3-27

 松明を掲げ、ロウを先頭にした遠征隊の一行は、髑髏どくろの壁となる旧墓所の迷宮をゆっくりと進んでいった。どこからかわずかな風が炎を揺らす。暗闇を少しずつ侵食しながらハリーたちは、死者に囲まれた道を進んでいた。

 フレデリックの言うように、初めて入る者にとっては迷路であった。いたるところに脇道が存在し、入り込むものならたちまち迷い込んでしまう。先頭をあるくフレデリックとロウは、周囲を注意深く観察し、松明の明かりの持つ範囲を最大限に発揮させた。どこから襲ってくるともわからないトグルの存在は、漆黒の闇にはうってつけの結界にも考えられる。オレンジ色に彩られた炎の明かりが唯一の安全地帯であった。

 

 ストレートに進む道と曲がり角をなんども折れる。松明を掲げてから数時間が経とうとする頃であった。

 遠征隊の最後の隊を歩いていたハリーは、キャサリンとの会話に夢中になっていたためか、前方の隊から徐々に離れつつあった。

「……キャシーにも、昔、フリージアと遊んだ時に感じたことがなかったかな?」

 前で歩いていた遠征隊員の光を見失ってしまう。

「ちょ、ちょっと、ハリー。大丈夫なの?」

「なにが?」

「あたしたち、いつの間にか前の人とはぐれてしまったみたいよ」

 後ろを歩いていた数人の遠征隊員が不安な表情をみせた。

「班長、大丈夫なんですか?」

 怖気づくよりもハリーは、冷静な面持ちだった。

「お前たち、どういう心配をしているんだ?」

「でも……」

 キャサリンも不安な表情で松明を見上げていた。

「しっかりしろ! まだ、松明だって」

 掲げていた松明に周囲の明るさが失われてくる。暗闇に包まれてきた。

「は、班長」

「ハリー」

 わずかになった松明のあかりと、漆黒のやみに覆われてくる墓所の一角で、

「お、落ち着けっ!」

 ハリーは焦り狼狽した。

「キャシー、予備の油を持っていないか?」

「そんなの、持っているわけないでしょ!」

「は、班長。もうじき火が」

 隊員に振り向き、

「わ、わかってるって!」

 と、大声で叫んだ。

 キャサリンがハリーの肩をたたいた。

「なんだ、キャシー!」

「蒼白い光が」

 息をのむキャサリンの指の方向には、ぼんやりと光るものが浮かんでいた。

「こっちです。はやく」

 女の子の声がハリーの耳に聴こえてきた。彼には六歳ほどの少女に見えていた。

「キャシー、みんな、こっちだ!」

「ちょ、ちょっと、ハリー。どうしたのよ!」

「君にはが聞こえてこなかったのか?」

「声? 声って誰の?」

「早くしてください。あなたたちの仲間の松明を見失ってしまう」

 かすように少女の声が荒げている。

「とにかく、みんな、俺の後についてきてくれ! 俺を信じろ!」

「どうしたのよ? 説明もなしになんて」

 蒼白く発光する物体が、瓦礫がれきや崩落した道、陥没した通路などハリーたちの通りやすい道を選び、縦横無尽に突き進んでいく。

 発光する少女にハリーは足を止めることなく話しかけた。なんとか後を追いかけて行く。

 時折、正面の蒼白い光に話しかけている彼の姿を目の当たりにしていたキャサリンは、奇妙に感じている様子である。

 最近できたと思われる瓦礫を上り、発光する少女は眼下に見えるオレンジ色の光を見つけた。だが、次第に松明の光が遠ざかっているのが分かった。

 ハリーは、淡く青白い少女に叫んだ。

「君、待ってくれよ」

 地震でできた瓦礫を上りついたハリーは、遠くの方に松明の光を見つける。蒼白い光とは違い、オレンジがかった明るさとくらべていた。

 発光する少女は、ハリーに向かって純朴な笑みをうかべた。

「……!」

 少女の輪郭が消え、足元に蒼白く光る一輪の花が力強く周囲を照らし出している。

