2-2


 ハリーは急いで最下層にある住居跡へと階段を降りた。下層に進むにつれ、強烈な激臭がハリーの鼻を悶えさせた。シェルターの中のはずだが、おびただしいほどのトグルや住人たちが、闘った痕跡が目立つようになった。その中には、一体のトグルがまだ痙攣けいれんをおこし、今にも襲い掛かってきそうだった。

 二体のトグルが首をねじ切られ横たわっている。二度と起き上がることの出来ないほど残酷な曲がり方だった。首がねじまきのように二回転以上曲がりきったものまであった。


 通路の奥からは、トグルのうめき声が聴こえてきた。

 ゆっくりと通路を歩き、警戒を強めていく

「奥のほうだ!」

 とっさに呟いた。

「待て!」

 ロウの声が聴こえてきた。

 ハリーが心配になり、ロウたちが階段からおりてくるのがわかった。

 ロウが掌で行く手をさえぎった。ハリー、ダウヴィ、リュック博士に指と顔の表情で指示を促す。


 ロウはゆっくりと進み、ハリーたちの視界から奥へと進んだ。

 数分後、怒声の効いたロウの叫び声が、ハリーたちに聴こえてきた。

「ダウヴィ! ハリー! 早く来てくれ!」

 ロウの呼びかけで、すぐさま奥へとハリーたちは走った。

 小広場と呼べそうな空間に、残りの四体となるトグルの死骸があちらこちらに散乱している。

「ロウさん!」

「ハリー、早く、リンを!」

 リンが、今にもトグルに捕まり首を今にも絞められようとしていた。ところどころに怪我もみられた。

「!……」

「やめろっ!」

 ハリーは無我夢中でリンを助けに行った。

 トグルが一瞬、ハリーの方に身体を向けたことで、リンへの攻撃が一瞬緩んだ。


 リンはチャンスと見て、両手をほどくとトグルのからだが離れた瞬間、渾身こんしんのちからでトグルの腹に連続のジャブ。すさまじい連続パンチはトグルをノックバックさせる。そして、かんはつを要れず勢い良く気合とともに強烈な上段フライングレッグラリアートを放った。トグルを壁際へと吹っ飛ばした。

 ダメージは負っているはず、彼女は手ごたえを感じていた。一瞬はやく逃れ風圧のみで吹っ飛ばしていた。

 激突したトグルは、巻き上がる煙の中でニヤリ、と不気味な笑みを浮かべた。

 意外にもリンと戦っているトグルは、素早かった。間合いの空く瞬間を察知して壁の反動を利用した。壁から壁へと巧みにジャンプを繰り返している。

 リンは舌打ちをした。彼女はその場でとどまっていた。

 リンのいる場所に、フライングボディプレスを与えようと狙いを定めていた。圧し潰そうとしていたのだ。

 物凄い風圧で襲ってくるトグルの巨体が、リンの頭上に現れる。

「リン! 逃げろ!」

 声の反応より早くリンは頭上から落ちてくる影に気づき、その場から素早く身をかわした。

「!!」

 その時だった。

 突然、ハリーの腰に備え付けていた銃が呼応し、光り輝く。

「な、なんだ!」

 ハリーは、光り輝く銃を取り出す。リンの動く姿、トグルの巨体な動きがスローモーションに彼には映った。

 エルシェントから渡された父アンソニーの作ったハリー専用の銃だった。

「ハリー! その銃でトグルを撃てっ! 撃つんだ!」

 リュック博士の声だった。

「ハリー! 撃つんだ!」

 わけが分からない。だが、グズグズしてられない。


 照準をトグルに合わせ、ハリーは無意識にトリガーを引いた。意外にも反動があった。引いたと同時だったのか、ダウヴィからの火炎放射器がトグルの巨体を火達磨ひだるまにする。さきほどの火炎放射よりも強力な炎がトグルに襲い掛かっていた。のた打ち回るトグルを間一髪で、リンがかわし、火球になったトグルの躰に更にとどめのとび蹴りを食らわせ、壁に激突させた。

 トグルは襲ってくることはなく、今度こそ息絶えたようだ。

「ハリー、無事か?」

「リュック博士! この銃はいったい?」

 訝しくリュック博士が、彼の銃をみつめる。

「ん? 聞かされていなかったのか?」

「無理もありませんよ!」

 パンツァロウだった。銃のことを知ってる口ぶりである。

「ロウさん、この銃って?」

 頷きをみせ、ロウは語り始める。

「アンソニー博士が独自に開発した銃だ! いわば『サポート銃』といったところか……」

「サポート銃?」

「お前の持つ気のエネルギーを放ち、それに包まれた攻撃が数倍に増幅するというものだ! まあ、もっとも使い方次第で通常の弾丸も撃つことができるように博士が改良に改良を重ねたようだが」

 ハリーが疑問符をもってロウに問いただす。

「なぜ、今まで教えてくれなかったのですか?」

「この銃は説明がしづらいんだ! 戦闘になってハリーの感情が高まってこそ発揮されるものだ!」

「じゃぁ、さっき光ったのは俺のエネルギーが……」

「そうだ、おそらくお前の怒りのエネルギーを溜め込んだために、撃つことができた。そして、ダウヴィが放った火炎放射器の威力が数倍でトグルに当たったんじゃ」

「でも、それなら誰でも感情のエネルギーは持ち合わせているんじゃ」

「いいや、それはないはず。この銃は、お前のDNAを組み込んである。だから、ある意味お前にしかトリガーをひくことはできない」

 エルシェントが言っていた自分にしか使えない事、子供には使えない事の意味をようやく理解した。

「ロウさん、なぜそこまで?」

「博士にはずいぶんと世話になったんだ!」

「それよりも……」

 リンが立ち上がり、近寄ってくる。


 リュック博士は、リンが無事であることを喜び微笑んだ。

「それにしても、君は東洋人のようだな。言葉がわかるか?」

「はい、その点は大丈夫です」

「東洋人?」

 ダウヴィがリンに近寄ってくる。

「どおりで体術が身についているわけだ!」

 ダウヴィの言葉にハリーは訝しく首をかしげる。

「体術? あの戦闘テクニックは体術というのか? 俺たちが訓練しているものと技術が違うわけだな」

 ハリーにはリンの攻撃術が魅力的に感じた。

「リン、その体術というのを教えてもらえないか」

「いやだね、君はそもそも訓練しているんだろ! 十分強いじゃないか!」

「いいや、まだこんなのは序の口な方だ! 頼む!」

 ハリーは頭を下げてリンに頼み込んだ。

「嫌なものは、イヤだ!」

 すこし冗談が混ざったようにリンは口調をくりかえした。

「たのむよ!」

 ロウもハリーのう姿にいたたまれなくなっていた。

「リン、何故そんなに嫌がるんだ!?」

 と、ハリーに同情しているのか、ロウがリンに問い返した。

 刹那せつな、どこからか、弓を引く音がハリーの耳に届いてくる。

「!?」

 暗闇の中にトグルの顔が浮かび上がり、リンの方向にボウガンの矢が、向けられていた。

「リン、あぶないっ!! 伏せろっ!!」

 放たれた矢が、リンの頭めがけ飛んでくる。咄嗟に気づいたハリーは、リンに覆いかぶさった。彼は、矢を背中に受けてしまう。

「っ……」

「ハリー、ハリー!」

 ハリーはリンの声のするなかで、意識が遠のいていった。

                      3へつづく

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