3-6
ライン博士は、改めてリュック博士と会話を始めた。雑談に華を咲かせ、時折たがいに笑っている顔もみせる。数十年来の仲のよい科学者同士のようであった。
ハリーは一足先にブリーフィングルームへ赴き、マイケルの手伝いをする。マイケルは手馴れた作業なのか、椅子のセッティングや3Dモニターの調節、空調の管理など事細かに室内を行ったりきたりを繰り返していた。
さすがのハリーも目まぐるしいマイケルの忙しさに参ったようで、椅子に
「オヤ、はりーサン、オ疲レニナリマシタ?」
「マイケルの尋常とはおもえない仕事量に驚かされるよ! 敬服するよ!」
「イエ、イエ、私ナドえねるぎーガナクナレバ、タダノがらくたにナッテシマイマス」
マイケルは遠慮がちに手と首を振った。
「エネルギー? そういや、マイケルのエネルギー源ってなんだっけな?」
「アレ? 以前ノ旅ノ時ニ、オ伝エシマセンデシタ?」
「水、だったか?」
「はりーサンモ、ヒトガ悪イ。水素デスヨ」
「別にふざけたわけじゃないんだ。水を分解して水素を取り出すんだったか」
「エエ、ソノ通リデス。博士ガ開発シタ装置デ水を分解シテ、水素かぷせるヲ作リダシテ貰イ、体内二供給シテイマス」
「へぇ、リュック博士は意外にそういうところは天才的なんだな」
「他ニモ部品ノ交換ヤ、新シイ装置ノ試作運用ノ取付ケ、ナドモ」
ハリーはマイケルとリュック博士が、良好な関係であることに改めて気づいた。
「はりーサン、モウソロソロ準備ガ整ウノデ、皆サンヲ、呼ビニ行ッテモラエマセンカ?」
「了解!」
ハリーは椅子から立ち上がり、言われるがままにブリーフィングルームを後にした。皆のいるだろうレストルームへと足を向けた。
廊下を歩きながら、声の聴こえるレストルームを見渡した。隅のほうでリュック博士とライン博士が寛ぎながらも、何かの会話で盛り上がっている。だが、キャサリンとリンの姿がなかった。
ドアからキャサリンとリンが入ってきた。ふたりは笑顔で溢れた雰囲気を醸し出している。
「やあ、おふたりさん、ずいぶんと楽しそうで」
皮肉を込めた口調になる。
キャサリンがリンに視線を合わせ、
「そうよ、色々聞けて勉強になったわ! リンさんがまさか
「ボクも、ハリーの小さい頃の話が聞けて面白かった。キャサリンと穴に落ちた時から今にいたるまでの色々を」
お互い腹を割って話を弾ませている様子だった。いつの間にか
ハリーは、再会した直前に聞けなかったことを、今になって聞いてみたくなっていた。
「なぁ、キャシー、ちょっといいか?」
ハリーはリンに目配せをした。彼女は気づき、ふたりの博士のいる方へと向かう。ある程度距離が離れたことで、彼はキャサリンに振り向き、
「俺を怒ってないのか? 恨んではいないのか?」
キャサリンはかぶりを振り、
「そんなこと」
と一言だけつぶやく。
「ハリー、あなたの気持ちを考えていなかった私がわるかったの。シェルターの出発の日、私のほうが
「キャシー!」
「そもそも、私が子供だったのね。でも、シェルターから鉱山跡地へ向かうまでの間に悟ったの。雪原の中では一人ひとりの力が弱い。自分が強くならなきゃって」
ハリーはおどろいた。わずか数週間という期間に彼女が、雪原の恐ろしさ、仲間との共存、そして信頼感を学び大きく成長したからだった。彼女の中で起った変化が、短い期間のうちに化学反応をおこし、全く別のものとして生まれ変わったようだった。
短く切られた髪をそっと触ると、ハリーは熱い眼差しをキャサリンにむけ、
「キャサリン、あえて嬉しいよ!」
ハリーはキャサリンと熱く抱擁した。改めて彼女と会えた事に感謝し、胸が熱くなっていた。
「あたしも、会いたかった! ハリー聞いて」
キャサリンは、嬉しさもひとしおですぐに悲しげな表情をみせた。
「義父さんが……」
「エルシェさんがどうしたんだい?」
キャサリンはヴェイクやエルシーとのこと、鉱山でのこと、エルシェのことを語った。
「アイツがやっぱり、アイツがエルシェさんを」
ハリーは、ウォルターの悪事に憤りを感じざるを得ない。やはり、狡猾なやり方を仕掛けてきたのだ。だが、なぜ、遠征隊の中止を狙ったのか、いまひとつ納得できないところがあった。
もし、メモリーチップが目的ならば、直接自分を狙いに来てもおかしくない。ウォルターの目的がいまいちピンと来なかったのだ。
ハリーの呼びかけに応じて、キャサリン、リンそしてリュック博士とライン博士も会話を一時的に中断し、ブリーフィングルームへと入ってくる。
マイケルは博士をイメージしてか、白衣姿で現れる。すでに準備は万全に整っているようだった。
「皆サン、オ集マリ頂ケマシタネ。遅クナッテ申シ訳アリマセン。地震調査ノ情報モ、まっぴんぐでーた二入力シタノデ、時間ガ必要デシタ。今回ノハ……」
マイケルの説明に苛立ちを覚えたのか、リュック博士が差し挟んでくる。
「能書きはいい 。マイケル、お前は余計なおしゃべりが多いんだ! 早いところ始めろ!」
リュック博士の荒げる声にマイケルはへたれこむ。
「ス、スミマセン!」
