後編

 その日、俺はネクタイを締め、ちょっとブルーがかったスーツという、滅多にしない格好で、

『都立S高校2年A組』の教壇に立っていた。

 仕事柄、スーツは良く着るが、このネクタイって奴がどうにも厄介で、普段は滅多に絞めたことがない。

 それでもまあ、場所が場所だからな、我慢もしなけりゃならんと思って、無理して着用に及んだというわけだ。

 教室の一番後ろには、小太りでメガネをかけた30代半ばと思しき男が、腕を組んでさっきから俺をにらみつけるようにしてみていた。

 この男が、このクラスの担任で、所謂『ヘイワ主義者』の先生というわけだ。

 彼を旗頭に、同じ考えの父母達も巻き込んで、俺の『特別授業』を妨害しようという画策は、ギリギリまで続けられたようだったが、結局多少理解のある教師たちのとりなしもあってか、渋々ながら承知、そして俺は現在ここにいるのだ。

 俺が教室に入ってきた時、普通は紹介をするところなんだろうが、教師は『自衛官のタイコ持ちなんかまっぴらごめんだ』とばかりに、何も言わずにただ俺をにらみつけている。

 教室の片隅に、小野寺房子の顔を見つけた。

 俺が初めて会った時とは、グンと成長していたけれど、どこかにあどけなさを残していた。

 ただ、やっぱり父親である小野寺が言ったように、少しばかり伏し目がちで、暗めな表情にも感じられる。

俺はまず、黒板に向かって大きく自分の名前を書き、それから生徒たちに向き直って、

『こう書いて、乾(いぬい)宗十郎と読む。幾らか聞いてしっているだろうが、今の職業は私立探偵だが、元は自衛官をしていた。』

 機先を制したつもりなどないが、俺ははっきりそう言った。

 一番前にいた、黒縁眼鏡の背の低い男子生徒が手を挙げたので、

『はい、君』と言った。

『自衛隊って、人殺しの訓練をしてるんですか?』随分はっきり聞いてくる。でもそのくらいこっちも予想していたことだ。

『射撃訓練、格闘訓練・・・・それを「人殺し」に該当するなら、そうだと答えるしかないだろうな』

俺の答えに、教室全体がざわつく。

『どうしてそんなことをするんです?』

『そういう時が来るかもしれんからだ。そりゃ誰だって戦争はしたくないし、俺だって嫌いだ。しかしもし、「その時」が来てしまったら、大勢の人を守るために戦うだろう。俺たちがしてきたのはそのための訓練だと思っている』

俺の言葉に、生徒たちは互いに目を見合わせて、小声で何かささやき合っている。

今度は別の、髪の長い女生徒が手をあげた。俺は黙って促す。

『でも、その前に何で話し合いをしないんです?話し合いをすれば、戦争なんかしないで済むじゃないですか?』

 俺は教室の一番後ろに目を送った。

 担任教師が、我が意を得たりとばかりに満足げな表情で俺を見た。

 瞳の中には、

(ざまあみろ)という意図がはっきりと浮かんでいる。

『そうだよな~』

『自衛隊なんていらね~よな』

 そんな声があちこちで起こった。

『君らの言うとおりだな。でも、それでも何か起こったら?』俺はわざと意地悪く聞いてみた。

 最初の眼鏡君が、何か言おうとした、丁度その時である。

 突然、窓の向こう。つまり校庭の方から何かが激しく壊れる音と、車のエンジン音、まるで西部劇で耳にする先住民の雄たけびのようなものが、これだけ離れた教室まで聞こえてきた。

全員が窓際に走り寄った。

俺も、後ろから顔を覗かせた。

頑丈な筈の校門が大きく内側に捻じ曲がるように破壊されて倒れており、戦車もどきに武装したトラックが校庭に侵入していた。

トラックの荷台には、頭を茶色に染めたり、丸坊主だったり、一見して相手を威圧する格好をした連中が乗り込んでおり、そいつらが手に手に何か物騒な武器を持って、何か叫んでいる。

