3-32
階段から離れ、ハリーは一階の回廊を進んだ。スコープを通して、トグルの群れが背後から迫ってくるのがわかる。眼光と輪郭が廊下を埋め尽くしていた。突然、どこかで爆発音が響きわたる。
「この地響きは?」
ハリーはつぶやいた。
どこかで爆弾のトラップが発動したのだろうか、ハリーが自ら仕掛けたトラップか、はたまたリンが仕掛けたものかいずれにしろ、トラップに間違いないと確信した。はやく彼らと合流しなければ、崩れた瓦礫をなんとかよじ登り二階層へと到達した。
トグルの群れから遠ざかった。眼下に覆いつくされた鈍く光る眼と咆哮にも似たどよめきが、今もなお回廊内に響きわたっている。
場内の中心を見渡したハリーは、左上方向に薄暗く照らされた淡い光があることにきづく。こともあろうに眼の見えないはずの巨大なトグルが、三人のあかりに迫ろうとしていた。すぐさま敵の気配に気づいたのだろうか、明かりがふたつとひとつに分散し難を逃れたのがわかった。すぐさま一つの明かりの方向へと急いだ。
ゴーグル越しに気づいたのか、ほのかな光を放ち、個体の影がハリーの方へとやってくる。
「そこにいるのはハリーか?」
高い声が混じる女の声であった。
「ああ、俺だ。ハリーだ!」
近づいてきたのはキャサリンとは違う体系の女である。リンだった。
「リン、無事でよかった! 遠くから分かったんだがフレデリックさんと合流できたんだね」
リンの以前の様相とは違う印象にハリーは狼狽した。
「リン、その姿」
彼女の姿は漆黒の闇に溶け込んだチャイナドレスに身をつつみ、腕まで伸びる巨大な小手らしきものを両腕に装着していたのだ。
「フレデリックさんが用意してくれた。ハリーと別れてから怪我も負ったぐらいなんだけど、この通り元気だ」
チャイナドレスにさわり、
「この服、下の方がスースーしてちょっと厄介なところがあるけど、身軽に動けて簡単に回避も可能だから、連続攻撃には向いてるかもしれない」
「その小手みたいなものは見るからに重そうだな」
腕まで伸びる小手を眼で追いつつ、
「これか?」
と彼女はつぶやいた。
「みためはゴツイ感じだけど、すごく軽いんだ! それよりもハリー」
真面目にも口元のマスクを外し答えた。
「フレデリックさんから作戦は聞いている?」
「あの
突然、どこからかフレデリックの声が聞こえてきた。
『ハリー、リン、聴こえているか? 聴こえていたら返事をしてくれ!』
リンのチャイナドレスの腕付近袖あたりからだろうか、紅い光が点滅を繰り返しているのがわかった。
『ハリー、リン、聴こえていたら返事をしてほしい』
リンの袖の点滅に気づいたハリーは、彼女にドレスの袖に光るものを指摘した。
「リン、その袖に光るものは何だ?」
すぐさま袖から奇妙に点滅する黒い立方体を取り出した。
『ハリー、リン、応答してくれ!』
発声が出ていたのはまぎれもなく黒いキューブであった。声がするたびに明滅を繰り返している。
「リンです。フレデリックさんですか?」
『おお、聴こえたか』
とフレデリックの声が小さくこだました。どうやら隣にいるキャサリンと喜び合っているようである。
「フレデリックさん」
『うむ、これから作戦をつたえる。よく聞いてくれ!』
フレデリックの作戦とは、ハリー、リンが攻撃を担うものであった。そのために彼とキャサリンはサポートに回ると説明した。四人で協力とはいうものの、戦いの経験が乏しい彼女はサポート役になるようだ。チャンスがあれば攻撃にも回ると彼はこたえた。
『準備はいいか?』
「はい、いつでも」
ゴーグルを掛け、リンの輪郭を直視する。
「リン、一気に決着をつけよう! 俺たちには時間がないんだ!」
