3-34
攻撃を開始してからすでに三時間以上が経過していた。
こぶしの威力が弱くなったとはいえ、素早さは衰えていないことが分かった。ハリーは隙あるごとに数か所にわたって、がれきの反動を利用した蹴りをトグルの身体に攻撃するが、強固な硬さに覆われているため
なんども攻撃を繰り返しているためか、ハリーの持つサバイバルナイフに劣化がみえた。刃こぼれがありありと現れはじめた。すぐに予備のサバイバルナイフを両手にもち攻撃を繰り返す。だが、強固な身体に刃が耐えきれない状態がつづいた。
「ハリー、三人同時で一点集中の攻撃しよう!」
リンの掛け声でハリーはうなずいた。
「いいか、同時にわき腹をねらえっ!」
2枚の刃をかさねサバイバルナイフを両手にハリーは、わき腹めがけ攻撃する。
「同時だ! スリー、ツー、ワン!」
「ハリー!」
目が見えないまでもハリーの持つにおいで判断したのか、ニタリと不気味な笑みをみせると、勢いをつけ瓦礫に投げ飛ばした。ハリーが瓦礫に激突する。
「ハリー、ハリー!」
崩れ落ちる身体から力がぬけていく。どこからか聞こえてくる言葉がとおくに感じ始めていた。全身全霊を込めて撃ち込んだ拳と蹴りがダメージを負っていないというのか、ハリーはその場に倒れこんだ。
(ここで俺が諦めてどうするんだ……。こんな……ところで……)
巨躯のグリムデッドが、とどめを刺しにハリーへ狙いをさだめ、剛腕の拳が凄まじい勢いで迫ってくる。
「ハリー、逃げろっ!」
(俺は、もう……。体がうごかない。息が……)
注意を引こうとリンが、伸びてくる側面に強い一撃の蹴りを攻撃するが、構うことなく拳はハリーに向かっている。リンの奮度に満ちた大声にハリーは、呆然と立ち尽くしたままだった。逃げるモーションさえなく、気力を失っている様子である。
(俺は……死ぬのか……)
剛腕の攻撃がハリーに近づいていた。突如、ハリーの目の前にキャサリンが現れ、自ら彼の目の前で結界を張る。だが、
「キャシ……、キャシーッ!」
吹き飛ばされるキャサリンの身体が、ハリーの眼にゆっくりと流れていく。動作がながれる中でキャサリンの心の声を感じ取った。
((ハリー、あきらめちゃいけないわ。あなたがいつも言っていたことじゃない))
「キャサリン!」
(そうだ! 俺は、俺は諦めるわけにはいかないんだ!)
煌々と赤いオーラに包まれ、ハリーは立ちあがった。哀しい眼と同時に彼は憤りのある眼へと変化する。呼応するように装備していた銃が赤く光りだす。
「……?」
銃の照らし出す光にハリーが気づく。彼の眼が赤い色に変化する。
巨躯のトグルが、ぴくりと体を震わせ硬直する。おびえる顔へと変わった。
周囲に響きわたる声で彼は叫んだ。
「リン、近くにいるか?」
彼の声にリンが気づいた。
「キャシーの手当をするわ!」
「頼んだ! ヤツの息の根を止める」
「ハリー、どうする気? ハリー!」
煌々と光る赤いオーラをまとい、ハリーは巨躯のトグルに向かっていった。
「フレデリックさん!」
物陰に隠れていたフレデリックはハリーの叫び声に反応した。
「ハリー!」
「フレデリックさん、お願いがあります。俺がヤツの足を転ばせて引きつけます。その間に隙を見て頸椎に攻撃してください!」
「ハリー」
淡く濁った紅い煙がハリーから立ち上っているのを不思議にみたフレデリックは、彼の腰にある銃から発しているものが彼の体を通っていることに気づく。
「ハリー、お前、感情が」
返事を待たずそれだけを口にしたハリーは俊足で一階層の闘技場中心部へとむかった。
巨躯のグリムデッドの足元まで下りてきたハリーは、手下のトグルに囲まれている。手下たちはハリーに襲い掛かってくるも、煙の立ち込める彼に近づくことができずにいる。
すぐさまサバイバルナイフを両手にしたハリーは、巨躯のグリムデッドを見上げた。
一瞬のうちにグリムデッドの右アキレス
両の手の動きを上手いぐあいに回避しつつ、ハリーは左のアキレス腱にも同様に攻撃を繰り返していく。痛みに耐えきれなくなってきた巨躯のグリムデッドは、身体を保てなくなり遂にはたおれてしまった。弾みにより闘技場内が激しく揺れる。
バランスを崩したことにより巨躯に大幅な隙がうまれた。
「いまだ、フレデリックさん」
すさまじい気合のこもった叫び声とともにフレデリックは、圧倒するジャンプ力で天井まで跳ぶと急降下した。ハリーは銃を取り出すとフレデリック目掛けトリガーを思いっきり引く。紅く激しい気の塊がフレデリックに当たり、彼が紅いオーラに包まれた。閃光を放つ中、フレデリックが巨躯のトグルの頸椎に渾身のキックを放った。静寂がおとずれると微動だにしない巨躯の塊がそこにあった。
ハリーとフレデリックは激しい息を吐き、リンとキャサリンのいる所へ向かおうとした。
息切れの収まらないままにハリーとフレデリックは、彼女らのいる場所へと急いだ。
「ハリー、フレデリックさん。キャサリンが、キャサリンが」
リンの哀し気な声に反応してかハリーとフレデリックが疲れをわすれ慌てた様子でぐったりと横たわる彼女に詰め寄った。
「リン、手当は? なぁ、手当をしたんだよな?」
リンは顔を背けた。
「外傷があるかどうかは確認したけど、延命用の注射はした。けど、ここでは手の施しようがない。結界が彼女に与えるダメージを和らげたとは言え、強烈な拳をまともに浴びたから。まだ意識は残っている」
フレデリックは
ハリーは愕然と立ち尽くしていた。
「ハリー、しっかりしろっ! 意識があるならまだ死んではいないはずだっ!」
硬直したハリーにフレデリックが激をとばした。電気がはしったように全身をふるわせ、彼は正気に戻る。
「まだ、望みはある。とにかく、一旦、テントまで戻ろう」
キャサリンを背負おうとフレデリックが背中に肩を回そうとした。リンは彼の行動に率先して手を貸した。
ハリーが、
「俺がテントまで連れていきます」
「ハリー、大丈夫なのか?」
傍らで話すリンとフレデリックを冷静にみつめる。
「リュック博士という人から瞬間的に移動できるデバイスを持っているので」
「けど、ハリーだって闘技場の奥にある扉の確認はしておきたいだろっ!」
「リン、ハリーの気持ちもくみ取ってやるべきだ。先を急ぐことも大事だが、仲間のひとりが大変なことになっている。その責任が彼自身にあるなら、なおのこと。もし優先順位をつけるとするなら、君でも同じ考えになると思うのだが、そう思わないか?」
「……」
フレデリックの説得にリンが背中を向けた。
「ハリー、もし、遅れてでも来られるようなら扉を見に来てくれ!」
「ああ、わかった。リン」
フレデリックは深くうなずくとリンを見据え、奥へと行ってしまう。
暗闇の中、ひとり残されたハリーは、キャサリンを背負い瞬間移動デバイスのスイッチを押すとテントのある旧市街地方向へと消えていった。
35へつづく
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