いざ、地下通路へ

3-26

 

 鉄製の金梯子を五十メートルほど下へ降りていくと、ハリーは顔をあげる。暗闇の入り口は小さくなり始めていた。

 古臭く錆のみえる金梯子が、荷物に刺さったスティックライトに照らされている。一歩ずつ底に見える明かりを目印にハリーは確実に進んだ。

 すでに降りていたロウやキャサリンが上を見上げ、ハリーの行動を見守っている。明かりは確保できていたため、確実に底へと進んでいた。

「ハリー、もっとはやく降りてくれよ!」

 上からはリンが迫っていた。

「分かっているが、荷物を背負っているんだ! 焦らせるなよ」

 一段一段ゆっくりとハリーは底を目指した。ふぅ、と一息つき重い荷物を地面に置き座り込んでしまう。金梯子をみあげすぐにリンが地面に降り立った。

 最後の遠征隊員が降り立ち、ロウが引き締まった面々をながめた。



「よし、無事にみんな降り立ったようだな。これから地下通路を通るにあたって案内人から注意点を述べてもらう。しっかり聞くんだ」

 ロウと入れ替わりに案内人の若い男が一礼ししゃべりだす。

「案内人をつとめるジョシュア・フレデリックだ! これから進んでもらうところは道が狭いところもあれば広いところもある。数日前から地震が多発しているため、おれ自身でも知らない崩落の部分があるかもしれないが、十分注意してほしい。それから、ここ最近グリムデッドが目撃され、被害に遭っているという報せもあった。細心の注意を払って進んでほしい。最後には自分の身は自分で守るようにしてくれ! 以上だ!」

 ロウがメンバーの割り振りをはじめる。ハリーはキャサリンのいる班に加わることになった。

 ロウとフレデリックが先頭になり進むこととなる。班が三組編成され、リンとヴァルボックが二組目の先頭に、ハリーとキャサリンが、三組目の先頭を歩くことになった。

 手掘りで掘られたトンネルを三十メートルほど進むと、広い地下空間にでる。そこには、線路が敷かれていた。

 フレデリックが荷物からマッピングアドバイザーのAI機器をとりだす。装置を操作しつつ、扇形に光が空間をつつみこむ。機器の表示には『CLAERクリア』の文字が映し出された。

「大丈夫のようだ!」

 隣にいたロウが疑いの目を向けつつ、フレデリックに訊いた。

「フレデリック、その装置は?」

「これか? これは人の痕跡を調べるものだ!」

「人の痕跡?」

「この地下通路は旧世代の地下トンネルや地下鉄と呼ばれる移動手段が通ったところ、研究所の一部、旧世代の街、遺跡、地下の墓地が混在している空間だ! それ故、人ではない存在がいる場所でもある。この装置で、あらかじめ調べておけば、ある程度の判断ができるものなんだ」

「なるほど」

 案内人をするフレデリックにロウは納得の眼をむけた。

「よぉし、出発しよう!」

 フレデリックの掛け声で皆が前進をはじめた。


 隊をまたいでヴァルボックとリンが列を歩く中、彼女が彼の話に耳を傾けていた。

「私が所属していた軍の育成部隊にサムとウォルターが配属されてきたんだ! はじめは彼らは互いに憎みあう中だった。だが、あることをきっかけに打ち解けあえる仲になっていたんだ!」

「そのあるきっかけっていうのは、いったい何だったんですか?」

 興味深そうに彼女は、白髪の見え隠れする彼に言い寄った。


 さらに班をまたいだ場所で、口のつぐんだままのキャサリンは、暗い表情をしながら線路の上をすこしよろめき歩いている。ハリーは終始無言のままだった。彼女がつまづきそうになるのを見逃さず、時々、支えることもしながら慎重に歩をすすめた。

「キャシー、疲れていないか?」

「どうして? ハリーこそ、疲れてない?」

「俺は平気さ! 君はここまで遠出するのは初めてだろ! ましてや、東の山脈へなんて」

 キャサリンは、疲れを見せまいとにこやかな顔をみやる。

「心配しなくてもいいわ! フリージア義姉さんに会えることを楽しみにしているせいかな? すこし、わくわく感を持ってるくらいよ! 十数年ぶりになるのよね?」

「そうだな。俺が、キャシーに命を救われて、フリージアは数か月後にはシェルターを出ることが決まったからな」

 ハリーには、どうしてフリージア・シェーミットがアルファシェルターをでて、東の山脈に行った動機がわからなかった。彼女本人に訊いても答える気がないらしく、黙ったままの一点張りであったからだ。育て親であるホルクやエルシェントにも訊いたのだが、子供相手にまともな答えは、当時返ってこなかった。そのうちに彼女は軍の遠征隊の訓練に数か月間通っていたのをうろ覚えのように思い返す。今思えば彼女がシェルターを後にする覚悟であった証であったと、振りかえった。今どうしているのだろうか、どういう暮らしを送っているのか、興味があった。


