第三話 「あの人はテロリストだと思うの」

 ま、話だけは聞いてやろう。


「だって、区役所へ毎日来るってことは何か探ってるんだよ」

「何を?」

「ずっと同じ場所で同じ時間にいるから、んーと……誰かの行動パターンとか?」

「誰の?」

「やっぱ偉い人じゃないかなぁ。区長さんとか?」

「区長?」

「うん、区長さん。……ダメ?」

「お昼休みに売店前をうろうろしている区長さんを見たことある?」

「……ない」

「でしょ?」

「あ"-っ! 何かそのドヤ顔、ムカつくー」

 口を尖らせる朋華を見かねて、ユウキちゃんが応援に入る。

「おじさん、朋華ちゃんの話を聞いてあげなよ」

 あっ、いけね。まずは話を聞くんだった。


「ごめん。ちゃんと聞くよ。で、どうしてテロリストだと思ったわけ?」

「まー、テキトーなんだけどね」

 知ってた。

「まず、なんであの場所かってことだと思うの」

 ふむ。それで?

「売店前のホールって、入り口からすぐの所だから入るのも楽。ってことは、何かやってから逃げるのも楽ってことでしょ?」

 ほぉ。少しは考えてるじゃん。

「確かにそうだね」

 ユウキちゃんが相槌を打つ。

「それと、やっぱり誰かを見張ってるんじゃないかなぁ。人の出入りもチェックしやすいし」

 

「もう一つ決定的なのは電話が置いてあった台、ということよね。電話は無いけどコードが取り出せる穴は残ってるから、どこかにアクセスして監視システムの遠隔操作が出来るんじゃないかな」

 あぁ、電話ケーブルの取り出し口が残ってるんだ。それにしても、既設の電話回線を利用したリモートアクセスなんて、なんで知ってるんだろ?

「ケーブルが見える状態で残ってるの?」

「ううん。金属の丸いプレートで塞がれてる」

「見えないのに、そこからケーブルが出ていたなんてよく分かったね」

「何ていう映画か忘れちゃったけど、前にDVDで観たことがあるんだよね、そんな感じの話」

「へぇ、そういう映画も観るんだぁ。なんか意外」

 ユウキちゃんの言葉に激しく同意。

 (死語じゃね?)

 ん? また天の声が……。まあいい、スルーだ。


「朋華の観る映画って言うと、進撃の〇人や東●喰種、寄△獣のイメージだもんな」

「他にも話したでしょ。文ストとか」

「あぁ、あれは面白かったね。そう言えば、前から思ってたんだけどさ、朋華って鏡花ちゃんぽいよな。夜叉白雪を持ってそうだし」

「んー、それってなんか微妙」

「まぁこの話テロリスト説は、朋華の妄想にしてはよく――ぅげっ!」

「……妄想、言うな」

 くっ、いきなり異能腹パンを発動させやがった。


「マジな話、確かにテロの実施には、その場所は適しているかもしれない。でもあの区役所を目標とする理由がないよね。毎日、決まった時間に来て風貌を周囲の人に印象づけてしまっているのも、テロリストとしてはマイナス要因だよ」

「う"ー……」

「じゃ、テロリスト説は却下ということでよろしいでしょうか」

 むんっ、と伸びてきた朋華の右拳をお腹の前で受け止める。

 ふふっ、お見通しだぜと油断したその時、左拳で脇腹をやられた。

 ぐほっ、それはやっちゃダメなやつ、マジに痛い。

 勝ち誇って笑みを浮かべる朋華の後ろに、の大きな文字が浮かんでいるのをハッキリと見た。


「ハイハイ、二人ともそのくらいにして」

 大人だなぁ、ユウキちゃんは。

 一番若いのに。

「さっきも言ったけど、リストラされたオジサンでしょ、きっと」

 彼女のクールな瞳にも、の小さな文字が見えた。

 老眼気味なので霞んでいたけれど。

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