「ハリー!」

「全員いるか?」

「班長!」

 なんとか瓦礫を上り、発光している花の周りに遠征隊員たちが集まる。

「ハリー、この花。蒼白く光ってる」

 キャサリンが思わず淡く発する花をみつめている。

「迷子にならないように導いてくれたんだ」

 しゃがんでいたキャサリンが、やさしい彼の声に見上げる。

「それって、フレデリックさんが話してた旧世代の?」

「そうかもしれないし、違うかもしれない。ここにいた人の過去のことなんて、俺らの時代では知ったこっちゃない。だが、俺たちが生きていることには変わりようのない事実だ! 過去の人のためにも、生きなきゃいけないことはたしかだよな」

「そうだよね」

 感慨ふけキャサリンはつぶやいた。

「俺はすぐロウさんのところに行って松明をもらってくる。みんなはここで待っていてくれ!」

 急いでハリーは松明の光がある方向へと向かう。


 数十分後、キャサリンたちの元へと彼は戻ってきた。

「キャサリン、松明を頼む」

 キャサリンに松明を渡す。

「ハリー、何をするつもり?」

 怪訝な顔でしゃがみ込む彼をみつめている。

 発光する花の根元を掘り起こし、ハリーは持ち合わせていた口の広い空のペットボトルに、土を入れ始めた。満タンになったところで、花を根元からペットボトルに植え始めた。

「この花は俺たちの命の恩人だ! もっと、喜ぶところに植えなおしてやろうと思う」

「いい考えね」

「班長が花好きだったなんて驚きですね」

 隊員のひとりが呟いた。

「少しの間、辛抱してくれよ」

 口の広いペットボトルに入れられた蒼白い花にハリーは話しかけた。

「さぁ、急いで隊にもどろう」






 どこからか入ってくるほのかな風が松明を揺らす。松明を持ち替えつつ左右で掲げ、肩の疲れを少しでも和らげようと腕を回しほぐした。この墓所はいつまで続くのだろう、とハリーはフレデリックの隊からはみ出すことなく歩いていた。

 遠くの方で髑髏どくろの壁が途切れていることに気づく。墓所の終わりが近いのかと安堵の表情をうかべた。突如、隊の足が停まった。

 疲れ顔の見えるキャサリンがつぶやいた。

「どうしたのかしら?」

「先頭に行って、ちょっと様子を見てくる」

「ハリー、あたしも」

「キャシー、君はここで待っててくれ! 副班長として班員を不安にさせないこと」

 甘える顔を見せるもキャサリンは、了解、と笑顔で答えた。

「すぐ戻ってきて」

 彼女の声むなしくハリーは先頭の松明が見える方へと歩いて行った。



「どうして先に進まないんですか?」

「近づくな!」

 洞窟に響かんばかり大声をフレデリックは叫んだ。大声に反応しロウが腕で行く手を遮った。

「ハリー、フレデリックが爆弾のトラップを解体している」

「爆弾の?」

 ロウをはじめとして様子を見に来ていた。リンやホイッスルも彼から数メートル離れた場所にいる。

 松明とスティックライトをたよりにフレデリックが膝をつき何か作業をしていた。

「時間をくれ! この辺は至るところにトラップがある」

 わずかに振り向き叫んだ。


 フレデリックから離れ、隊員たちが休憩できるほどの空間に携帯式のテントを用意した。固形式燃料で暖を囲み、彼の作業が終了するまで休憩することになる。夜間の移動に伴って隊員たちは束の間の休息時間が設けられた。ロウやリンは静かに目を閉じ眠っている様子である。

 今どのくらいの時間なのだろうか、棒になった足を休ませハリーは、欠伸あくびを抑えつつ疲れた体を休ませた。


                      28へつづく



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