1-5

「予定通り出発してくれ! どうやら、あの隊員は次の中継地点までの体力に自信がもてないといっている。私は、彼をシェルターまで連れて行って送ってくる」

 エルシーが、声を荒げ、

「オイ、ヴェイク隊長、そんなにも体力に自信があるようにみえないが? 大丈夫なのか?」

おさを任された以上、隊員たちの安全は常に考えているつもりだ! 急を要する事態なんだ!」

 さげすんだ眼をエルシーに向けていた。

「そういうことを訊いているんじゃない! おまえ自身は大丈夫なのか、と訊いているんだ!」

 目を細めながらキャサリンも心配の表情でヴェイクを見つめる。どうやらエルシーの声で目が覚めたようだった。

「そうよ、シェルターまでUターンして戻ってきて、倭人のところまで歩くのでしょ?」

 彼が疲弊を隠しながらも、笑顔を見せる。

「心配はない。もちろん、体力の配分は考えて、無線も欠かさないように休み休み進むさ。私だって簡単にくたばるつもりはない。ハリーと一緒に体力づくりをしてきたぐらいなんだ」

 ヴェイクは冷静にふたりの顔を見つめる。

 キャサリンには、心配な面があった。確かに彼が言うとおり、ハリーと彼女とヴェイクの三人で一緒に体力づくりをしてきたが、この遠征隊に加わるまでに、ヴェイクには長いブランクがあったのだ。時折、ハリーとベータシェルターへ訪れていたことを除けば、地下で暮らす生き物と同様で野生の勘のようなものは、衰えているように思えたに違いなかった。それに、彼女にはもうひとつ悩みがあった。この先、エルシーと上手くコミュニケーションがとれるかというものだ。

 ヴェイクの決心にエルシーは、

「隊長がそこまでいうなら、私はこれ以上首を突っ込まない。けど、無線機器は常にONの状態をキープしておいて欲しい! 万一に備えて、すぐ駆けつけられるように。私だって……」

 悲しみに打ちひしがれ、少しうつむき続けて、

「私だって、もう人が覚悟を決めて、死にに行くさまを見過ごせないの」

 それまで、男勝りの言葉を発してきたエルシーは、女性らしい双眸そうぼうをヴェイクに向ける。

「エルシー……」

 彼女の過去に何があったのか、ヴェイクには見通せる力はない。だが、彼にも彼女の言いたいことは分かっていた。彼の親しい友人や仲間が、遠征に行ったまま帰って来ることがなく、行方知れずになっていたからだった。

「ヴェイク」

 キャサリンは、運命を呪った。信頼のできる人が次から次へと私の元から離れていく。エルシェント、ハリー、そしてヴェイクさえ。この運命を断ち切りたい。心の底からそう思うのだった。

 翌、早朝エルシーを筆頭に出発の時が来た。

 キャサリンは、惜しむ彼の顔を見つめた。

「ヴェイク、死なないで! 必ず追いついてよ! あたし、待ってるわ!」

「ああ、必ず。かならずだ!」

 薄暗いながらもほんのり明るくなりつつある南の空を眺めた。キャサリンは、その灰色の空を仰ぎながらエルシーの隊へと入っていった。

 降雪はとどまることはなかった。しかし、風は緩やかだった。

 寒さを少しでも和らげようとキャサリンは、歩きながらハリーと過ごした過去の楽しかった出来事を思い描いた。





 彼女がまだ二桁の年齢に達して間もない頃のことだった。

 姉のフリージアの姿もあった。悪ふざけによってベータシェルターの北の方角に陸橋の崩れた場所があった。無謀にもハリーとキャサリン、フリージアが、その大橋で訓練と称して、度胸試しにむかう。

 分厚い防寒具を身に纏い、小さい足跡をつけながら三人は欄干らんかんの崩落寸前の道を橋の手前から向こう側の場所まで行くというものである。

 橋の中心の道路は大きく陥没し、下に落ちればひとたまりもない。渡る前は穏やかだった風が、橋の中心近くまでくると強風が吹き、風向きが突如として変わり始める。追い風が向かい風に変わったことで、危険度が一層増し始める。

 向かい風にあおられ、キャサリンが足を滑らせ落差のある橋の下へと滑落してしまう。キャサリンが滑落したことで、それを追ってハリーとフリージアが続いて滑落してしまった。さいわいにもフリージアが、滑落寸前で何とか橋の上へとよじ登る。

「ハリー、キャサリン! おじさんたちを連れて戻ってくるから待っててよ!」

 フリージアはいそいでベータシェルターへ引き返し、キャサリンとハリーが、橋の下に落ちてしまったことを伝えに行った。

 幸いにもキャサリンとハリーは、防寒具に守られていたために怪我はすり傷程度ですんだ。だが、橋までの高さは、子供では到底登れるものではない。雪を踏み固めるにしてもパウダースノーにより崩れてくる。

 キャサリンは、泣きわめいていた。

「キャシー、泣くな! まだ、死ぬって決まったわけじゃない!」

 ハリーに諭され、彼女は我慢した。しばらくは泣いていたが、悲しみよりも寒さが身体を芯まで凍らせようとしてくる。泣いている涙さえ氷ついてきた

 ハリーは決して諦めた顔をしなかった。自分の防寒着をキャサリンに着せ、雪を掻き分けた。キャサリンはその行動にいぶかしく見つめている。

「ハリー、なにしてるの?」

「お前だけでも助けてやる」

 ハリーは懸命になって雪を掻いて、必死に穴を掘っているようだ。

「えっ?」

「あきらめちゃ、だめだ! あきらめちゃだめなんだ!」

「……」

 キャサリンは黙って立ち尽くしていた。

 掻き分ける手を止めず、ハリーは、キャサリンに語りかけた。

「昔の、むかしの動物って……キャシー、見たことあるか?」

 手袋で懸命にハリーが雪をかき分ける。周りは雪に覆われている。彼女も少しだがハリーを手伝いはじめる。

「え?」

「こんな雪の中でもたくましく生きていたらしいぜ」

「そうなの?」

 彼は穴掘りを止めることなく、夢中で掘っている。

「おれ、義父さんから、知識を学ぶために、前時代の映像を毎日見せられているんだ!」

 いつのまにか、二、三十センチほどの穴ができた。掻き分けた手をとめると、女の子がひとり入れるほどの穴のくぼみができあがる。。

「さあ、入って」

「でも、小さすぎない?」

「キャサリンだけでいいんだ!」

「え? ハリーは?」

「いいんだ! 入って」

 無理やりにハリーは、彼女を押し込む。

「えっ? え?!」

 ハリーは、窪みを背中にしてキャサリンを雪の中に閉じ込める。

「俺の背中に、キャサリンの暖かさが、伝わってくる。お互い、寝ないようにがんばろう! きっと、フリージアが助けを呼んできてくれる」

 ハリーは、前時代の映像の一部始終をキャサリンに語りかけた。

 キャサリンもそのつど、質問を投げてくる。どんな動物がいたのか、どういう暮らしぶりをしていたのか、食べ物は、夜はどんな風だったなど、好奇心が絶えない。

「ハリー、あたし、星空を見てみたいなぁ」

「緑が戻れば、きっと見ることが出来るよ!」

「緑がもどれば……?」

 穴の上からエルシェントの叫ぶ声が聴こえ始める。

「おーい、ハリー、キャシー! 聴こえるかーっ」

 いくつもの懐中電灯の光が、穴の中をてらす。

「お、おじさーん!」

 ハリーは立ち上がり、両手を大きく振る。キャサリンも穴から出て、めいいっぱい大振りし自分をしめした。

 エルシェントは、乗ってきたスノーモービルに頑丈な縄をくくりつけ、数人の大人と一緒にハリーとキャサリンの穴へと入ってきた。

「ハリー、キャサリンも無事か?」

「お、おじさん、早いところキャサリンを……」

「ああ」

 ハリーは、気を失ってしまう。長時間雪の中に埋もれたことで、凍死寸前までハリーの体温が下がっていた。

 キャサリンは、ハリーの身体を心配していた。

 シェルターに帰ってからも、ハリーに付き添い一緒のベッドで目を覚ます。

 (誰が怒られているのだろう)

 どこからか怒鳴り声が聴こえてくる。

 エルシェントとフリージアの声だったのか、どんなことで怒っているのかまでは、キャサリンにはわからなかった。

                       6へつづく

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