3-9
研究室のドアを開け、ハリーとリンは、談合しているキャサリンとライン博士に言い寄った。
「ただ今、戻りました」
「クレバスを渡れる橋を作ってきた」
リンが元気よく叫んだ。
ライン博士は、満面の笑みでハリーたちをながめた。
「おお、ハリー戻ったか」
キャサリンはハリーにゆっくりと歩み寄ってきた。
「どう? 準備の方はできた?」
「ああ、これでクレバスを渡ることができる」
「ハリー、ちょっといいか?」
ライン博士がハリーを呼び寄せた。
「はい、なんですか?」
リュック博士は、興奮をすぐさま抑えこみ、ハリーに振り向いた。
「おまえさんとリンが外に出かけている時、アルファシェルターから連絡が入った」
「アルファシェルターから?」
「ハリー、落ち着いて聞いてくれ!」
「……」
ハリーは息をのんだ。アルファシェルターと彼から告げられた時点で、以前あった連絡の続報だろうと察しがついていた。彼は真剣な眼差しがである。予想外の事態になっているのではないか、とハリーは直感的に思った。キャサリンも動揺する顔になる。
「君の育ての親であるホルクの行方がわからなくなったというんだ」
「行方がわからない? いったい、どういう事ですか?」
リュック博士の話によると誰かに連れ去られたというのだった。
「ひょっとすると、人工的に地震がおきたことと拉致とが結びつくのでは?」
「リュック博士、なぜそんな……ことを?」
キャサリンが横からぼそりとつぶやいた。
「もしかしてウォルタ―が拉致したのかしら? ウォルターはドームシェルター出身なのよ」
リュック博士は、腕組をしたままうつむいている。
「ドームシェルター出身? 話が見えない。キャシー、どういうことさ。アイツがドームシェルターの出身だとしても、ホルクと関わることって? 俺はてっきり……」
リュック博士は、考えていたことを話し始めた。
「これはあくまでも、憶測になるがウォルターという男は、目的がドームシェルターを崩壊させることかもしれない。マイケルの測定した範囲は、確実にドームシェルターを沈ませる構図になっている」
「ドームシェルターを崩壊させる?」
「かつての忌まわしい記憶を消し去るために」
「記憶を消し去る?」
憤りを感じていた。義父さんは脚が不自由なはずだ。拉致されもし監禁でもされるようなら、逃げ出すこともできない。ウォルターの目的は、メモリーチップだけではなかったのか、ホルクの拉致は自分を誘い出すための餌にすぎなかったのか、彼は頭を抱え混乱していた。
「あまり深く考え込むな! お前ならホルクを助けドームシェルターを救うつもりなんだろ!」
渡されたものは、リュック博士が作った瞬間移動装置であった。
「できたんですか?」
ライン博士は、穏やかな表情でハリーに
「持っていてくれ。私自身がリュック博士から貰い受けて、もうひと手間くわえた改良版だ」
「えっ、俺が?」
「今後、私自身は君の指示のもと動こうと思う。君が指揮をするんだ。どのみちリュック博士とマイケルはこの砦に残ることになる」
自信に満ちた表情でライン博士は、リュック博士をみながらつぶやいた。
「あたしもハリーの指示に従うわ」
「キャシー」
「出来るかぎり、ボクも君のサポートをするつもりだ! こうなったら東の山脈を目指さないと、だな」
皆に支えられ、ハリーは自信のみなぎった顔へと変化した。
「みんな、よろしくたのむよ」
それで? と、リンが催促の如くハリーの次の言葉を待っていた。
「それで? いつごろ出発の見込み?」
「遅れた分を取り戻すつもりだから、すぐにでも出発はしたいが。リン、あの橋はどのくらいで通れるようになるんだ?」
「そうだな? 外気の気温が低ければ低いほど大丈夫と思うけど、大事をとって一晩寝かせた方がいいかもしれないな」
