3-25


 ハリーが起きたころには、ライン博士、そしてホルクの姿はなかった。

 交渉当日、ライン博士とホルクは案内人と交渉を終え、詰め所に姿を見せた。彼らは交渉が成立したと、笑顔を浮かべた。交渉の信頼の証として、ハリーに『錆びた鍵』を手渡した。

 彼らの話によると、出発は真夜中だと話す。真夜中の出発には理由があるらしいが、案内人の男は黙ったままであった。


 詰め所に隣接している敷地内からは、張りの効いた大声が聴こえてきた。リンが詰め所の中庭で、体術の型を基礎から行っていたのだ。彼女の欠かすことのない体力づくりに関心をする中、ハリーは地下通路に出発する前の数時間だけでも父親がいた痕跡をたどろうと、ロウの案内のもと科学者の会合が開かれていたとされる場所へと赴いたのであった。

 数年前に訪れたとき、子供心で関心はなく外観しか見ることがなかったが、父親の足跡を意識しながら、旧世代の美術館だった場所へとたどりつく。立派な石柱と荘厳なまでの扉がハリーたちを出迎えた。一階の内装は、昔の美しさを残しているところはほとんどなかった。荒れ果てた瓦礫と申し訳ないほどの内装壁に、いくつも区切られた簡易的なパーティションによって人々が宿泊している。ここ最近の地震被害からなのだろうか、難民らしき人々が細々と生活していたのである。

 ハリーたちは、かつて科学者たちが会合を開いていた二階の円卓の間へとむかった。

 名残の残る回廊がハリーに幻をみせた。おもわず、彼は、無意識のうちに父親の残したロケットのペンダントを握りしめていた。

 意識が遠のいていく。



 おぼろげに目を覚ますと、ハリーはいつの間にか喧騒の中に紛れ込んでいた。回廊には所狭しと正装をした男女が、円卓の間へと向かっている。辺りを見回すも二階の回廊であることは間違いなかったが、豪華絢爛ごうかけんらんな絵画が飾られ、まぶしさに輝く照明が余るほど照り続けている。


(な、なんだ? 俺は、いったい?)


 ふたりの男性が回廊の隅で何か言い争っているのをハリーはみていた。

『アンソニー、本当に発表する気なのか?』

 蝶ネクタイをした紳士が、若い男に言い寄っていた。

『レイ教授、これは俺の推測だが、太陽の寿命が尽きようとしているのは確実なんですよ。こういう場だからこそ知っておいてもらう。そう思われませんか?』

 ハリーは『アンソニー』と呼ばれた男の顔を注視した。まだ若く凛々しい顔つきである。鏡に映った自分にどことなく似ていることに衝撃を受ける。


(親父? なのか……?)


 蝶ネクタイをした男は、ポケットから小型の立方体装置を取り出すとスイッチらしきものを押す。見る見るうちに3Dデータに広がりを見せた。

『しかし、あくまでもこんなデータだけで君の推測にすぎない。それに寒冷期が追い打ちを……』

 

(何なんだ? 急に眩暈めまいが)


 気が付くと会合の間の隅に寝かされていた。

「ハリー!」

 ロウが心配そうな表情で彼を見た。

「しっかりしろ! どうしたっていうんだ! 二階に上がって回廊を進んだ時に、お前が気絶したから慌てて下りたんだぞ!」

 うつむき気にダウヴィが呟いた。

「きっと、がハリーに幻惑を見せていたのかもしれません。俺もここに来ると時折、頭痛が起こるんです」

「残留、思念だと?」

 ハリーは終始黙ったままだった。

「はい、ロウ大尉はご存じないかもしれませんが、科学者の強い残像や念がこの元美術館の二階には残っているそうです」

「科学者の……」

 あれはやはり父親だったのか、ハリーの心が残留思念と同調したのだろうかと思い返した。会合の間を一通りながめたハリーは、元美術館をあとにした。



 詰め所に戻ったハリーは、真夜中の出発まで仮眠をとった。サムが出発した日から数日が過ぎているが、焦ったところで追いつくものでもない。心が落ち着いていた。十中八九、サムはロック博士の元へと向かっていることは事実だ。元軍人だという案内人の話が本当ならサムには、相棒がいる。案内人を介さずに地下通路へと向かったということは、腕が立つことは間違いないはずだと、そんなことを考えながら寝入った。


「ハリー、起きて」 

 肩を揺り動かすキャサリンの手がハリーを目覚めさせた。傍らでダウヴィの声が響きわたる。

「ハリー、そろそろ準備をしろ! 出発するぞ」

「一階のエントランスにはみんな集まっているわ! 準備を整えてきて」

 眠気眼をこすりあげ、ハリーは起き上がり準備を始める。すでにキャサリンとダウヴィの姿は仮眠室からでていた。

 数年前の遠征部隊のことをハリーはおぼろげに思い出した。エルシェントを隊長とする遠征部隊に入っていた。ドームシェルターの詰め所に二日ほど滞在し、南側の門から雪原へと東の山脈を目指した。霧に閉ざされていた東の山脈の一部が顔をのぞかせる。白銀に彩られた山の峰が、ひと時の安らぎに心地よくなる。こんな世界になっても美しいものがあるのだとその時思っていた。


(今度の旅では拝めそうにないな)


 身の回りの物を装備しつつハリーは、仮眠室を後にすると気を引き締め夜間の廊下をあるき、エントランスへとむかった。

 入り口にはオレンジ色の光や緑色の光、蛍光色の光が入り混じっている。

「ハリー、やっと来たか」

 声をかけてきたリンがあきれ顔でつぶやいた。

「これで全員そろったな」

 ロウが号令をかけ、一斉にざわつきが収まりはじめた。

「諸君、これからサムポンドがいたとされる民家に出発する。夜間の移動のため、なるべく静かに行動してほしい。遠征隊の指揮長からは以上だ!」

 ハリーをはじめキャサリン、ダウヴィ、リン、そしてヴァルボックが聞き入っている。その他に数十人の若年遠征隊員が見守っていた。

 若年遠征隊員は、ドームシェルター内で組織された隊員たちであった。東の山脈にあるシェルターへ物資を届ける役目を担っている。地上の雪原よりも比較的安全ということから、今回の地下通路ルートを通る決意をしたらしい。

 ロウがヴァルボックを引き連れハリーへと歩み寄ってくる。

「ハリー、顔は知っているだろう。紹介しよう。ヴァルボックホイッスル元准将だ!」

 鋭い眼差しをハリーに向けてきた。

「よろしく、お願いします」

 威圧感を突きつけられ固くなり緊張感に襲われていた。

「オイ、おい、ロウ」

 鋭い眼差しがなくなり、温和な顔へとホイッスルは変化した。濁りの混じった低い声でロウに振り返る。

「俺とお前の仲じゃねぇか。軍在籍中の缶詰に詰めたような、かたっ苦しい挨拶はなしにしようや」

「すまない。どうも昔の癖がでてしまってな」

 元軍人はロウに目を合わせ、

「この青二才なのか? ホルキードが育てたとかいう。それとアンソニーのご子息というのは?」

「ああ、すでにグリムデッドとの実戦経験はしている」

「ほお、経験済みか。サムやウォルターと違って、生き生きとした眼を持ち合わせているようだな」

 オレンジ色の光に照らされ、さらにほころびが増した顔でヴァルボックは微笑んだ。

「よろしくな、ハリー」

 アームデバイスの点滅に気づいたロウは、叫んだ。

「ようし、出発だ!」

 元気よくロウは鼓舞した。


                    26へつづく

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