3-29
フレデリックの作戦により、ハリーたちは、闘技場へとトラップを仕掛けるべく移動した。唯一、トグルたちと戦った経験を持っているためだということがわかった。彼は、トラップ設置をかねてトグルの偵察を頼んだのである。
闘技場の近くにいたトグルをあっさりと気絶させる。ハリーたちにとってはもはや敵ではなかった。彼におよばずではあったものの、キャサリンの鋭いローキックに危ないところを助けられる場面もあった。
外周の階段付近を通過すると、爆発を起こす爆弾トラップや赤外線センサーによって作動するトラップ、天井から剣山が降りてくるものなど、どれもが足止めになるトラップを仕掛けていく。
「なあ、ハリー」
罠を仕掛ける中、リンが声をかけてきた。
「ん? なんだい?」
キャサリンが平静な顔でリンを見つめている。
「フレデリックさん、ってどう思う?」
突然の言い回しにハリーは困惑顔になった。
「リンさん、あの人に不信感を持っているところでもあるの?」
キャサリンの問いかけに一瞬、うつむき顔で彼女を一瞥した。
「どうって言われてもなぁ。ロウさんと同様にリーダーシップを十分取れるようだし、
「慧眼? 墓所での出来事みたく先々の出来事でも見通せるような? でも、もともと案内人だから、そのぐらいは……?」
キャサリンの返答に頷いた。
「あの人、軍の訓練だけじゃなく強い意志を感じたんだ」
沈黙したまま、
「そうね、とてもいい人そうに見えるけど、どこか、あたしたちを敵意の眼で見ているように感じたわ」
「やっぱり、キャシーもそう思う?」
低い声でリンがいった。
「どういうことだ?」
彼女らに振り向き、怪訝な顔になる。ハリーには彼女たちの言いたいことがわからないでいた。
「なにか気になることでもあるのか?」
「ボクの思い過ごしであってほしい」
「言ってみろよ」
「あたしが感じたのは、雰囲気、というべきかしら?」
「雰囲気?」
作業の手をとめ彼女らに振り返る。
「あたしには一瞬だけだから判断がしづらいんだけど、この世界とはかけ離れた哀しい目をすることがあるの」
こんどはリンに振り向き、
「君も同じなのか?」
平静に向くハリーの顔が彼女の表情を覗き込む。彼女は否定するようにかぶりを振った。
「キャシーとは少し違う。ボクの場合、ハリーには理解がしづらいかもしれないけど、ボク自身しか知りえない匂いというべきかな?」
(リンにしか知りえない匂い? まさか?)
「リンさんって、不思議な人ね。その人独特の匂いをかぎ分けられるなんて」
ハリーはとつぜん立ちあがった。
「なぁ、ひょっとして?」
ハリーにはリンが過去から来た人間だと名乗られた時点で半信半疑であった。いまだに疑いの心が残っている。過去の道具らしきものを使って見せた時点でも懐疑的になっていた。最大の証拠となるタイムマシンの存在を見ていないからであった。彼女のいう、知りえない匂いとは、過去の世界の匂いなのだろうかと、模索した。
気づいたことで彼女はうなずき、
「まだ、確証はないけど」
と、自信ない表情で彼女がつぶやいた。呆然と彼らの会話を聞いていたキャサリンは、疑問を持ったようにハリーに詰め寄った。
「ハリー、ねぇ、どういうこと? 何か知っているの?」
キャサリンには、リンの正体を明かすべきなのではないか、これからも遠征隊の仲間として接していくには、今のうちに正体を明かすべきだろうかと、ハリーは思った。
「リン、君の正体を」
「待って……」
ハリーの言葉が終わらないうちに彼女が遮った。
「ボクから直接話すよ。ここからは、女同士で話す。なにかと誤解を招きかねない。この先も長い付き合いになりそうだからね。ハリー、作業を急いで」
「わかった」
キャサリンは困惑の表情に彩られながらも、彼と彼女を交互にみやった。
ハリーが引き続き作業する傍らで、彼女が相槌を打ちキャサリンを物陰へと連れていった。
ふぅ、と一息を吐く。罠の作業を一時的に休めた。ハリーは彼女たちの姿を遠くから眺めている。いまだに会話が終わっていないようだ。キャサリンからは感嘆の声が、ハリーの近くまで聞こえてくる。説明のためなのかリンは、黒い物体を取り出し見せた。ある程度の物的証拠をみせれば納得するのだろうと、ハリーは思った。見せたことでキャサリンの表情をうかがった。会話が終了するとハリーの近くへと戻ってくる。
