2-2



 急斜面のスロープをゆっくりとキャタピラ付きの雪上車が、隊をなしのぼりきる。

 風は比較的おだやかだった。しかし、雪は相変わらず降り続いている。

 つねに明かりが前方を照らし続けている。雪上車の正面の窓には、ワイパーがありひっきりなしに動きつづけている。良く整備されているためか、運転者にとっては視界が見やすいようだった。

 エルシーは、倭人の運転者に絶えず指示を出している。キャサリンもエルシーが心配性であることをこのとき知った。やはり、強い責任感をもっているのだなと。

 わずか数時間のうちに、第一の中継地点へと到着した。そこにヴェイクが再度訪れた痕跡はみられなかった。


 シェルターを出発してから陥没した穴に落ちたことになる。誰もがそういう推測にいたった。

 数十分の休息の後、エルシーの指示で北上をはじめた。近くには陥没や崩落で雪がもろくなっている場所が広がっている。その脇をゆっくりと雪上車はすすんでいった。

 しばらくすると、前方にビルディング一区画分の巨大な穴が見えてくる。

ウェイト待って! ストップ止めて!」

 突然にエルシーの声が、車内に響く。

 運転者が理解したのか、雪上車が急にとまった。後方の二代目の車も急停車する。

「なに? エルシー、どうしたの?」

「着いたわ!」

 キャサリンは空の薄暗さから状況が飲み込めなかった。明るさはあるものの光りを使わないと前方の周囲が見渡せなかったのだ。

 エルシーが車からおり前方に向かって、ゆっくりと歩きはじめる。

「エルシー!」

「キャシー、来ちゃ駄目よ!」

 おもむろにエルシーは前方に向かって望遠鏡を取り出し、ヴェイクがいる底までの距離を確かめようとした。巨大な穴とともにクレバスが何本も走っている。近くのゆれが生じたようだった。

「ヴェイク、ヴェイク、応答して」

 雑音からうめき声に似たものが聴こえてくる。

「……」

 続けざまにエルシーは、怒鳴りちらす。

「ヴェイク、今、あんたが崩落したという穴の上にいる。何か目印になるものはない?」

『おあつらい向きに……ライトがある』

「雪にでも刺しておけ! もうすぐ、お前のところへ行く」

『ああ、たのむ……』


 エルシーは後方の雪上車に、一台目の横に並んでライトを前方に向かって照らすように指示した。

 エルシーの手際のよさに、キャサリンは呆然と見ている。だが、エルシーが命綱を準備していざ降りようとする時にキャサリンは、エルシーに訴えかけた。

「エルシーさん、ヴェイクを助けに行くなら、あたしが行きます。ただ、見ているだけなんてあたしには……あたしには耐えられないわ!」

「何を言うかとおもえば……」

 エルシーがキャサリンを睨みつけた。

「コネコちゃんには無理よ!」

「小さい生き物でも必死になれば、壁を乗り越えられるところをここで証明してみせるわ!」

 あたりは次第に暗さが増してくる。ぐずぐずしている暇はない。救助しているこちらにも被害がおよびかねないからだ。エルシーには経験で分かっていた。救助にむだな時間はかけられない。

 キャサリンの眼に死を覚悟したまなざしがあった。

 エルシーの持つ命綱を横からキャサリンは強く握り締めた。

「何といわれようとあたしが行きます。このまま引き下がりたくありません! それにここに来た意味もないわ!」

 キャサリンに賭けてみるしかないのか、エルシーの心に変化があらわれていた。この子は若い頃のわたしなのだ、と。大差のない年齢だが彼女には自分の経験してきた姿を重ねていた。

 真剣な表情でエルシーはみつめた。

 キャサリンの力強さがエルシーにも命綱を通して伝わってくるようだった。

 なおも、力強く命綱を握り締めている。キャサリンは本気だった。

「行かせてください。ヴェイクとの付き合いはあたしの方が上ですから……」

 エルシーは鼻を鳴らす。

「負けたよ。いきがったコネコちゃん。私は嫌いじゃないわ!」

 命綱をエルシーは、キャサリンに渡した。

「死ぬんじゃないよ!」

「もちろん、そのつもりです」

 エルシーは、雪上車に取り付けてあるウィンチの指示をだした。

 ウィンチが下がり、少しずつ穴へとキャサリンは降りていく。命綱と自分をしっかり固定し、崩落した雪の崖をゆっくりと下へと徐々に高度をさげていく。彼女は息をのみながら、ワイヤーに命をあずけた。


 幸運だったことに穴の深さは数メートルだった。だが、幅が穴の深さよりも倍以上あるようだ。なだらかともいえない雪質を少しずつ踏み固めながら、ヴェイクの場所へと下りていく。

 クレバスの底に到達することができた。周囲には雪の壁がいまにも迫ってくるようだ。さすがに雪上車のライトは、そこまでとどかない。急がなければならなかった。

 一刻の猶予もない。早いところヴェイクのところまでいき、彼をエルシーのいるところへ連れて行かなければ、キャサリンに焦りがあった。

 穴から空に向かって延びる光りの棒がみえた。まさしく懐中電灯のひかりだった。

「ヴェイク、ヴェイク!」

 呼応に反応はない。雪の壁に反響しているのみだった。

 闇夜の訪れのなかで、雪の降雪が多くなりはじめた。

「キャシー」

 エルシーは、心配な顔で命綱の先をみつめ呟いた。

 ライトのおかげですぐにヴェイクを見つけることがキャサリンにはできた。

「ヴェイク、ヴェイク、しっかり意識もって。貴方には帰る場所があるんでしょ! 妹さんが待っているんでしょ! ここで死んでどうするのよ!」

 キャサリンは半分埋まりかけたヴェイクを、雪を掻き分け掘り起こす。

「キャシー、おまえ、が」

 抱きかかえ命綱にヴェイクの身体を巻きつける。ありったけのちからと声をあげた。

「エルシー! 引き上げて!」

 無線機器でエルシーに呼びかける。


 翌朝。穏やかな曇り空のなかで、キャサリンは、隣で寝ているヴェイクの顔をみた。

 昨日の救出後、第二中継ポイントである倭人に帰還するのは困難と判断し、エルシーが、第一中継地点で一泊しその後に戻ると宣言する。

 理由とは、どこからともなく現れた亀裂かもしれない。

 幸い、エルシーたちは、救出後すぐに陥没地点を離れたことで被害には遭わなかった。陥没の原因は、さいきん頻発している地震がもろい雪の層にあたり崩落させたのでは、とエルシーは指摘した。


 キャサリンは、ハリーの遠征隊は無事だろうかと、北東の方をながめみていた。

 エルシーは、一段落したことで、倭人の長に無線の連絡をいれた。

 長は、エルシーのみるかぎり喜んでいるようだった。

 ヴェイクの救出による目的を終え、雪上車でふたたび倭人のいる第二中継地点へともどった。

 ヴェイクは、車の中で無言だった。身体の調子が整わないのだろうかと、キャサリンは帰りの道中、ずっと見つめていた。

                     3へつづく

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