すでに3Dマッピングシステムは起動し、室内が暗くなっていた。
「デハ、始メルニアタリ、はりーサン、スミマセンガ、助手ヲオ願イデキマスカ?」
ハリーは自分を指差すと、即座にマイケルが頷く。
「あ、ああ、俺でよければかまわない。手伝おう!」
すでに一度見ている3Dマッピング操作と、
「既二、りんサン、はりーサン、りゅっく博士ハ、一度コノまっぴんぐヲゴ存知デスガ、簡単二説明シマスト、がんましぇるたー二残ッテイタでーたまっぷト、さてらいと補正ニヨリ広範囲ノまっぷ表示ガサレテイマス」
「知っているわ! 古いタイプだけどアルファシェルターで見たわ!」
キャサリンが口を挟んだ。
「ライン博士はこの類のマップはご存知ですか?」
「まあ、初めて見るタイプのマップだな」
「デハ、簡単二説明ヲ。はりーサン、オ願イシマス」
ハリーが軽く頷き、3Dマッピングシステムの操作をする。
「見ての通り、湖に囲まれたところに青い丸いものが見えると思います。それが今の現在地です。そして……」
ハリーはシステムを操作し、丸を増やしていく。縮尺を縮ませていった。
「湖、つまりこの砦の北東方向に、非常に巨大なクレバスが南北に連なり、ドームシェルターのギリギリまで続いていると思います。更に……」
再びハリーはシステムを操作すると、黒い点が亀裂の右側にあらわれた。
黒い点の上部には『
「東の山脈とクレバスの間、ここからだと北北東の方角に使われなくなったシェルターと変電所が存在しています」
リュック博士が口をはさんできた。
「おお、そうだ。今思い出したが、アルファシェルターで拉致された監視員は、ここに護送されたと無線で聞いた。やはり、あの辺は浮浪者たちのたまり場になっているようだな」
「コレデ少シ、辻褄ガアイマスネ」
マイケルがシステムを操作すると、黒い点の位置に赤丸が明滅に光りだした。
「調査シタ結果、ドウヤラコノ変電所ガ、地震ノ震源地二ナッテイルヨウナノデス」
「なるほど」
と、一同は3Dマッピングの画像を注視し、納得している様子だった。
「マイケルくん」
突然にライン博士が椅子から立ち上がった。ハリーの隣でシステムの操作を始める。
「東の山脈へのルートは、この
彼はハリーよりも、システムの操作を知っているかのごとく、3Dマップを巧みに操り次々と表示させていく。
「ハイ、可能デスガ、らいん博士、何ヲサレルオツモリデスカ?」
東の山脈の南側に向かい、三ルートないし四ルート矢印が表示され、点滅を始めた。
「ハリーくん、仮に南側を通ってクレバスとドームシェルターと呼ばれる場所を避け、遠回りした場合、日数でどのくらいかかるのかな?」
「そうですね。予測の見立てをする限り、南東ルートだと天候や風速は考えずにいくと、三十日はかかると見込まれますね。以前、遠征隊がそのコースを
「とすると、単純な計算でいけば、北東ルートはクレバス通過と廃墟の変電所、そして、ドームシェルター経由の東山脈入り口か、クレバス北迂回路、変電所跡とドームシェルターを経由した場合の方が短縮できるんだな!」
「昔、俺も遠征隊に参加した時、東の山脈を目指しましたが、その際には、クレバスなんてなかったので……ドームシェルターを経由して遅くとも二十日後には到達できました」
「ふむ、なるほど」
次々とルート表示と予測経路を
隣で見ていたハリーは、ライン博士の手際のよさに圧倒され驚かされた。
「それにしても、ライン博士、3Dシステムの操作をどこで憶えたのですか?」
「いや、この手のシステム操作は、大体ハリーくんの操作を見ていて理解できた。実を言うとよく似たシステムをどこかで操作した記憶があったのだ」
口をあけた挿入口を指差し、
「ディスクを入れる挿入口もあることから、記録媒体を入れてコピーも出来るとも推測できる」
リュック博士はライン博士の観察眼に沈黙していた。
一同がその光景に度肝を抜かれ呆気にとられた顔つきだが、リンだけは当然とばかりに冷静な顔だった。
ハリーはある程度納得した表情にもどった。
「なるほど、ここからはライン博士にシステムの操作を一任していいですか? 俺ではあなたの操作に追いつけそうにない」
「そんなことはない。君もシステムを熟知しているのだろう」
「いや、ライン博士には到底及びそうにないです」
あはは、と苦笑いしてライン博士はみつめた。
「気休めのつもりかい!
と、皮肉そうに呟いた。
「ライン博士、私からもお願いする。あなたの操作には手馴れた節がある」
リュック博士は彼の手を見て、
「あなたの手は明らかに私とは異質の科学者の手をしている。血で汚れた手とは思えない。この時代にはありえないほど綺麗な手だ!」
「そうですね、科学者の眼力には
少し間をおき、ライン博士は口を開いた。
「まあ、長年機械と向き合っていましたからね。操作と進行の補助ぐらいなら……」
謙虚な声で一同にむきなおり
「それで、話は逸れてしまいましたが……」
と、ハリーは脱線したレールからもとの話へと切り替えた。
7へつづく
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