1-6
ゴーグルとマスクで顔を覆っていたキャサリンは、口元の中ではにかんで笑った。幼少のころからハリーといろいろと学んだことを改めて思い返したようだ。
「キャシー、キャシー、おい、キャサリン!」
いつの間にか、キャサリンは雪の中に埋もれていた。エルシーが、キャサリンの眼を覚まさせようと何度も平手打ちで頬を叩く。
「キャシー、眠るな! しっかりするんだ! あんたはエルシェントに会うんだろ! ヴェイクに元気な姿を見せるんだろ!」
必死に意識を保ちつつ気がつく。
(そうだ、ヴェイクを待たなければ)
キャサリンは気力を振絞り、硬直した身体を起こし立ち上がろうとした。
エルシーは、キャサリンの肩を担ぎながら彼女の歩幅で進めていた。
吹きすさぶ風と雪は、容赦なく彼女たちに襲い掛かってくる。
遠方をみたエルシーは、巨大な建物の影をたしかめた。
二つ目の中継ポイントは、かつて十数年前までシェルターの拠点として機能していたが、エルシェントを率いるアメリカ人の多くは、アルファシェルターへと移動した。年数がたつにつれ、
噂では、エルシーの両親がここにいたらしい。彼女は、倭人の言語であるニホンゴに長けているからだ。
スロープ状に斜め下へと坂道がある。細かいところまで整備されているようだ。雪が踏み固められ、大型の車が通ったようなキャタピラの跡がうっすらと残っていた。
スロープを下ると、巨大な扉があり、左脇には小さい扉が存在している。小さい扉のほうは、ノブ付きのドアだった。
「エルシーさん、ここ、なんですよね?」
「そうさ、キャサリンもここに来るのは初めてかい?」
無意識のうちにキャサリンは頷く。
「私も物心ついたときに来たのは、二度目なんだけどね。聞くところによると元は、四輪駆動車の専用道路が近くを通っていたらしい! 氷河期になってからは、一時避難場所としても使われていたそうよ!」
「でも、ごく最近は車輪の跡からして、このスロープをつかった乗り物があったようですね」
白く覆われた坂道には車輪の跡がくっきりと残っていた。キャタピラにも似た大型の車のようだ。
キャサリンが、エルシーの顔に目を向ける。
「使っていても不思議ではないよ! 私たちと同じ人間だけど違う種族が住み着いたのからだ」
「ちがう種族? 言語が違うという倭人たちのことですね」
「そうさ! 外見は私たちとほとんど変わらない。ただ、ものすごく器用でね。それと、過去にちょっとしたいざこざがあったの。でも、大丈夫よ」
「ここが第二中継ポイントなんですよね?」
倭人の存在は知ってはいた。数週間に一度アルファシェルターやベータシェルターへ行商人たちが訪問することがあったのだ。行商人たちが倭人であった。キャサリンが何度となく彼らの会話を聴く中で、ほんの少しだが言葉を理解できるようになっていた。
今回はこちらが訪問するかたちになった。キャサリンにとっても倭人の居住区域に入るのは初めてのことだった。すこし興奮しているようだ。
「大丈夫さ。私の顔は代表にはわかっているわ。エルシェもホルクも代表のことは知っている」
スロープ下の錆びれた扉を開き、なかへ入っていく。扉の横には巨大な格納扉がある。いかにも数十センチはあるだろう分厚い扉だった。
五分後、エルシーが倭人の代表者と一緒に扉から出てきた。エルシーは、英語とは全く異なる言語でキャサリンと隊長たちの説明を行っているようだった。
「中で待機しても構わないそうよ!」
エルシーは隊員たちのほうへ言葉を投げる。
「よかったですね! でも、ヴェイクは?」
「倭人の話によると彼ならさっき連絡があったそうよ! アルファシェルターに到着したそうだよ」
「よかったわ!」
エルシーの言葉にキャサリンはホッと安堵の顔になった。
エルシーが隊員一人ひとりを扉の中へと促していく。
「さあ、キャシーも」
「ええ」
坂の下から見上げた灰色の空に、ハリーと再会することを願いキャサリンは扉の中へと入っていった。
キャサリン編 Part1 完
Part2へつづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます