3-33

 巨躯トグルの様子は反撃すらせず耐えている。全身を硬直させているのか、身体から赤い煙のようなものを放ち始めた。煙に気づき、四人は攻撃を止めすぐさま離れた。小型ナイフを刺した背中の一部から液体のような金属が流れ出す。ハリーはその光景を一部始終をみていた。

「……!? なんだ?」

 いったいコイツは何をしようとしているのか、ハリーには分からなかった。

『異物を体の中から排除しようとしている。今攻撃するのはまずい。溶かされてしまうぞ!』

 リンの低い声が黒いキューブを通して聴こえてくる。

「まったく、なんてやつだ! 全身を熱で覆い、その間に体力の回復をはかっている」

 感心すると同時にあきれた声がハリーから吐き出された。






 巨躯トグルの身体は、数十分あつい高温でおおわれ近づくことすらままならなかった。

「まずいな!」

 四人同時に攻撃した意味をもたなくなる。何かいい手立てはないものか、ハリーはもどかしく眼を細くしてかんがえた。

 闘技場内中央から離脱し、ハリーは回廊でまつフレデリックたちと合流した。

「リン、フレデリックさん」

 遅れてキャサリンが到着する。

「まさか、あの馬鹿でかいヤツ巨躯のトグルに回復機能があったなんて」

「野生のトグルでは考えられないことさ。ボクはなんどもヤツら野生のトグルの行動を観察していたけど、せいぜい食べ物で自分の体力を維持すると思っていたから」

 リンの言葉に反応し、

「リンが知らないのも無理はない。おれでもあんなヤツの生体維持がああいう皮膚を高熱で覆う形だとは知らなかったぐらいだ!」

 と、フレデリックが付け加えた。

「でも、早いところ決着をつけないと」

「もちろんだ。長時間の戦闘はこちらには不利になる。ヤツの体温が変化したら一気に片をつける。こんどは、でもういちど同じ場所を攻撃だ!」

「それでも、ダメージが望めないかもしれないですよ」

 キャサリンが不安な顔でフレデリックを見る。彼が、

「キャサリン、今度はちがう。君はヤツを完全に転ばせて、最後はおれが頭上からとどめを刺す! いいか、君のポジションは一番重要だ!」

 と肩を軽くたたいた。

「はい、やってみます!」

「うむ、いい返事だ!」

 キャサリンがフレデリックに眼をみて返事をした。

「みんな、配置についてくれ! リン、ハリー、しっかりな」

「はい!」

 眼を配らせ、フレデリックはリン、ハリーに頷いた。


 闘技場内の気温が収まりつつあった。灼けるような熱さのあった場内に、混沌の静寂が戻りつつある。ふたたび、暗視ゴーグルに身をつつみ、ハリーは巨躯トグルの背後を追いかけた。

『みんな、配置についたか?』

『ハリー、OKです』

『リン、配置につきました』

『キャサリン、了解です』

 それぞれにキューブを通して声が飛び込んでくる。

『いいか、おれがヤツ巨躯のトグルの攻撃を誘う。攻撃のモーションに入った瞬間をリン、ハリー、キャサリンの順番で攻撃をしてくれ! 最後はおれが目元を攻撃する』

『了解!』

 低い声が聴こえてくる。どうやら、リンのようであった。

「了解です!」

『ハリー、ボクが合図したら攻撃してくれ!』

「わかった! キャサリン」

 大声で下方に身体を向け、

『ええ、ハリー、合図したら攻撃すればいいのね』

 女性らしい声が聴こえてくる。

 全員の調和が整っていた。ハリーは四人の連携攻撃に期待を持った。


 巨躯のトグルが誘われるようにフレデリックへ向かっていく。剛腕が彼の脇をかすめ二層目の瓦礫にあたった。

『いまだ、リン!』

 フレデリックの掛け声でリンが気合とともにジャンプし、巨躯の首元めがけ拳の連打攻撃を浴びせる。凄まじいほどに首元に煙が立ち上った。

『ハリー、お願い!』

「おう!」

 サバイバルナイフを両腕にかまえ、ハリーが高々とジャンプすると首の付け根から頸椎を八連撃、背骨を一直線に両腕が千切れるほどの速さで四連撃に攻撃する。

「キャシー、次、たのむ!」

 下方向に光が脚の付け根を狙って、飛び回っていた。攻撃が効いているのか、巨躯の体が持ち上がり態勢がくずれ、背中から落ち闘技場中心部に穴をあける。思いっきり転ばせた。顔の表面が真上に差し掛かる。

