主人公:キャサリン編 Part2

2-1


 中継ポイントに足止めのまま、七時間が経とうとしていた。

 エルシーは、隊員たちと組み手で鈍った身体をほぐしていた。キャサリンも、隊員たちもただひたすら、隊長であるヴェイクが到着するのを待つしかなかった。

 キャサリンは、忍耐力は人並み以上に持ち合わせていたつもりだったが、六時間という待ち時間に、いても経ってもいられなく落ち着かない様子だ。こうしている間にも、ハリーと距離が開いていき、二度と会えなくなるのではという不安にさいなまれはじめていた。


 それからさらに七時間が経過し、一日の大半が待機で消費されていく。エルシーもシェルター到着からの連絡以降は、何度となく無線端末を眺める。さすがの彼女も、彼が夜中に歩かなかったということを見込んでも、そろそろ連絡があってもいい頃なのではと、感じざるを得ない。何度となく、無線端末を起動し、応答を試みるが無言で反応すらなかった。

 倭人わじんの長である三十過ぎの男が、エルシーに声をかける。どうやら、今後の方針転換をよぎなくされることで、さっちし話し合っているようだ。

 キャサリンは防寒着に身を包み始めた。

 隊員たちが止めに入る。

「キャサリン、キャサリン!」

「ムチャだ! ひとりで行くなんて」

 隊員の一人がなんとかして止めようとしている。

「キャシー!」

 エルシーが両手で彼女の肩に乗せとどまらせようとする。

「離して! ヴェイクを迎えに行くわ!」

 乱暴に振りほどく彼女は必死な表情だ。

「あんたひとりでは、自殺にいくようなものだ! 雪原のおそろしさをわかっていない!」

「じゃあ、見殺しにしろというの? もしかしたら、陥没した穴に落ちて私たちが来るのを待っているのかもしれないのよ!」

 防寒具を装着し扉へと向かおうとしていた。

「もう、最後の連絡から十二時間以上経っているのでしょ?」

 キャサリンにはこの上ない胸騒ぎがあった。時間だけが過ぎていくだけではなく、遠く離れたウェイクの滑落した時の叫び声がきこえたように感じたのだ。

「キャサリン、ひとりで行くのは容認できない! 危険すぎる!」

 隊長としての責務なのか、ウェイクへの思いなのかエルシーがいった。

「エルシーさん」

 と、意外な発言にキャサリンは言葉を失っていた。

「コネコちゃんはこれだからいやなんだ! 自然を甘くみるな、と言われただろ! あんたは……」

 不服そうな顔でキャサリンを睨みつけていた。

「あんたは……ヴェイクを信用していないのかい? ふん、ちょっとは見直したと思ったけどコネコちゃんはやっぱりちゃんだね!」

「でも……」

 辛い顔でエルシーは、キャサリンの前に立ちはだかる。

「信用していなければ、それこそ裏切りになるだろ! あんたの憶測だけでは動けないのよ!」

 キャサリンは気圧けおされていた。

 その通りだった。彼女は、時間のたち具合だけで彼が遭難しているのだと決め付けていたのだ。確実に遭難しているという連絡がなければ、どうすることもできない。いっそ、ハリーのように飛び出せればと、胸の高鳴りを必死に抑えた。


 そのときだった。エルシーの無線機から雑音にまぎれ、ヴェイクの声がかすかに聴こえてくるようだった。すぐさま、エルシーは、無線のキャッチを最大にし耳を傾ける。発信源は定かではないが、範囲内ギリギリなのだろうか風の吹きすさぶ音だけが、寒さをこみ上げさせる。

『エル……シー、応……せよ』

 途切れとぎれの声には元気のなさがうかがえる。

「どうしたんだ、ヴェイク、ヴェイク。なにか、トラブルでも起きたのか?」

 次に聴こえたのは、陥没して穴に落ちてしまったという内容のSOSサインだった。

「ヴェイク、すぐに行くわ! 死なないで! ぜったい死なないで!」

 キャサリンはありったけの声で無線機器にどなった。

 彼女の行動にエルシーは、隊員のヴェイクに対して、よほどの思い入れがあるのだろうかという様子で見ている。

「エルシー、救助に向かわせて!」

「キャサリン、あんただけじゃ駄目だ!」

 憤怒の顔でエルシーをにらみつけている。

「副隊長、無線聴いていなかったのですか? 助けを求めているのよ! 早いところ助けに行かないと……」

「私はあんただけでは足手まとい、と言ってるの! 陥没した穴から救出するには、人手不足ということなのよ!」

「エルシーさん」

 すぐにもエルシーは倭人のおさのところへと向かい、救出に必要な機材や雪上車を貸して欲しいと相談に行く。長は、エルシーの話に感をうたれ、気前良くエルシーを信頼し、雪上車を用意した。

 外はもうすぐ夜が明けようとする頃だった。さすがに長も、雪原に出る時間帯は夜中を避けたい様子がうかがえた。

 

 雪上車二台がヴェイクの場所へと行くことになった。エルシー隊が先頭になり、後方に倭人部隊が尾いてくる形だ。

 エンジンを駆動すると激しい音が響き渡る。車体はニ、五メートルはあるだろうか、キャタピラのついた明らかに旧世代で使用された車だった。

 車内には、救出に使うであろうあらゆる道具が乱雑に乗せられている。

 キャサリンには雪上車に乗るのが初めてで刺激的だったが、今は喜びにはしゃぐ姿が感じられなかった。

 エルシーも車に乗ることに慣れているのか、驚きもせずに黙々と乗り込む。さっそくエルシーは無線でしるされたヴェイクの現在位置を確認している。

 格納扉が開かれると、運転者が外に向かって親指を立てる。それにならい外のものもゴーサインとばかりに同じように親指を立てた。

レッツ、ムーブ出発するよ!!」

「出発するわよ! キャシー、準備いい?」

「はい!」

 キャサリンは、倭人の種族の中にも言語に通じる人物がいることに驚きを隠せなかった。

                      2へつづく

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