3-28


 どこからか入ってくるほのかな風が松明を揺らす。松明を持ち替えつつ左右で掲げ、肩の疲れを少しでも和らげようと腕を回しほぐした。この墓所はいつまで続くのだろうと、ハリーはフレデリックの隊からはみ出すことなく歩いていた。

 遠くの方で髑髏の壁が途切れていることに気づく。墓所の終わりが近いのかと安堵の表情をうかべた。突如、先頭に続く隊の足が停まった。

 疲れ顔の見えるキャサリンがつぶやいた。

「どうしたのかしら?」

「先頭に行って、ちょっと様子を見てくる」

「ハリー、あたしも」

 駆け出すハリーに必死に追いつこうとキャサリンが小走りになった。


「どうして先に進まないんですか?」

「近づくな!」

 洞窟に響かんばかり大声をフレデリックは叫んだ。大声に反応しロウが腕で行く手を遮った。

「ハリー、フレデリックが爆弾のトラップを解体している」

「爆弾のトラップ?」

 ロウをはじめとして様子を見に来ていた。リンやホイッスルも彼から数メートル離れた場所にいた。

 松明とスティックライトをたよりにフレデリックが膝をつき何か作業をしていた。

「すこし時間をくれ!」

 わずかに振り向き叫んだ。

 フレデリックから離れ、隊員たちが休憩できるほどの空間に携帯式のテントを用意した。固形式燃料で暖を囲み、彼の作業が終了するまで休憩することになる。夜間の移動に伴って隊員たちは、束の間の休息時間が設けられた。ロウやリンは静かに目を閉じ眠っている様子である。

 今どのくらいの時間なのだろうか、棒になった足を休ませハリーは、欠伸を抑えつつ疲れた体を休ませた。



「ハリー、ハリー、ねぇ、ハリーってば」

 キャサリンの呼び声でハリーは眠気まなこに顔を上げた。

 簡易テーブルでは、フレデリックをはじめとしてロウたちが、マッピングアドバイザーの製図をみつめ議論をしている。

「……というと地下の……を抜けなければ……」

 わずかな声がハリーの耳にきこえてくる。

「そろそろ出発だ! 起きろ!」

 威勢のいい低い声のリンが、タイミングを見計らいハリーの肩を揺らした。

「トラップは?」

 リンを見上げハリーがいった。隣から図太い男の声がする。

「解除済みだ。すぐにも出発できる。だが、この先は闘いを避けて通れない。覚悟するんだな」

 と、フレデリックの目線がしゃがみこんだ。上目で気を引き締めた顔でハリーは立ちあがった。彼の視線に鋭さの見える覚悟があった。

「ハリー、さっき地下通路のルートが……」

 キャサリンが隣から話しかけてくる。

「ああ、寝ぼけざまに聴こえてきた。地下の旧市街地がどうとか?」

「そうなの。ここから先、旧世代の都市部に続いているんだって。そこを抜ければ東の山脈は目と鼻の先だそうよ」

 彼女の言葉にフレデリックが言っていた闘いへの決意がわかった。旧都市部でサムが待ち伏せしているかもしれない。あるいはトグルと遭遇し障害になってくるかもしれないと感じる。ハリーは、なんとしてもサムを説得しメモリーチップを取り返したかった。






 ふたたびロウとフレデリックが先頭を進む中、地下通路の奥の方でほのかな明かりを隊員のひとりが気づく。横にひらけた空間とともに、天井の高い巨大な空間があらわれる。近くから地下水らしき音も響いてきた。地下で発光する植物の群れが、暗闇の空間を照らし出していた。彼らがちょうど背中を向けていた時であった。さらに、地下通路を進むと人工的ともいえるレンガ色の壁と、舗装された石畳が無数の発光物によって、はっきりと認識でき、広い空間にでた。地下に埋もれてしまった都市である。初めて見る光景にハリーたちは感嘆の声を上げた。