「ああ、分かってるさ! この一撃に全神経を集中させる!」
「リン、攻撃の呼吸を同調させよう」
彼女は頷き返した。
ハリーとリンはその場で精神統一をはじめる。静かに目をつむり、拳に身体から流れる気が集まりだす。リンの呼吸に合わせ同調した。闘技場内の音響がはっきりと聞こえてくる。フレデリックとキャサリンの気配が鮮明になり、グリムデッドの大きな気配が浮かび上がってきた。
一瞬の閃光が場内全体を照らし出す。巨大トグルの身体がフレデリックのもつ結界デバイスに触れたのだろうか、トグルの微妙な動きに怯みと隙が現れた。
「ハリー、いくぞ!」
ハリーは大きく目を見開き、リンの気配に合わせ走り出した。
「おう!」
トグルの気配が走り出すにつれ次第に大きくなってくる。
「同時だ! スリー、ツー、ワン! いまだっ!」
グリムデッドにわずかな態勢の崩れが、ハリーの眼にスローモーションにみえはじめた。トグルの
「やったか……」
崩れる巨躯を下にハリーは瓦礫を背に勢いでジャンプした。リンも手近な場所に降り立つと攻撃を仕留めたグリムデッドの様子をうかがう。
「……?」
巨躯のトグルが態勢を立て直し、向きを変えず後ろへとジャンプをした。
「効いていない、のか!?」
ハリーは憤慨の顔で、巨軀の背骨をめがけ自前のサバイバルナイフを両手に持ち、攻撃を繰り返す。だが、傷ひとつ身体に負った形跡がみられなかった。
「……!!」
ゆがんだ口元をしたままハリーは、
「畜生!! こんなヤツ本当に」
と、小声でつぶやいた。
巨躯のトグルは全身に力をため込むように微動だにせず、動かなくなる
『ハリー、今度は四人同時だ! おれが合図する。一斉に攻撃するんだ!』
突然のフレデリックの声に驚くもハリーは、ポケットにぼんやりと光るものに気づいた。声がするたびに点滅を繰り返している。黒いキューブデバイスのようであった。呼応するようにハリーが大声で返事をした。
『ハリーは背骨を、リンは首を、キャサリンは踵を』
つづけて声が反響し、
『おれは目元をねらう。一斉だ! ヤツは防御しきれないはずだ!』
「了解です」
暗闇の中で、それぞれの配置に光が散らばっていく。ハリーは、全力で巨躯の背中へと回った。一階層方向にぼんやりと光るものをみた。おそらくキャサリンが脚をねらうため配置についたのだろうと彼は予測した。
全員の配置が整ったようであった。
『気を集中しろっ!』
ハリーは
『3』
フレデリックが闘技場内にけたたましいほどの大声を放つ。
『2』
ハリーは静かに目を閉じた。フレデリックが
『1』
両手にサバイバルナイフをもち、臨戦態勢になり背中目掛け半身姿勢で腰をかがめた。
『いまだ!』
一斉に四人の気配が中心にいる
ハリーは背中を、リンは首元を、キャサリンは踵を、そしてフレデリックが目元を連続で攻撃であった。凄まじいほどの衝撃があり、リンにおいては十連打は軽く超えるほどの威力であった。
首元から脊椎、背骨を経て腰のあたりまで広範囲にわたって攻撃をこころみた。サバイバルナイフの耐久がもちそうにないことを踏まえ、ハリーは投擲用の小型ナイフを突き刺した。
「……!? なんだ?」
いったいコイツは何をしようとしているのか、ハリーには分からなかった。
『異物を体の中から排除しようとしている。今攻撃するのはまずい。溶かされてしまうぞ!』
リンの低い声が黒いキューブを通して聴こえてくる。
「まったく、なんてやつだ! 全身を熱で覆いその間に体力の回復をはかっている」
同時にあきれた声がハリーから吐き出された。
33へつづく
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