第一章 謎の男

出題編

第一話 謎の男

「やっぱり変でしょ?」

 ソファに背を預けたまま、朋華ともかは顔だけをこちらへ向けた。


 彼女の話を聞き終わって、まず反応したのはユウキちゃんだ。

「普通に考えれば、リストラされて暇を持て余しているオジサンじゃないの? あっ、おじさんのことじゃないよ」

 当たり前だ。

 俺は暇を持て余している訳じゃぁない。

 (そう見えるかもしれないけど)

 そもそも、リストラじゃなくて理由わけあっての自主退職だし。

 (彼女たちには関係ないし)

 ん? 天の声が聞こえるのは気のせいか。


「それじゃぁつまんないじゃん。

 例えば、何かスパイ活動をしているとか、あそこから宇宙と交信できるとか……。

 ひょっとしたら、異世界へのゲートに繋がっているとか!」

「まーた、朋華の妄想が始まったよ……。

 学校が爆撃されるとか、リア充な高校生は逮捕されるとか言ってたときの方がまだマシじゃん。

 百歩譲って、宇宙ならともかく異世界なんて――ぇげッ!」

 ソファに座ったまま体を捻った彼女の右ストレートが、横に立っていた俺の脇腹をえぐる。

「まったく……。高校生が胸に抱く浪漫ってものが分からないかなぁ。これだから、近頃のオジサンは、って言われるんだよ」

 そんなこと言うの、朋華だけじゃん。

 二発目を恐れて、心の中でそっと呟いた。


          *


 ここはウチの事務所、平日の夕方によくある光景。

 登校班の見守りを通じて仲良くなった子がちょくちょく遊びに来るようになり、おやつを食べたり、本を読んだり、Youtubeを見て帰っていく。

 ユウキちゃんは中学一年生で、朋華に次ぐ常連さんだ。二人は顔を合わせる機会も多く、仲が良い。

 この日みんなで盛り上がった、朋華の話すとは――



 ほら、この前バイト始めたって言ったでしょ。

 クリスマスも近いし、冬休みもあるから、少しお金が欲しいなぁと思って、土曜日だけじゃなくて試験休みにも区役所の売店でバイトを始めたの。ママも、短期間だし、そういう所ならいいよって。

 そうしたら、二日目に変な人がいるのに気がついたんだ。


 隅っこのカウンターみたいな所でコンビニのお弁当を食べてるの。そういう人ってあまりいないから目立つんだよね。

 バイトの先輩に聞いたら、毎日来てるんだって。

 そこは元々、公衆電話って言うの? それが置いてあったんだけど、取り外して台だけが残ってて。これはお掃除のおばさんから聞いた話。

 私みたいな高校生がバイトに来るのは珍しいらしくって、みんな優しくしてくれるんだ。

 で、気になっちゃって、お昼ごろになると注意してるんだけど、やっぱり毎日来るんだよねー、そのオジサン。



 ――で、このオジサンの正体は? と言う話になったのだ。


 まずは情報収集から始めよう。

「その人は、お弁当だけ食べて帰るの?」

「うーん、分からない。売店から見えるのは食べてるところだけ。でも、どこか区役所の中に用事があって来てるのかも」

「区役所に毎日来る用事なんてあるのかなぁ」

 ユウキちゃん、鋭い。

 俺もそう思うよ。

「どんな服装してるの?」

「普通のサラリーマン、って感じ。会社に行ってるなら、そこで食べるはずでしょ?

 だから、みんなで怪しいねって言ってるの」


 確かに怪しい。

 スパイのような危険な匂いはしないけれどね。

「他に何か気が付いたことはある?」

「これもお掃除のおばさんから聞いたんだけど、夕方にトイレだけ使って帰ったことがあるんだって」

「夕方? 何時ごろ?」

「区役所が閉まる前だって言ってたから、五時ごろじゃないかなぁ」

 ふーん。なるほどぉ。

 これで条件は出揃った、ってところかな。



「それは、やっぱりストーカーじゃないか?」

 いきなり、思わぬ方向から渋い低音の声が聞こえてきた。

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