 しばらく線路は続いたが、遠くの方に駅らしい空間がみえるも崩落している。瓦礫で押しつぶされているのだ。フレデリックの案内によって横道にそれる地下の空間があった。ロウが、その空間に入る直前に奇妙な奇声を上げ、それに乗じてハリーたちは空間の壁や天井付近にぎっしりと張りつめられている人の骸骨に度肝を抜かれる。さすがに隊員たちにも一世紀前のしゃれこうべ髑髏を目にして興味を抱いた。

 注意を施すようにフレデリックが大声を上げ隊員たちに叫んだ。

「みなさん、ここからは細心の注意を払ってほしい。旧世代の墓所に位置し、地下全体が巨大な迷路になっている。ところどころおれでも把握できない場所も存在し、はぐれたり行方不明になる恐れもある場所だ!」

 ハリーは、おもわず疑問に思ったことを口にした。

「この骸骨がいこつで囲まれた場所をどのくらい進むんですか?」

 若い男の眼がハリーに振り向いた。

「おおよそだが、三キロ以上あることは確実だ。以前の通った道をいくつもりだ。だが、地震によって崩落や陥没しているところがあって、回り道する場合もありえる」

「と、いうことは、かなり大回りすると考えていいんですね」

「そのつもりで覚悟してほしい」

 今度はロウが口走った。

「トグルが巣くっているのは、この墓所の中か?」

「いいや、わからない。噂ではシェルターや地上に通じている場所があるということらしいが、おれが直接見たわけじゃないからなんとも」

 そうか、と疑問の残る声でロウは返事をした。

 フレデリックは荷物の中から丈夫な木の棒を十本ほど取り出し、乾いた布を次々と棒に巻いていく。次に液体の入ったペットボトルを取り出すと乾いた布の端にかけ始めた。

「ロウさん、みんなに松明たいまつを一本ずつ渡してくれ!」

「松明?」

 フレデリックは液体のかかった部分に火をつけた。

 要領の読めたロウは、松明となる木の棒をハリーをはじめ、先頭をあるく者たちに手渡していく。なにか思惑のあるフレデリックの顔をロウがふくみのある笑みでみている。

「この墓所にいわくでもありげな感じだな」

「ここにいるのは旧世代に生きていた人たちだ。以前にここを通過したときに実感したんだ! やつらは光を嫌う。が、もっとも原始的な光を、だ。人工的な光だと周囲が明るくなるとは限らない。木に灯した松明なら長時間たえられる。ある意味、文明を生き抜いてきた人類の盲点かもしれないな」

 ロウは松明を掲げ、高さ数センチある石の上に乗り、周囲の遠征隊員をながめた。それぞれの班のリーダーに松明が渡され、かつての地下トンネルに原始的な光が照らし出される。

「みんな、松明を持ったな。ここから先は何が起こるかわからない迷宮だ! フレデリックが道を案内するが、念を押すようだが、自分の身を守るのは最後はやはり自分自身だ! 班リーダーの指示に従うんだ。なるべく隊列を乱さずに進むんだ」

「フレデリック、墓所なんか通って死者が飛び出してくるなんてことないよな?」

 とホイッスルの応えに、わかるわけねぇだろ、と呆れる顔とともにフレデリックは、両腕を直角にし、かぶりを振る。

「マジか? 冗談だろ?」

「ご愁傷様しゅうしょうさま。たいがい墓地を通る時に、まともな言葉なんて浮かばないモノですよ」

 隣にいたリンは、抑揚のない表情と低い声で皮肉そうにホイッスルの顔を見てほほ笑んだ。

「リン、ブラックジョークはそこまでにしておいてくれよ」

 釘を刺すように心外な顔をむけ、

「ヴァルボックさん、すみません、悪気はないので、彼女のジョークは聞き流してください」

 と、すぐ彼に謝った。ホイッスルはハリーに振り向く。

「いや、気にしてはいないさ。ジョークのひとつでも出たほうが和むってもんだ。礼をいうぜ。嬢ちゃん。ありがとよ」

 感心の眼差しでフレデリックが、

「そうだな、嬢ちゃんの割には肝が座っていると感心したぐらいだ」

 と高笑いをした。

 不服そうな表情を一瞬見せるも、彼女は機嫌よく破顔した。


                  27へつづく

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