3-8
ライン博士が、驚愕の表情で大声をあげる。
「橋を作るだって?」
リンは自信に満ちた顔でうなずいた。ライン博士をはじめとして皆が呆然とする中、平静な表情である。
「はい、ただ、作るにも準備と材料が必要です」
「というと?」
即座に答えを待っていたライン博士は、興味深そうに彼女の次の言葉をまった。
「みなさんに手分けして手伝って欲しいことがあります」
リンがハリーたちを見つめる。
「リュック博士。丈夫なロープとステンレス製の梯子、それから布に変わるものを用意することは可能ですか?」
「ロープに梯子と布か? ローブぐらいなら何本でも用意できる。梯子は旧世代の道具だと地下に収納されているだろう。布は科学者が着ていた衣服なら大量にある」
「それと、真水を用意して欲しいです」
「真水か」
ライン博士がなるほど、と呟いた。どうやら彼には、察しがついたように晴れた顔になる。
ハリーやキャサリン、リュック博士にはさっぱり分からない様子で見合わせた。
「リンさん、そんなもので、いったいどうやって橋を作るっていうの?」
徐にキャサリンが訊いてきた。
「この寒さを最大限に利用して」
勝ち誇った笑みでリンが彼らに目を向ける。
「寒さを利用?」
疑問の拭えないキャサリンの顔に、彼女が更に説明した。
「うん、ボクの国には、古くから限定された地域に
「スガ、バシ? アイスブリッジ?」
と、カタコトの倭語の発音後、英語でキャサリンはいった。
「峡谷の向こう岸に渡れるのであれば、ここはリンくんに任せよう」
ライン博士が締めくくった。
穏やかな降雪が続いていた。ここ二、三日吹雪になるほどの荒れた天候になっていない。
ハリーはリンと一緒にクレバスの幅の狭い場所を視察にいき、氷の橋の準備をするため、貴重なスノーバイクにのり雪原を走っている。後ろにはロープで固定したソリーをけん引していた。
ソリーには、梯子やらロープやらの橋を作るための素材が、風に吹かれないように、固定され載せられている。
クレバスの深さや幅の狭さなど状況を知って、下準備をするということをハリーはキャサリンに話す。彼女は納得した表情で砦で待っている、とこたえた。いままで、何をするにも一緒だったハリーにとってすこし驚いた。彼女が、他人の気持ちに配慮できるようになったことが、なによりも嬉しく感じたからだった。
リュック博士から貰ったガジェットをもとに、周辺の地図と照らし合わせ、亀裂のある場所のちかくまでたどり着いた。
「ここらへんのはずだ!」
ハリーは、運転するリンに大声で話しかけた。
徐々にリンがスピードを抑え、運転していると白い吹雪の向こうに、うっすらと黒い壁らしきものが姿をあらわす。
「リン、止めてくれ!」
彼女も気づき、スピードを緩めた。
ハリーは絶えず後ろから引いているソリーの様子を見ながら調節を行っている。万が一、ソリーのほうがスノーバイクにぶつかりかねないからだ。
想像以上にクレバスの幅は大きかった。朝方であったことも関係しているのか、明るくはなっているものの、視界が見通せずはっきりとは向こう岸がみえない。
「この辺の幅だとさすがに無理そうだな!」
「うん、もうすこし北上してみよう。地図からするとここから五百メートル地点が一番狭い幅になっている」
「了解、行ってみよう!」
リンはみごとな運転さばきで北へとスノーバイクを切り替えた。ハリーに気を使い彼女はスピードを抑えながら走り始めた。彼は、後ろのソリーの様子を何度も見てその都度軌道修正していた。雪が降る中では、延長ロープのみでソリーが横転しないようにコントロールするしかない。微妙なタイミングを図って、ロープの伸縮をくり返さなければならないのだ。
相変わらず雪は降り続き、対岸の景色は
雪のしぶきと凍てつく風が、
「ハリー、対岸と幅が狭い部分は見つかった?」
リンのこたえに彼は黙っでいた。だが、突然リンの肩をはげしく叩き、
「リン、リン! 止めてくれ!」
スノーバイクのスピードが徐々に止まっていく。
ハリーの立ち止まったところまでリンが近づいた。双眼鏡を片手に対岸の景色が明らかな場所を指で差している。
「見ろ、リン!」
ぼんやりとだが肉眼で黒い建物らしきものが確認できた。
「ちょっと貸して」
リンがハリーの持っている双眼鏡に手を伸ばした。彼女も確認した。
ハリーは周辺を確かめ、クレバスの幅が十メートル以内で、南北の方角に黒い谷らしきものがみえるのを視認する。
「この周辺がいちばん、クレバスの中で対岸との距離がせまいようだな!」
「うん、靄にかかって見づらいけど、あの黒い建物が変電所で間違いなさそうだね」
双眼鏡をリンから手渡され、崖と雲間の間に黒いものがみえた。
「ああ、まちがいない。かつての変電所の一部だ!」
「準備に取り掛かろう」
さっそくソリーから伸縮の梯子を取り出すと灰色の雲に掲げ、いちばん狭い谷の場所に梯子を伸ばした。狭い谷にゆっくりと梯子を下した。
足場の感触をたしかめ、さらにもう一基の梯子を伸ばし隙間なく足場をそろえ広げた。即席で作った橋とはいえ、ハリーにはできなかった。
「リン、頼む!」
うなずくとリンは緊張の面持ちで足場を確かめつつ、橋の中央で強風によろめきがかったがすばやく梯子を渡った。
焦りながらも、一安心とばかりにハリーは深いため息をはいた。
反対側に渡り終えたリンは、さっそくロープを固定するための釘をクレバスから離れた場所に打ちつけ、ロープをハリー側のほうに投げた。
彼は彼女より寒さに凍えてしまい動作が鈍っていた。鈍くなった体で釘の打ち付ける準備が整うと、今度はいらなくなった衣服を梯子の上に背を向けておいていく。ときおり強風が彼を襲ったが、すばやく真水を衣服の上に
数十着の衣服が水にぬれ、さらに冷たい風に
さらに数枚の板を敷き、飛ばされないようにブルーシートを被せ、ロープで
昼間の数時間で作業が完了し、リンは目印になるように、雪だるまのモニュメントを作り始めた。可愛いらしい二体の雪だるまを作ると、リンは懐から発信器らしきものを一体の雪だるまの中に埋め込みはじめる。
「ハリー、これで受信機を頼りにこの場所にたどり着ける」
リンが受信機を彼に渡した。
彼女の手際のよさに感心し、ハリーは自信に満ちた顔に変わった。
彼女の活発な作業により
ハリーは疑問に思った。なぜ雪の中でも精力的に動くことができるのか、気になっていた。
「リン、君はどうしてこんな寒い中でも素早く動けるんだ? まるで、寒さを感じてない様にみえるんだけど」
誇らしげに怪しみながらも眼を細めて微笑み、彼女は言った。
「こんど、ハリーにも教えてあげる。さあ、早いところ砦に戻ろう!」
足早に彼女がエンジンをかけ、スノーバイクに
9へつづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます