第七話 おじタンの推理

 見上げていた視線を俺に移し、朋華が問いかける。

「……塾、だよね」

「大学受験のための個別学習塾だな。最近はここみたいに建物を丸ごと学習塾が借りてることも多くなったね」

 まだ合点がいかない様子の彼女が続ける。

「あのオジサン、塾の先生?」

「恐らく講師ではないと思う。事務の人じゃないかな」

「えっ、どうしてそう思うの?」

「塾の関係者なのは間違いないから、俺の推理通りだとすると――」



 まず一番の疑問は、なぜ毎日か、ということ。

 服装などの話から仕事はデスクワークだと思ったけれど、それならなぜ自分の会社で食事をしないのか。

 きっと自分の席では食事が出来る状況ではないんだろう、と考えたんだ。

 毎日の食事場所として選んだのが、人に干渉されない、ホールの隅にある電話台。壁を向いて食事をするのが苦にならない、むしろそれを好む性格みたいだし。

 そんな人ならば、机の周りに人が集まるような場所は避けたくなるよ。それが自分に背を向けた人たちだとしてもね。


 でね、塾に関係あるだろうと推理した決め手になったのは、トイレを借りに来た時間。

 五時頃にトイレへ来たのはなぜか?

 その時間帯にトイレが使えなかったから。それはどんな場合かと考えたときに、この前うちのビルを借りる相談に来た不動産屋さんの話を思い出したんだ。

 塾が四階、五階を借りたいというんだけど、ネックになったのがトイレ。講義の休み時間に集中して使うので、それなりのブース数を確保したいんだって。

 うちのビルはブース数が少ないので、その話は無しになったけど、これが今回の件と結びついてね。

 五時前なら学校帰りの生徒たちが塾に集まる頃だから、トイレも混んでるはず。

 あの人の性格からすれば、すぐそこにある混みあうトイレへ行くよりも、少し離れてもゆっくり入れるトイレを選ぶんじゃないかな。


 塾の関係者だと仮定すれば、お弁当の話も説明がつくんだよ。

 大学受験用の塾ならば、昼前から生徒は来るでしょ。個別指導も行うのが流行りなので、熱心な生徒は講師の所へ行って質問もする。例え昼食の時間帯でもね。

 一方、事務の人は時間通りに仕事をするから、昼休みに入って机の廻りを生徒がうろうろしているのは嫌だったんだと思う。

 それで、静かに一人で食事ができる安息の場所を見つけた、というのが俺の推理。

 食べてる途中に生徒が来る可能性もあるから、お弁当は毎日外で、トイレは混んでいて我慢できそうもない時だけ、たまに使う。

 謎の男の条件にばっちり合うんだけど、地図を見ただけじゃ近くに塾があるのか分からなくって。



「それで、確認しに来たわけ――ぇがっ!」

「またドヤ顔したでしょ。学習しないなー」

 それって、推理に納得したという解釈でよろしいでしょうか……。

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