから」
バイバイと手を振る朋華に、軽く右手を挙げて学校へと向かった。
―了―
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