3ー4



「リン、無茶なことをして……」

 ハリーは、正気を取り戻しそばで寄り添う彼女を見つめる。

「あんたが、すぐに行動を」

 リンは言葉を途中できり、冷静に見つめる。

「いがみ合っても仕方ない。リン、一旦砦に戻ってなんとかロウさんたちに追いつく方法を博士と相談しよう!」

「そうするしかないのか」

 そういうとリンは周囲を見渡した。

 ハリーに自分の正体を教えていたが、彼とふたりきりになっても、男口調で変わることはなかった。

 ハリーも周囲を見渡す。どこかに抜けられる道がないだろうかと、模索しているようだった。だが、地下深くである以上到底見つかるはずがなかった。


(諦めざるを得ないのか。畜生!)


 またもや、道が閉ざされてしまったことに、ハリーは憤りを感じていた。

 地震の揺れは次第に鎮まりつつあったが、彼の憤りが鎮まる気配はなかった。

 考えていてもらちがあかないと、歩いてきた通路に向き直るとハリーとリンはきびすをかえした。



 

 砦の研究室まで戻ったハリーたちは、リュック博士に地下通路が地震の影響で通れなくなったことを伝えた。リュック博士も微弱ながらゆれを感じたという。

「無事でよかった。ロウとダウヴィも無事であるなら、問題はない」

「危うく地割れにのまれそうになって……」

「そうか、地割れで……」

「博士、俺たちは一刻も早くドームシェルターに行きたいんです。ちがう道を行こうと思うのですが、クレバスを瞬時に渡れるという装置は完成しましたか?」

「ううむ、それなんだがな」

 博士は眼を逸らし、顔を手で拭う。

「あと四十八時間はかかりそうなんだ!」

「四十八時間も?」

 困惑の表情になった。

(これ以上、時間は無駄にできない)

 リンがすぐさまつぶやく。

「それじゃ、別の方法を考えるしか?」

「そうだな」

 リンはマイケルの姿が見えないことに気づく。

「博士、あのマイケルの姿が見えないですけど?」

 そういえば、とハリーもマイケルの機械音の独特なしゃべり方が気に入っていたのか、すこし寂しさの表情をみせる。

「けっこう、アイツがいるのといないとじゃ、その場の雰囲気が違うもんだな!」

 リュック博士は突然に声をだし、

「おお、そうだった。地震のあと、地殻を調査するために、砦の地下深くで地盤を調べているはずだ! もしかすると、どこかでマグマ溜まりが観測されたのかもしれない」

「マグマ溜まり? この近くの火山が爆発する可能性があるってことですか?」

 ハリーが語気を強めに訊きかえした。

「まだ、爆発すると決まったわけではないが、念のためにな」

「ハリー、地震のことが気がかりだ! マイケルのところに行ってみないか?」

 ああ、そうだな、とハリーもリンと同様に地震のことが気がかりだった。

「博士、俺たち、マイケルの調査の様子をみてきます」

「おお、頼む! 私からも連絡しておこう!」

 ハリーたちは、研究室をあとにした。



 エレベータに乗り込んだ二人は、最下層の地下二十五階へと下る。大き目の穴らしきものが、下に向かって延びていた。あきらかに手掘りされているようだった。手掘りの穴をさらに奥へ進む。

 金梯子の下から歌が聴こえてきた。歌は倭語日本語うたわれているようでハリーにはわからなかった。

 リンと顔を見合わせる。彼女にもさっぱりわからない様子で、首を傾げお手上げの仕草を見せる。

 梯子を降り、歌の大きく鳴り響く方へと足を進めた。 

 人影がライトに照らされていた。見るからに風変わりな恰好の労働者らしき人影がしゃがんでいるようだった。ライトつきのヘルメットに作業着を着こなしたマイケルだ。首にはタオルらしき白いものをぶら下げている。

 頭に備え付けられたライトでも十分に明るいと思われるのだが、あえて雰囲気を味わっているのか、節約のためなのか、サイズに合っていないヘルメットを被り、地震計を操作しているようだ。

