2-4


 ハリーが日課にしている体力づくりを終えた頃、リンが部屋へと入ってくる。

 リンは体術をする前に身体をほぐす為準備運動をはじめた。ハリーは準備運動の体操を眺めている。

「おまえも、参加しろよ! 身体をほぐさないと怪我に繋がるんだ!」

 日課にしていた体力づくりをしたばかりだと、リンに説明したが、何度やったっていいだろう、と聞く耳を持たず渋々彼女に続いて体操をはじめた。


 体操を終えて、リンは首を回して身体をさらにほぐしている。

「ハリー、シェルターでやっていた訓練ってどんな感じだった?」

「そうだな、主にナイフを使った攻撃方法がほとんどだ。それと有事の際、身の守り方だな。あと、トレーニングか」

「軍の中での格闘術か。ということは、攻撃の方法、身の守りの方法は基礎的に分かっていると思っていいんだな。体術の基礎も西洋と大して変わらない。一番の違いといえば、ココだ」

 リンが親指を胸に当てる。

「心か?」

 リンは頷く。

「そう、要は精神力の体術だ。どこでどういう攻撃が有効で、どこを防御するか、急所になるところはどこか、戦闘不能にさせるには……」

 ハリー自身、リンの言葉がエルシェントから教わったことのように感じた。

 リンは、基礎となる手技と足技を丁寧に教えていく。

「ボクが教わった処では、手技が三割で足技が七割だった。ただ、足技はリスクが大きい。大きいダメージを与えるには即効の手段だけど、相手の隙が見当たらない時は手技でダメージを与えないといけないんだ」

 リンは基本となる動作、足の蹴り方の種類を事細かにハリーに教えていた。



 またたく間に時間が過ぎた。

 彼女は納得するようにハリーに体術の種類を説明していく。

「……サンキューな。基本的なことが分かってきた。手技三割、足技七割だな」

「ハリーなら、訓練次第で実行できそうだな。基礎練習が一番重要なんだ。結局、足技にしても、手技にしても鍛え上げていないと役に立たない」

 乾いた布で汗をふき取り、リンが一息つく。彼も一息ついたところで、真剣にリンの構えや体術のながれをみて訊ねた。

「リン、ガンマシェルターに居座っていたのには何か理由があったのか? あそこに、長期にわたって居座っていた理由がどうもわからない。もとより危険と隣り合わせにいたわけだからな」

 ハリーの言葉にリンは思いつめた表情をする。

「うん、ボクは、あのガンマシェルターにある人と避難してきたんだ。そこで襲撃が起こってしまい、はぐれてしまった」

「その、ある人って?」

「科学者で、ここに住むリュック博士と同じような発明家でもあるフォーイック・ライン博士っていうんだ」

「フォーイック・ライン博士? 発明家?」

「ああ、一言で言えば、紙一重の科学者、かな!」

「紙一重ね」

「科学者は変わった人が多いというけど、ぴったりな人物かな」

 と、付け加えてリンが言った。

 ハリーもそのことには同意した。

「す、少なくともボクとはぐれるまでは……その後の行方はなんとも」

「そう、なのか」

 ハリーはますます疑念を抱く。ロウさんはその博士とどういう関わりがあったのだろうか、リンの話からすると、その博士はリュック博士と同じほどの年齢に思えるが、彼の言葉からすると……。

「リン、そのフォーイック・ラインという博士はどんな……?」

 マイケルが扉から軽快な声を上げ、のぞき込んできた。

「は、りーサン! はりぃサン!」

 リンの姿を見て、オヤ? と声のトーンが低くなる。

「りん、サント、ゴ一緒デシタカ。オトリコミ中、デシタ?」

 照れ隠すようにハリーは、マイケルに言い寄った。

「な、なんだい? マイケル」

「れすとるーむヘ、集マッテ下サイ。食事ノ用意ガ、トトノイマシタァ。ト、イイニ来タノデスガ、オジャマデシタ?」

「そんな事ないさ。すぐに行くよ。ありがとう」

「イイエ、イイエ、ドウゾ、ゴユックリ」

 マイケルは何を考えたか、軽快さに脚を踊らせ部屋から出て行った。

「とんだ邪魔が入ったな」

「それで、リン。はか……」

「その質問の答えは、そのうちに。それでいいだろ」

「あ、ああ。それでも構わないさ」


 ハリーたちは、レストルームへと移動した。地下とは思えないほど天井が遠いことに驚かされる。元々は、研究室のゲストルームとして使用されていたのだろう、広い空間になっていた。

 ハリーは開放感に浸っていた。

 広々とした中に、テーブルと椅子が当時のままに配置されていた。

 テーブルにはすでに食事の盛り付けがされている。人数分の場所が用意され、ダウヴィとリュック博士が隣同士で何かを話していた。

 ハリーたちが現れたことで、話が中断される。

「わあ、久しぶりに豪華な食事だ」

 リンにとってこの上ないほどの食事が並んでいる。思わず女性の喜んだ顔つきになる。

 皿には果物や野菜が盛り付けられ、スープからは湯気が立ち込めている。

 赤ワインと白ワインも用意され、観賞用の花がテーブルを飾っていた。

 マイケルが料理人の帽子を被り、白い料理服で姿を現す。腰から下のエプロンがなんともちぐはぐな恰好だった。

「マイケル、その恰好。面白いな」

「エッ? 面白イ? デスカ?」

 自分の姿を右往左往して見回している。

「この料理、全部マイケルが作ったのか?」

「ハイ、皆サンニ、食ベテイタダク為ニ、腕ニヨリヲカケテ、作リマシタ」

 ハリーが疑問に思うことを口にする。

「これだけの食材がよく手に入ったな」

「ソレガ、りゅっく博士トキタラ、ホトンド、食事ヲ召シ上ガラナイノデ。ソレニ、がんましぇるたーカラ、避難シテキタ住人タチガ、困ラナイヨウニ、食料倉庫ニ有リッタケノ食材ヲ置イテイッテ、貰エマシタノデ、大助カリナノデス」

「マイケル、口が過ぎるぞ。お前がもっと利口なら、言い方があるだろうに」

 リュック博士はワインですでに顔が真赤になっている。酔っ払っている様子だった。ダウヴィは、彼の口調を抑えるつもりで、まあ、まあ、となだめ、マイケルは反省しているのか、短い首を下に曲げ落ち込んでいる様子だった。

「そう、辛気臭くなるなよ。食事の席なんだ、明るくしよう」

 ロウはマイケルに励ましの言葉をかけた。

 全員が席につくと、マイケルがワイングラスにワインを注ぎ始めた。

                   5へつづく

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