思わぬ障害

3-5



 雪上車から下りてきたのは、紛れもなく二人の男と短髪ショートヘアの女性が乗っていたようだ。

 ハリーはどこかでみた顔に驚きがあった。首をかしげながらも女性の顔に目を凝らす。

「ハリー、ハリー!」

「キャサリン? なのか?」

 なぜ、雪上車に彼女が乗っていたのかが不思議で仕方なかったのだ。

「! ……?」

 数週間前に逢ったばかりだというのに、キャサリンは悲しみを乗り越えた顔つきになっていた。後ろになびいていた髪がなく、顔立ちが以前にみた彼女よりもたくましくみえる。彼女の容姿が大人の女性に様変わりしているようだった。

「……鉱山跡に行ったん……じゃ?」



 雪上車から四十前後の男が、下りてきた。頭にはフードを身につけ、口髭をびっしりと生やしているのが遠目でもわかった。大柄ではあるが、細身の体つきで空を仰いでいた。降ってくる雪が、男の眼鏡にあたり溶けるのがわかった。双眸そうぼうはまさしく科学者そのものであった。

 男を見るなり、リンが叫んだ。

「はかせ? ライン博士、ですよね? いったいどうやって……」

 博士と呼ばれた男は、訝しげにリン少女を見ると関心がないのか、素通りする。まるで知らないようだった。

「なんだね、君は?」

 馴れ馴れしいと警戒する顔つきで、リンの横を通り過ぎた。

「忘れてしまったのですか? 助手のリンですよ!」

 男が荷物をボートに積み込みながら、

「リン? 助手?」

 立ち止まるとリンを一瞬みつめ、眼鏡で彼女の瞳をのぞくと、

「すまんが、君の事は憶えておらんのだ!」

「憶えて、ない!?」

「鉱山跡地の崩落で怪我をしてね。酷く頭を打ちつけてしまったんだ」

「頭を打った? きおく、障害?」

「そうなるかな? ここ数週間で、すこしは記憶が戻りかけたとおもったのだが……」

 リンはうつむいたまま動こうとしなかった。

「そのうち記憶が戻れば君のこともあるいは……」

「そんな、悠長ゆうちょうな……」

 震えるリンの声は、不安に満たされている表情をしている。

 だまったままハリーは、リンと男の会話をみつめていた。

「外ハ寒イデスカラ、トリアエズ、砦ノ中ヘ戻リマセンカ?」

 マイケルの言葉にみなが同意するようにボートへと乗り込んだ。



 とりでの中の波止場についたハリーたちは、荷物を抱えてボートを降りると空調の効いた中へと入っていく。

 ハリーとキャサリンが、再会の会話を横で聴いていたリンは、さげすむようにキャサリンをみつめていた。

「ハリー、紹介してくれる?」

 そうだった、といわんばかりに向き直りリンの隣へと歩んだ。

「この人はリン・シライさん。ガンマシェルターの生き残りだ!」

 向き直り今度はキャサリンに手を向ける。

「こっちはキャサリン・シェーミット。ベータシェルターで育って子供の頃から知っているんだ」

「リンさんね。よろしく」

「リン、でいいよ!」

 リンは気の抜け返事を返した。

 すこしでも励まそうと、キャサリンは珍しいという様子で彼女の容姿をみて話しかける。

「あなた、東洋の? 英語は?」

「うん、まあ」

 黒髪ですらりとした体型、胸のふくらみ、引き締まった顔立ちに彩られたリンを彼女は見つめている。黒目の双眸に際立った身長は、同い年とは思えない彼女にとって勇ましくみえた。倭人の住処すみかで少しの間、慣れてはいたもののリンの様相は、見るからに英語圏に親しみのある雰囲気に彼女は感じているようである。

「そこそこに話せるんだ」

 感心するキャサリンは、わざとらしく咳払いする後ろの男に気づき、

「すみません、博士」

「いいさ、ミス、キャサリン」

 キャサリンがブロンズヘアの三十代の男の肩に手を置くと、

「この人はフォーイック・ライン博士。鉱山跡で知り合ったんです」

 すぐさま、ハリーはリンの表情を窺う。リンは浮かない顔をしている。

「フォーイックって、リンが話していた?」

 リンはハリーの言葉にうなずくも顔を背ける。

「……だと思うんだけど、ボクのことは憶えてないと言ってる」

「えっ?」

 戸惑うハリーはキャサリンとフォーイックを交互に見つめる。

 キャサリンがリンを見た。

「リンさん、博士と一緒に行動していれば記憶は戻ると思うわ!」

 励ますように声をかけていた。

 ありがとう、と彼女はキャサリンの呼びかけに小さく応えた。

 下火がかった雰囲気にマイケルが甲高い声で話し出した。

「ソウデスヨ、憶エテイナイ、トイウノハ人間ニハ、良クアルコトト聞キマシタガ、私ノ場合、ショッチュウナノデス! ハァ~、困ッタモノデス! ソノ類ノコトガ、連続デオコルノデ、りゅっく博士カラハ、怒ラレッパナシデ!」

 ハリーにはあのリュック博士の性格にマイケルが、苦労しているのがなんとなくわかってきた。

 マイケルが台車を用意すると、愚痴をこぼす。廊下に反響する機械仕掛けの声が、少々耳障りなほどハリーたちに聴こえた。


 マイケルに言い寄ってきた男がいた。ライン博士である。彼は台車の下のほうにある大きめの機材が気になっている様子だ。

「マイケルとかいったか? 台車の下にいくつか機材が載っているが、地下に地震計でも設置していたのか?」 

「良クオ分カリデスネ。アナタノ言ウ通リ、地震計ノ類デス!」

 マイケルは台車を引きながら、話し掛けてくるライン博士に首だけを向ける。

 ふむ、と小さくうなずき、ライン博士は納得している様子で、

「やはりな」

「やはり? 鉱山跡地でも地震があったんですか? ライン博士」

 訝しくライン博士に目を向ける。

「うむ、まだ予測の段階で確証はないが、この周辺一帯で近いうちにまた大きい地震が起こる可能性があるんだ!」

 一同はみなおどろいた表情になる。唯一、マイケルは冷静である。


 リュック博士が、ドアから入ってきたハリーたちに気づく。

「りゅっく博士! はりーサンたちと鉱山跡地カラノオ客様ヲ、オ連レシマシタ」

「おお、来たか」

「博士……」

 リュック博士は、ハリーの奥にいた口髭の濃いライン博士を一瞥いちべつした。

 ライン博士も白衣の紳士に興味があり前に出てくる。

「失礼、リュック博士ですか?」

 口髭を触りながらライン博士が割り込んできた。

「いかにも、わたしがリュックだが。君は……」

 顔にうっすらと見覚えがあったのだろうか、リュック博士は、数ヶ月前のことを必死で思い出そうとしている。

「フォーイック・ラインと申します」

「おお、リンくんが探していたという?」

 ライン博士はおおきくかぶりを振り、

「いいや、彼女の探しているという科学者と私とは別人だと考えている。彼女とは初対面で、以前には会ったことがない!」

 今度はリンがそれに反駁はんばくして、

「いいえ、ライン博士に間違いありません。ボクの知っている博士は、メガネをかけないとわからないほど、目が悪くなっていますが、ライン博士に間違いないんです」

 リュック博士はさすがに混乱していた。どちらを信じればいいのかわからないからだった。

「う~む、リンくん、ライン博士とはどういう形で知り合ったのだね?」

「それは……」

 自信に満ちた話し方をしていたが、はばかるように彼女の言葉が停まってしまう。

「どういう形で、といわれると話しが長くなってしまうので……」

「それよりも……」

 ハリーが深刻な顔でリュック博士に言い寄る。

「うむ、私のほうでハリーくんの今後の針路にとてつもなく影響がでることがわかったのだ!」

「と、いうと?」

 ライン博士が横から口を挟み、

「やはりこの一帯の地震の影響でかね?」

 リュック博士はうなずいた。

「マイケルの調査していた地震計の結果を送ってもらって解析したのだが、近いうちに大きい地震によって、ドームシェルターがクレバスで出来た穴に沈むかも知れんのだ!」

「ドームシェルターが……」


 ハリーは考えた。あそこにはあまり思い出がなかったが、ホルクとエルシェントの生まれ故郷であることを聞いていた。彼らにとっては、生まれ故郷が消えてしまうことになる。彼らはあの場所で育ち、のちにアルファシェルター、ベータシェルターへと移ったと聞かされていた。


「ああ、早くしないと取り返しのつかないことが起こる。なんとか、ドームシェルターの住人に逃げるよう説得しなければ……」

「リュック博士、大地震がおこる細かい日時はわからんのか?」

 あせり顔のみえるライン博士が懇願するように訊いていた。まるで、ドームシェルターに未練があるようである。

 残念だが、と惜しむ顔でリュック博士は首を横に振った。

「こればかりは、自然の摂理だ!」

「りゅっく博士、観測中、ヒトツ気ニナルコトガアリマシテ」

「マイケル、全部送信できたのではないというのか?」

「ハイ、ドウモ私ノ、情報蓄積回路ガ不良二ナッテキテイルラシク、全テノ調査情報ヲ、博士ノでーたばんくニ、入レルコトガデキナカッタノデス」

「どういうことだ! まだ、何かあるのか?」

「ハイ、ドウヤラココ最近、頻発シテイル地震ガ、人工的二操作サレタ節ガアルヨウナノデ」

「なんだと!? 人工的に?」

 マイケルの突然の情報に、リュック博士は憤りの口調で声を荒げた。

「マイケルくん、根拠があることなのか? 大きな地震を人工的に操作して何か利益を得る人物がいるというのか?」

 フォーイックラインはひどく興奮して口調を荒げる。憤りの混ざる声であった。

「らいん博士、落チ着イテクダサイ」

 リンが強い口調を荒げ、

「ライン博士、マイケルに訊いても答えが返ってくることぐらいあなたでもわかるはずです。今その議論をするには、情報が足りない。わかってください」

 ライン博士をじっと見つめた。

「マイケル、それで震源地となったところはわかったのか?」

 ふたりの冷静さが静まると、リュック博士が話しかける。

「ハイ、ココデハ説明ガ大変ナノデ、後ホド皆サン、ぶりーふぃんぐるーむへ来テ頂ケナイデショウカ? 準備ガ、デキマシタラオ呼ビシマス」

「わかった! マイケル期待しているぞ!」

 リュック博士はしおらしく応えるとマイケルに笑顔をみせた。

                         

                       6へつづく

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