『おい、あれはガン鉄さんだぜ?』

生徒の一人が、ハンドルを握っていた丸坊主の大男を指さして言った。

『ガン鉄?』

 俺は聞き返した。何でも半年ほど前、学校を退学させられた不良グループのリーダーだそうだ。

 後ろを振り返る。

 さっきまで得意げな顔をしていた教師は、真っ青な顔をして、唇をがたがた震わせていた。

『いいか、みんな下がっていろ。絶対に外に出るなよ。』

俺はそういうと、ガラス窓を開け、ネクタイを外して額に巻くと、上着を脱ぎ捨てて、ポケットから取り出した手袋をはめた。

 カーテンレールに両手をかけ、サッシに足を乗せた。

 下を見る。

 人間の腰の高さくらいの植え込みが見えた。

 凡そ15~6メートルほどの高さだろう。

 迷うことなく、俺は一気に飛び降りた。

 これでも空挺にいたのだ。

 降下訓練はダテじゃない。

 五点着地だ。

おまけに植え込みがうまい具合にクッションになってくれ、俺は無傷で降りた。

庭木のすぐ下は、45°位のグリーンベルトになっており、俺はそこを転がって、まず朝礼台、そして水飲み場と身を隠しながら、少しずつ奴らに近づいていった。

適当な距離まで近づくと、

『おい、あんちゃんたち!いい加減そのくらいにしとけ!』と、俺はわざと大声を出した。

 獲物を手に暴れまわっていた連中(五人はいたろう)は、俺の声に、はっとして立ち止まり、こっちを見た。

『なんだぁ?てめぇ?』

 先頭にいた丸坊主のデカブツ・・・・そう、

『ガン鉄』という名の不良のリーダーが、俺をねめつけた。

『正義の味方、参上ってとこかな?』

『へっ、何をぬかしてやがる!てめぇもセンコウか?俺はセンコウがでぇっきれえなんだよ!』

 彼は手に持った鉄パイプを大きく振りかぶって叫んだ。

 すかさず俺は背中に手を回し、特殊警棒を抜き、振り出す。

(学校にくるのに、まさか拳銃を持ってくるわけにもゆくまい)

奴の鉄パイプが俺のすぐ脇の空気を縦に切り裂いた。が、俺の攻撃がそれより早く、剣道の突きの要領で、警棒の先端を奴の鳩尾にめり込ませた。

『グボッ』

 ガン鉄は身体を九の字なりにして地面に膝をついた。間髪をいれず、俺は膝蹴りを顔面に叩き込む。

『野郎!』

『やっちまえ!』

 四方八方から手下が次々にかかってきた。

 痩せても枯れても元は戦いのプロだ。なめてもらっちゃ困る。(ある意味では今も、かな?)

 俺は攻撃を右に左にかわしつつ、一人一撃の要領で倒していった。

 結局、五人をのしてしまうのに、10分とかからなかった。

 間もなく、学校の誰かが連絡したのだろう。

 遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。


 連中は駆け付けた警察に一網打尽にされた。

 俺も事情を聴かれたが、理解のある校長がとりなしてくれたおかげで、大したことにはならなかった。

 例の『ヘイワ主義者』の教師たちは、最後まで『暴力は絶対反対だ』と、ぶつくさ言っていたようだったがね。

 だが、生徒たちの反応は、明かに以前と違っていた・・・・。



 あれから、もう二年は経つだろう。

 小野寺は一等陸尉に昇進していた。

 同期の中では最高の出世頭記録を更新し続けている。

 久しぶりに呑みに誘われた時、彼は明るい顔をして、俺に一枚の写真を見せてくれた。

 そこには、あの房子が、紋付き袴姿で、赤門を背に写っていた。

 彼女はあのT大に入学したのだという。

 合格した時、房子は父親にこう言ったのだという。

(私はパパみたいに強くないから、勉強して、偉くなって、政治家になる。そしてパパや、あの優しくて強い小父さんみたいな自衛官さんが、思い切り仕事をして、戦争をしないで済むような、そんな世の中をつくってみせる!)

 俺はその写真を一枚、プリントしてもらい、事務所のデスクの下に挟んである。

 え?

 そんなにうれしいのかって?

 当たり前じゃねぇか!

                               終わり

*)この物語はフィクションであり、登場人物その他すべては作者の創造の産物であります。



 




 

 





 




 

 

 

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探偵、学校に行く 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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