「そうなのか。なら最終調整でもう一度、今後のルートを確かめるためにブリーフィングルームで確認を取ろう。いいかい? みんな」
「異論はない」
「ええ、もちろん」
「それがいい」
ハリーたちは再びブリーフィングルームへと向かった。
明け方でありながら久しぶりにその日は雪がやんでいた。
重たいスノーモービルをボートから下ろす。準備は万端になった。
岸辺に移動したハリーたちは、名残惜しむようにリュック博士とマイケルへ顔を向ける。
「リュック博士、お世話になりました。マイケルも元気で」
「アンソニー博士によろしく伝えてくれ!」
「名残惜シイデスガ、マタ、
疑う顔でライン博士は、リュック博士に言い寄る。
「本当に二台ともスノーモービルは使っていいのか?」
「ああ、この一台のスノーモービルは燃料も少ない。もう一台もドームシェルターまでが限界だろう」
「多分デスガ、私ノ計算ニヨルト、橋ヲ作ラレタ場所マデハ、燃料ガ持ツト思ワレマス」
マイケルには燃料と距離との計算能力が備わっているらしい。骨董ロボットといえど人間のサポートを最大限にしていたことがうかがえた。おそらく、ブリーフィングルームで距離と燃料とを素早くはじき出したのだろう。
「橋を作ったところまでだけでも、時間が短縮できるから大助かりさ」
キャサリンもマイケルに言い寄った。
「マイケル、あなたのお料理おいしかったわ。今度また、寄らせてもらうときにレシピを教えてね」
「了解デス。きゃさりんサンモ、オ元気デ。イツデモ、寄ッテクダサイ」
荷物台に載せ終わるとリンが叫んだ。
「出発するよ! もう一台のスノーモービルの運転はハリー、あんたに任せたから。操縦はさっき教えたとおりだ。曲がるときとブレーキには十分に注意しろよ!」
リンがスノーモービルのエンジンをかけ始める。
二台のスノーモービルにリンとライン博士、ハリーとキャサリンが乗車した。それぞれ、モービルの後ろには荷台のソリーがロープで縛られ、荷物は頑丈に括り付けられていた。
「リュック博士、マイケル。お世話になりました」
礼儀正しくリンは、深々とふたりにお辞儀をしてスノーモービルの運転席についた。
「ハリー、目的地は地下に埋没した変電所を経由してドームシェルターに向かうんだな」
「はい、さっきマイケルから地震装置の正確な位置を特定した結果、義父さんも
けたたましく、エンジン音と雪煙を舞い上がらせ、リンはスノーモービルを走らせた。次いでハリーが彼女の後を追った。
リュック博士とマイケルは、ふたりが見えなくなるあたりまで見送り続けた。
夜明けとともに薄暗い雲がだんだんと沸き起こってくる。小雪が舞い始めた。
出発してから小一時間は経過しただろうか。腕巻き型の装置で周辺の地図を呼び出し、走り続ける。
前方のリンのスノーモービルが、少し速度を落としハリーの乗っているスノーモービルに近づいてくる。
リンは、ハリーのスノーモービル近寄ると大声で叫び始めた。ゴーグルとマスクで雰囲気のみで、リンがキャサリンと判断しなければならなかった。
「ハリー、もうすぐのはずだ! キャサリン、右側の崖を注意してみてくれ! 雪だるまのモニュメントがあると思う。その場所だ!」
すでに薄明かりはあったものの、視界は良好とはいえない。
キャサリンは目を凝らしながら雪だるまのモニュメントらしきものを探していた。
ハリーは感覚的な距離で場所を思い出そうとしていた。
「あれ、かしら?」
彼女が前方の人影らしきものを凝視し、叫んだ。
「うん、そうだ。まちがいない!」
リンも気づいたのか、近づくにつれ速度を落とし始めていた。
「キャシー、しっかりつかまってろよ。ブレーキをかけるぞ!」
「うん!」
ハリーは速度を徐々にさげ、ブレーキをかける準備をした。
10へつづく
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