「埋もれてしまった街か」

 ロウのつぶやきに呼応するように、フレデリックがこたえる。

「ここはならず者が身を隠すには、もってこいの場所だ! 遺跡が点在しているが、死角になる場所がいくつもある」

 近くにいたハリーが蛍光する植物のつぼみを不思議そうにみつめ近づいた。

「ハリーくん、うかつに植物には触らない方がいい。この地下に生える植物は毒性がある」

 つぼみから何やら白く濁った液体が滴り、地面の石を溶かし始めている。断片に煙が立ち上った。

「うわっ! 酸だ! この植物、酸を作り出しているのか」

「もともと、ここの植物は実験用にバイオテクノロジーで酸の耐性を強化した植物なんだ!」

「バイオテクノロジー?」

 ホルクやロウが口走ることがしばしばあったが、ハリーにはなじみの少ない言葉であった。

「でも、発光と酸耐性では生存できないのでは?」

 隣にいたリンがフレデリックに反駁はんばくした。

「近くに熱水の湧き出る川が流れているんだ!」

「熱水? ということは、火山が近くに?」

 フレデリックはかぶりを振る。

「何とも言えない。が、ここに生息する菌が発行物質をつくり、その土壌にこの植物が群生する形になったのだろう」

「ずいぶんと詳しいのですね」

「そんなことはないさ。ただ、植物にしては、過酷な生存競争を強いられていることに興味を持ったまでだよ」

 フレデリックの回答にリンが納得の表情になった。

 発光する植物をたよりにハリーたちは整然と並べられている石畳の通路を進んでいく。

「この石畳が目印になる。このまま東に延びる石畳の最終地点が闘技場だ!」

「この街はいつごろの都市なんですか? ずいぶん昔の石畳ですね」

 リンが石畳の端にある小石を拾い上げる。

「詳しいことは知らないが、世界の戦争が三度目を迎える前の都市だと聞いている」

 フレデリックの説明にリンが、素っ気ない顔で首を軽くうなずかせた。



 荷物の中からフレデリックがマッピングアドバイザーのAI機器をとりだす。彼が機器を操作すると機器の中心から球体があらわれ、一筋のレーザー光が天井に向かって放たれた。光線は天井まで届き、側面の壁から道路、植物、建造物にあてられる。

 AI機器の三次元モニターに都市の見取り図が記され、単純な赤丸と蒼丸が固まって集まっているのが表示される。

 フレデリックの掛け声でAI機器の三次元映像が展開される。

「みんな、いいか。三次元モニターを見てくれ」

 都市部の砕かれた住居跡地、縦横に広がる石畳み道路、そして一際大きい建造物が映し出される。赤丸の群れが巨大植物の前にあった。


「我々がいる場所が、この赤丸で記されたところになる。そして、蒼丸が記された場所にはグリムデッドがいると思われる」

 建造物の中心には、十数個の蒼丸と取り囲むように数個の青丸の表示がでる。中心部の青丸の中には、群を抜いて大きい蒼丸が表示された。

「やつらは体温がやたら低い。この機器は、熱源を利用しているが蒼く表示されているところには、グリムデッドがいると思って構わない」

「ということは、グリムデッドの集まっているところが闘技場ということですね」

 ハリーが声を漏らす。フレデリックが頷いた。

「青丸の位置からするとかなり厄介ですね」

「闘技場の跡地はグリムデッドの巣窟場所だ。だが、巣窟を抜けなければ、東の山脈の入り口にはたどり着けない」

「それはさらに厄介だな」

 ロウがつぶやいた。

「闘技場のほかに、東の山脈に入れる道はないのですか?」

 フレデリックの顔色をみつつキャサリンがいった。

「ないわけではないが、時間をかけての遠回りになってしまう。おそらくだが、じゅうぶん慣れた冒険者でなければ、危険を冒してまで、この旧市街地を通ることはまず考えにくいだろう。近道はここだけなのだ」

 だとするならサムは、確実にロック博士にメモリーチップを届けるなら、遠回りであっても、危険より安全性を優先するのではないだろうか、と彼の性格から推測した。しかし、ハリーは焦っていた。なんとしても彼に追いつかなくてはいけないハリーにとって、時間をかけてまで遠回りをしているわけにはいかなかった。

「近道は、否が応でもグリムデッドのテリトリーを通るほかないのか」

 諦めと覚悟の表情でロウが小声で言った。

「フレデリックさん、もし、闘技場を通過するとして何かトグルたちをおびき出して一網打尽にする策はないですか?」

 フレデリックが振り向き、

「そのことなんだが」

 フレデリックは、

「ハリー、リン」

 と、彼らに眼を向けさらに、フレデリックはキャサリンに振り向いた。

「そして、キャサリン。君たちの協力を仰ぎたいが、いいか?」

 訝しく彼らがフレデリックの表情を見返した。


                    29へつづく

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