主人公:ハリー編 PART2

2-1


 リンの作戦はこうだった。音が敏感なトグルを、なるべく最下層の居住区跡までおびき寄せる。そして、入り口の少なくなった人数のやつらを、ハリーとロウがやっつけると言うものだ。完全に制覇したところで、助けに来て欲しいという。

 彼女には、ハリーやロウにはない強みがあった。シェルター内部の構造を把握しているところである。おとりをするのは自分しか出来ないと、自ら買って出たのだ。さすがのふたりも反論できずにいる。


 問題がひとつあった。七体のうちの何体が、リンの誘いに乗ってくるかである。

 医務室のバリケードから入り口に向かって廊下を進んでいく。トグルたちの間でコミュニケーションをとっている様子だった。

 リンは、オートマチックの拳銃をトグルの額にめがけ発砲する。突如として、二体の巨体が倒れた。額には銃弾の痕がくっきりと残っている。五体が一気に発砲音のする方向めがけ、突進してきた。身軽さを利用してかリンは、素早く廊下を駆け抜け、あっという間に下り階段の方向へときえていく。


(リン、死ぬなよ)


「行くぞ! ハリー」

 トグルたちが過ぎ去った後、出入り口付近の小さいながらの空間には、ボスともとれるトグルらしき巨体な大男の姿があった。


 容貌ようぼうは、顔が醜く野生に生きている以上に獰猛さがみえた。体格は異常なほど太っている。身長は、二メートル以上を優に超えている。し潰されれば、ひとたまりもないだろう、ということがひと目で分かった。

 トグルのボスと思われる大男は、普通の人間の言葉とはちがう、トグル間で、コミュニケーションの言葉を大声で叫び続けている。当然のことながらハリーやロウ、そしてリンには、どういう内容なのか分からなかった。

 ハリーとロウの後ろのほうで巨大な影が動いた。リンによって頭を打ちぬかれ、死んだはずのトグルが、ムクリと起き上がったのだ。


 トグルの腕の影がハリーに近づき掴みかかろうと狙っていた。一瞬先にロウが、影に気づきハリーを突き飛ばす。

「ハリー、危ない!!」

 間一髪、ハリーはトグルの掴みかかる両手から逃れた。しかし、ロウが彼の代わりに捕まってしまう。

 ロウがみるみるうちに浮き足立ち空中へと舞い上がる。彼がもがき苦しみだす。

「ロウ!」

 ハリーは舌打ちをした。銃弾をまともに受けたトグルが、ここにきて息を吹き返し襲ってくるとは、予想外だったのだ。


(コイツらには拳銃が効かないのか……)


 以前のように巨体の身体を気絶させ、一時的に戦闘不能にすることは可能だが、ここを抜け出すには、一時的ではなく半永久的にそうしなければまた襲ってくる可能性がある。

 トグルが、ロウの首元に迫ろうとしている。彼らの口はサメのような鋭い犬歯を何本も携えている。嚙み砕かれれば、普通の成人はひとたまりもない。


 ハリーは、大きい口をあけたトグルに向かい、背後から首筋の脊椎せきずいめがけ、強烈な肘撃ちを仕掛けた。すぐさま背中にニーキックを食らわし、ロウを噛みつこうとするところを阻止した。

 ニーキックと肘撃ちが効いたのか、前のめりに壁へとぶつかる。顔が埋まったまま、トグルが動かなくなった。どうやら気絶したようである。

 危機一髪のところで、噛みつかれることなく、トグルの両腕からロウが転がり落ちる。

 仲間を倒されたことに怒りだしたのか、もう一体のトグルが物凄い勢いで突進してくる。荒れ狂う雄たけびと血走る目つき、まるで野生化した狼のようにハリーにはみえた。


 ハリーは怖れをなした。獰猛どうもうになった怪物が、命知らずにも自分に向かって特攻してくる。体がおののき、呪縛を掛けられたように動けないのだ。

「ハリー! 左へけろ!!」

 どこからか、ハリーの金縛りを解いた声が、彼の耳に飛び込んでくる。その言葉通り、突進してくるトグルから、左へ身をかわした。

 突如として、赤く燃えさかる炎の流線が、トグルの身体に浴びせられる。

 トグルの雄たけびが断末魔の悲鳴になった。炎に包まれただるまの様にのた打ち回った。やがて悲鳴が収まると炎はちいさくなり、トグルの身体も小さくうずくるように小さくなっていった。


 炎が飛んできた先にいたのは、ダウヴィの姿だった。彼はトグルのボスがいたであろう場所から火炎放射銃らしきものを手にもち、ふたりを見下ろしている。

「ハリー!」

 彼に向け咄嗟に叫ぶものがいた。

「ダウヴィ!」

「やれやれ、ダウヴィに全部いいところを持ってかれたもんだ!」

 後ろからしわがれた声が聴こえてきた。顔を出したのは、リュック博士であった。

「博士まで」

「あまりにも、帰りが遅いので、迎えに来て正解だったな」

 博士に眼を合わせ、ダウヴィはにこやかに笑顔を見せる。

 リュック博士は、ハリーの腰の部分に銃らしきものをみつめる。

「ハリー、なぜ、腰につけてる銃でトグルを撃たなかったんだ!」

「これは特別な銃らしくってトリガーを引いても、なにも反応しないんです」

 リュック博士は気になる様子でハリーの反応を見ていた。ダウヴィが火炎放射器をかつぎ戻ってきた。

「入り口付近のトグルはあらかた一掃しましたよ! 早いところ出ましょう!」

「そうだな。このシェルターは危険なトグルの住処だ。さっさと帰るぞ!」

「待ってください! 地下にひとり、俺たちが迎えに来るのを待っている人間がいるんです」

 ハリーは大声で叫んだ。反論するように、リュック博士がつめたい言葉を投げかける。

「残念だが、この世界では生き永らえるものが、命をつなげて行く。諦めることだ!」

「そんな……見捨てろと?」

 ダウヴィとリュック博士は、黙ったままであった。

「ロウさん!」

「すまんが、リュック博士の言うとおりだ!」


(俺にはそんなことできない!)


 ハリーはぐっと拳を握り締め走り出し地下へと向かっていた。

「ハリー! ハリー!! ハリー!!! 戻ってこい!」

 シェルターの反響でロウの声が何度となくこだました。

                     2へつづく

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