「マイケル!」

 マイケルは変わりようのない顔つきで、首をかしげた。

「マイケル、なんだ、その恰好?」

 照れているのか、工事用ヘルメットをとるとしきりに頭を触っている。

「イヤァ、ナントイウカ、コウイウ雰囲気ヲ、味ワッテミタカッタノデス」

「なんだ、そりゃ?」

 ハリーは呆れている様子だった。

「マイケル、さっき歌を流してた?」

 気になっていたのか、リンが訊ねてきた。

「コレノ、コトデスカ?」

 そういうと、腰のあたりにある取り外し可能な装置のボタンをポチッと押した。リズムの良い倭語日本語が語られ始めた。微妙に歌とは違うことが間近で聴いてわかる。

「マイケル、これって、なんなんだ? 聴き心地がいいけど、歌みたいで歌じゃないような」

 同じ倭語を喋ることができるにもかかわらず、リンには聴き覚えがないようだった。

「倭人ノ間デハ『Rakugo(落語)』トイウラシイデス。ワタシノ、オ気ニイリデシテ」

 マイケルは照れ隠しでうつむいた。

 ロボットにしては変なヤツだな、とハリーは呆れた表情をしている。

「へぇ、そうなんだ」

 反面、リンが感心して感嘆の声をあげた。

「ソレニシテモ、ヨクゴ無事デ! 博士カラ聞イテイマス。地震ガ起キテ引キ返シテキタソウデスネ」

「そうなんだ。突然の地震にあって」

「大変ダッタヨウデ」

「ああ、かなり大きい地割れができたんだ!」

「私モ、地震ヲ感ジタノデ、近イウチニ、モット大キイ規模ノ地震ガアルノデハト、思イマシテ測定ニキタノデス」

「近いうちに? わかるのか?」

「イイエ、でーたカラノチョットシタ、予測デス」

「それで? 測定の結果はどうなんだ?」

「ハイ、ヤハリ地殻ノ一部ニ、異常ガミラレマス。今後モ地震ガ頻繁ニ、続クカモシレマセン」

「どのみち地震が起こらない地域なんてないものさ」

 ポツリと呟くリンには、地震に対しての免疫めんえきがあるように感じられる。

「デスガ……」

 突然、マイケルの体から電子音のようなものが聴こえてくる。


 ピピィー、ピピィー、ピピィー……


「なに? この音?」

「なにかの受信機のようだけど……」

「アレ? ジュシンキ?」

 腰の一部が緑色に光っている部分が、見受けられた。

「おい、マイケル」

 ハリーは腰の光ったところに指を差した。

「博士カラ、ノヨウデス」

 マイケルは受信機を取り出すと徐に話しはじめた。

「博士、何カアリマシタカ?」

 かすかだが博士の声が聴こえてきた。

「エッ? 待ッテクダサイネ。傍ニ、はりーさんトりんさんガ、居マスノデ、拡張もーどデ聞イテイタダキマス」

 受信機のボタンをマイケルが押すと、雑音に混ざりリュック博士の声が聴こえてくる。どうやら、普段話すマイケルの声が拡張スピーカーになっているようだ。

『おお、それは好都合だ! ハリー、リン聴こえているか?』

「はい、聴こえています。博士、何かあったのですか?」

『いま、情報無線室にいるのだが、いい知らせと悪い知らせが同時に入ってきた』

「いい知らせと悪い知らせ?」

 リュック博士によると、悪い知らせとは、アルファシェルターに襲撃があったという。目的がわからないままに、監視員がひとり拉致された、というものだった。

「それでいい知らせって何ですか?」

『雪上車から無線が入った』

「雪上車?」

『鉱山跡からこちらに向かっているということだ。リン、朗報だぞ!』

 ハリーとリンは顔を見合わせる。

「え?」

 リュック博士の声に、リンが首を傾げる。

「博士、どういうことですか?」

『おまえさんが探しているお目当ての人物だ!』

「まさか、フォーイックライン博士が?」

『そういうことだ。すまないが、岸辺までマイケルと一緒に迎えに行ってくれないか?』

「わかりました」

『マイケル、そういうことだ! 客人を案内してくれ!』

「了解デス」

 腰のランプが消え、マイケルの声が元に戻った。

「地震ノ調査ハ、気ニナルトコロデハアリマスガ、砦内の波止場ヘ行キマショウ!」


 ボートに乗り込んだ三人は、雪上車の見える南の方角を目指した。

 ハリーにも思いも寄らない人物が、雪上車の中にいることに、この時気配さえ感じることはなかった。

                     5へつづく   

 

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