2-3


 白いベッドの上で、ハリーはゆっくりと眼を覚ました。


 (どのぐらい寝ていたのだろう)


 見覚えのあるところからして、どうやら湖の砦の医務室であることがわかった。

 あのあと、リンはどうなったのだろうか、ハリーには気になっていた。

 部屋は殺風景ながらも、傍には赤いバラが花瓶に生けてある。しかし、匂いがないところからして造花のようである。


 起き上がろうとして、ハリーは左肩の背中に激痛を感じる。包帯が巻かれていることに気がついた。 

 入り口からリン、ダウヴィ、ロウそしてアンドロイドのマイケルが、入ってくる。

「おう、王子様のお目覚めか?」

 からかうようにダウヴィが、ハリーの起きている姿をみる。

「傷の具合はどうだ? トグルの矢が刺さった時にはどうなることかとおもったが、傷が浅かったから三日もすれば傷みも落ち着いてくるだろう。リンに感謝しろよ! お前を一番に気遣っていたんだからな」

 ロウのいう言葉にハリーは驚きの表情になる。

「えっ? リンが?」 

 彼らには暗い表情がなかった。リンの横でみていたロウが彼女の脇腹を肘で小突く。睨み顔をロウに向けていた。

「ほれ、なんか言ったらどうだ? 命を救ってもらったんだろ!」

「あんた、結構重かったぞ! 感謝しろよな!」

 照れながら文句を言い、リンは遠慮がちにハリーの顔を見つめていた。

「えっ? あんたが俺を?」

 ハリーは、一瞬眼を丸くする。

「そんなに、驚くことなのか? 借りを作りたくないだけだ! 勘違いするなよ!」

 ダウヴィが寄り添ってくる。素直になったらどうなんだ、とリンに目を向けた。

「この子がどうしても責任を感じて君を背負わしてくれ、と利かなかったんだ」

「ロウさん!」

 リンが頬を赤らめた。恥ずかしがっているようだ。

「い、いやその、危うく矢が刺さるところを……だな」

 ダウヴィがリンの肩に手を乗せる。

「そんなに恥ずかしくなるところじゃないだろ!」

 リンは落ち着きを取り戻すと、その、ありがとう。すまなかった、と小さく呟いた。

「無事でよかった。救出に向かって死なれちゃ俺の立場もない」

 ハリーは、見栄を張りリンを見上げる。


「それよりも、あのあとトグルは全滅させたのか?」

 ダウヴィが首を横にふり、浮かない顔をする。

「残念ながら、お前を矢で射たトグルは逃げた。シェルターにあいつらが独自に掘った横穴が確認できたんだ」

「あいつらが掘削を?」

「ああ、奥まで確かめたわけではないが、道具を使った痕跡もあった」

 自らの食という欲だけに支配されているかと思われたトグルという怪物に、掘削の知識があったとは、ハリーは驚きの表情になる。

「まあ、そのおかげでシェルターを脱出できたことにはかわりはないが……」

 ロウが安堵の顔をむけた。

「おお、そうだ、そうだ」と言葉をきり、続けて、話し出す。

 ロウは、ハリーが眠っている間にアルファシェルターに連絡を取ったという。驚いたことに、研究施設で使われていた無線機器が、いまだに動くということをリュック博士より先ほど聞いたばかりだった。

「え、なんだって?」

「だから、エルシェントが生きているという情報だ! さすがにベータシェルターで襲撃にあったあと、南に位置する鉱山跡地に、住人たちと避難しているらしい! あそこには傷に効く薬草がとれるからな」

「なにっ!」

 ハリーは思わず身を乗り出し、背中の傷を一瞬忘れて興奮した。思わず痛みに阻まれる。小さいうめき声をもらす。

「……っ」

 ハリーは、エルシェントの生存に安堵の顔を浮かべる。やはり、あのエルシェが簡単に死ぬはずはない、と考えていたからだ。それに、鉱山跡地というのが気にかかった。

「ホルクの話だとエルシェントを迎えに行くといって、キャサリンを含む数名の遠征隊が、その跡地に向かったと言うことだ!」

「キャシーが、向かった……のか?」

「ああ、おそらくもうそろそろ、着くころだということだろう!」


(鉱山跡地か……)


 エルシェントはともかく、キャシーまで跡地に向かうとは。

 キャサリンがエルシェントを思う気持ちが、やはり強いのだな、と感じた。



 医務室から離れ、居住区の唯一提供された部屋で彼は過ごした。

 肩の傷は思ったよりも治りが早かった。

 起きている時間は、ほぼ毎日身体を鍛えるため鍛錬に勤しむ。ベッドに伏せているだけでは、身体が鈍って体力の低下に繋がる。体力が低下すれば、素早い動きも判断力も鈍ってしまいがちになると考えたからだった。

 彼には、積極的に体力づくりをしている時のほうが、ふだんよりも頭を働かせ、今までの出来事を整理することが出来たのだ。

 様子を見に来たリンが、気づいたように、わざと気配を消し部屋の中を覗く。七日目には、背中の傷を気にせず、部屋の中で動き回った。

 パイプのベッドを縦に立たせ、固定するとハリーは、パイプにぶら下がり懸垂を始めた。ふと、扉付近に人の気配を感じた。

「もう、傷は完治したのか?」

「リンか」

「見てくれ! この通り懸垂けんすいも出来るし」

 掛け声とともに、その場で壁を背に倒立をした。

「このとおり、倒立もできるまで回復した」

「その分なら、多少の受身ぐらいできそうだな」

「受け身?」

「明日にでもおまえに、体術の基礎をおしえてやるよ!」

「ほんとうか?」

 興奮のあまり、ハリーはリンの両肩をぐっ、とつかむ。

「はなせ、痛いだろうが!」

「わりぃ、つい興奮して」

「それじゃ、あしたな」

 部屋をでようとするリンに話しかけた。

「なあ、リン、ひとつだけいていいか」

「今日は具合を見に来ただけだ。話は明日でも構わないだろ!?」

 いますぐに話せないわけでもあるのか、とハリーは訝しくリンをみつめる。

「ああ……、リンがそういうなら明日でもかまわない」

「じゃ、じゃあな」

                    4へつづく

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