『フレデリックさん、最後、お願いします!』

 ひときわ高い声が黒いキューブを通して響いてくる。

『おう、みんな、ヤツからすこし距離を置いてくれ!』

 刹那せつな、頭上がまぶしい光に包まれ、洞窟の天井に一転の黒い点がみえたかとおもうと次の瞬間、轟音と閃光がこだまし黒い点が巨躯の顔めがけ降りてくる。一瞬の出来事に瓦礫に隠れていたハリーは、黒い点がフレデリックだったことに気づいた。凄まじい衝撃波が古くなった闘技場の建物の一部をを破壊した。爆音と光が徐々に消え、静寂が闘技場におとずれる。

「やったか……」

 キャサリンの近くまで下りたハリーは、動きの見えない巨躯の塊を横目に叫んだ。四人のリレー攻撃に微動だに動く気配がない。


『ハリー、気を緩めるな!』

 リンの大声が飛んできた。

「ハリー、まだ、油断しちゃだめよ!」

 キャサリンの後ろで筋肉の盛り上がった腕がけいれんをおこし、巨躯トグルが立ちあがろうとしている。

「……!?」


(巨躯のトグル《ヤツ》は不死身なのか? いや、そんなはずは……)


 明らかにダメージが蓄積されているのがわかった。致命傷は負っているはずなら、弱点を集中攻撃すれば今度こそ、とリンが近づいてくることを察知し、冷静な顔で駆け寄った。すでに暗視ゴーグル、マスクは外している。

「リン、こいつの弱点はどこなんだ? 急所は?」

「おそらくさっき攻撃してわかったけど、喉元にある突起物。それが多分」

「キャサリン、リン、安全なところに隠れていてくれ! とどめは俺が刺す!」

「ハリー、ひとりで大丈夫なのか? 巨躯トグルは、全力でその場所を守って来るぞ!」

 グリムデッドが禍々しく顔をゆがめ、立ち上がり自分を鼓舞するためか両手で胸を激しくたたきだした。またも回復しようと全神経を集中させ始める。場内の空気が変化し、気温が上昇をはじめる。


(まずい、早くしないと!)


「もういちどヤツの態勢を崩せば、否が応でも向こうの攻撃前にたたけるはずだ。それにフレデリックさんも、すぐには攻撃できないと思うんだ!」

「だからって……」

 リンの言葉をさえぎり、

「リンさん、ひとりじゃない」

 冷静にキャサリンはいった。

「あたしも攻撃に参加する」

「キャサリン……」

「ハリー、参加させて。一緒よ!」

「よし、キャサリンはリンと呼吸を同調させてくれ! リン、行けるか?」

 あきれ顔半分に皮肉な顔半分の複雑な顔を彼女はハリーに向ける。

「あんたはもっとも大切な仲間パートナーを地獄に道連れにするのが好きなんだね」

 リンの毒の効いた言葉にハリーは、

「今に始まったことじゃないさ。もっとも、地獄からかならず生還できるって保証があるから、かもな」

 と突き返した。

 ハリーの指示で、リンとキャサリンは配置についた。ハリーの呼びかけにフレデリックが気づき、三人で攻撃を行うことを彼に伝えた。彼は了承し、四層目の瓦礫がれきの陰から照明弾をうちあげ、サポートをすると応える。暗闇でも仲間の輪郭が見える薬の効果がきれるからだということだった。

 天井に打ち上げられた照明弾からしばらくのあいだ闘技場全体が見渡せるほどの視界が確保でき、巨躯の身体がはっきりとあらわれる。


(さあ、第三ラウンドだ!)




                34へつづく

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