罠の設置完了とともにハリーは立ちあがった。近づいてきたリンが、
「設置が完了した様だな」
「リン、キャシーには?」
「すべて話した。彼女のことだから、どこまで喋らないでいられるか疑問だけど」
と、あとからついてきたキャサリンに振り返る。
「ハリーはどう思っているの? リンさんのこと」
「俺もまだ半信半疑の域を超えてない。けど、リンがこの世界では存在しえないデバイスを持っていることは確かだ。それが、俺たちの助けにもなっている」
「あたしは、そういうことを言っているわけじゃないの」
息をのみキャサリンは黙ってしまった。不安にさいなまれた表情をしている。
ハリーには、キャサリンの今の気持ちが理解できないでいた。
「キャシー」
リンを一瞥するとハリーはふたたびキャサリンを見た。優しく肩に触れる。
「大切な仲間さ。だが、キャシー、君は、彼女と同等で、もっとも信頼できる大事な仲間だと思っている。聞いたと思うけど、彼女はこの世界とは違った所から来ているんだ!」
「ハリー」
リンは頷きを見せる。
「でも、さっきのリンさんが言ってたことって?」
「とにかく、とにかく今の目標は」
キャサリンの疑問には応えようとせず、リンがさえぎってふたりに一瞥する。補足して、
「東の山脈のイプシロンシェルターでフリージアに会うことだ! それには、なんとしてもサムからメモリーチップを取り返すことなんだ。キャシー、リン、そのためにもよろしく頼む」
ふたりに対してハリーは深々とお辞儀をした。
「そんな、改まらなくたって」
キャサリンが笑顔で彼をみつめる。
「全力で目の前の障害を取り除く!」
罠を一瞥すると、
「フレデリックの元へ戻ろう」
とリンが叫んだ。
壁で覆われた遺跡の一部を拠点にして、フレデリックが簡易的なテントを張り、対策室を設けていた。テントの入り口をくぐり作戦会議の置かれた内部には、簡易テーブルと立体装置とみられる円形のデバイスが設置され、遺跡都市全体が見渡せる映像が映し出されている。遠征隊員たちがせわしなく動く中、ロウとフレデリックは遺跡見取り図をみながら話し合っていた。
「戻りました」
ロウに視線を合わせハリーは叫んだ。話し合っていたふたりは中断すると、三人の顔を見返す。
「待っていたぞ!」
朗らかな顔でフレデリックは出迎えた。
「フレデリックさん、順調ですか?」
「ああ、こちらも作戦の手はずは整った。罠の配置は、各自こちら側のと共有するとして、トグルの様子を見てもらったと思うが」
得意げな表情でリンが、話し出した。
「分かってます。トグル十五人の場所と移動範囲を把握しました。ボクとハリーで陽動をかけて、その間に大ボスを倒す、ということでしょうか?」
「ボス……? フレデリック、知っていたのか?」
ロウが驚きの声で答えた。
「ああ、この地下通路に入る前に、事前に偵察は済ませておいたんだ。ただ、ボスの存在が不確かだった」
マッピングアドバイザーで、闘技場の中心にリンが、ひと際大きい蒼い表示を指差した。
「ボクの見立てだと相手は、トグルを戦術的に指示して動いている。単純な陽動では見抜かれてしまう可能性があるように思うんですが」
「抜かりはない。ただ、リンとハリーがそのボスをどれだけ引きつけておけるか、が鍵になる。手下どもを倒したら、おれたちもすぐに君らのもとへ合流する。万一、事態が変化するようなことがあれば、君たちは撤退してくれ! くれぐれも無理は禁物だ!」
この上ない自信に満ちた顔でハリーは、フレデリックを見る。
「問題ないさ。俺とリンなら、時間を稼ぐぐらい」
「油断はするな! ハリーくん」
フレデリックの隣にいたホイッスルが大声を張り上げる。
「ホイッスルさん」
「闘いの中で油断することは、死を招く恐れがある。気のゆるみを出すと敵の優勢に恐れがあるぞ。そのことを忘れるな!」
彼を一途に見つめるホイッスルの眼は鋭かった。
「は、はい!」
頬を強張らせハリーはさけんだ。
30へつづく
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