1-4
ヴェイクはシェルターの入り口付近で二班に分けていた。それぞれに班長を決め、A班、B班と呼ぶ。
A班には、エルシーが隊長になる。彼女は、経験を持ち男勝りの性格で三十代半ばだった。年齢の衰えを感じさせない乾いた性格で、白黒をはっきりさせないと
B班には、ヴェイク自身が班長をつとめ、キャサリンは彼の後ろを歩くようになった。彼のキャサリンへの想いが感じられた。
雪原をひたすら歩く中で、キャサリンはハリーがどんな想いで遠征隊に参加したかったのか、どういう立場で気象タワーを目指そうとした時、なぜ、自分を参加させないようにしたのか。この遠征が終わる頃に答えが導き出されるのでは、と自問した。
ゴーグルとマスクに覆われたヴェイクの背中をみつつ、遠い灰色の雲の下にいるハリーの顔をキャサリンは思い浮かべた。
雪はやむ気配すらかんじなかった。
重い足取りを白い平野につけてヴェイクとともに第一の中継ポイントを目指した。
ヴェイクは三十分ごとに隊員の様子をチェックしているようだ。道のない道を方位磁石を頼りに歩いていた。その都度、キャサリンも彼の行動に寄り添い、見守り続ける。ときおり、風の方向が急に変わることもあった。隊員たちの迷子も考えられる。常に体調が万全とはいえないこともありえるからだった。
歩き始めてからどのくらいたったのか、最初の中継ポイントが吹雪のむこうの先に小さい影として見え始める。
ヴェイクは、吹雪の中立ち止まりキャサリンを待った。
「キャシー、もうすぐだ!」
ヴェイクは、前方に指を差した。指した方向には、ポツリと建物らしき影がある。
ゴーグルを外し、肉眼で小さい黒い影があるのをキャサリンも確認できた。
ここまでは順調に進んできた。だが、油断はできない、キャサリンに慎重な足取りが続く。
前時代に存在していたとされる建物の半壊した部分が、目の前に見えてくる。建物の内部で祈りを捧げていた場所であろうか、崩れた祭壇が雪に埋もれている。辛うじて崩落した屋根の下に、風雪を遮る場所があらわれた。
エルシーが扉のある場所へと足を踏み入れる。彼女に続き次々と隊員たちが、屋根付きの場所へとあらわれた。すぐさま火をおこすための準備をはじめた。
建物の後方には起伏が盛り上がった大地が広がる。数十年、やんだことがない雪のためか、針葉樹林の森さえも見る影がない。あるのは、白い平野が砂漠の丘陵のように広がる隆起した大地だった。
既に、A班の班長エルシー隊は全員が、中継ポイントへたどり着いたことを確認したようだ。火の起こされた場所に集まり、輪を作っている。
遅れてB班のキャサリンのみが姿を見せる。
「エルシーさん」
「無線で聞いたわ。コネコちゃん、あんたはここで待機してな!」
防寒着に身を包んだエルシーは、ヴェイクのもとへと向かおうとする。
「いいえ、あたしももう一度もどります。エルシーさんが迷子にならないように」
強がりをみせつつキャサリンは彼女にさけんだ。
エルシーは鼻を鳴らす、
「もどるのは、あんたの勝手だけど、足手まといはゴメンだよ! まあ、あんたの匂いがないと、私もヴェイクのところに行くのは面倒そうだけど」
キャサリンを背に、建物の入り口にエルシーはたち、「案内、お願いするよ」と背中で呟いた。
「はい!」
キャサリンは最後の言葉が、彼女の本音なのではないか、とそう感じたように思えるのだった。
数十分後、エルシーを含むB班のメンバーが建物内に入ってきた。
すぐさま、重い荷物を振りほどきキャサリンは、隊員を背負うヴェイクのもとへ寄り添う。
「ヴェイク! しっかり!!」
ヴェイクの
A班、B班ともにエルシーの声に耳を傾けている。
キャサリンが負ぶさっていた隊員とヴェイクにすぐさま駆け寄り、正気を取り戻させる。火のそばまで寄り添った。放っておくと、一時間もしないうちに、凍死の怖れがあるからだった。
突然倒れた隊員は、雪原の環境に慣れていないということだった。寒さと荷物の重さが体力を急激に低下させてくることを甘く見ていた結果らしい。
エルシーは舌打ちをした。甘い考えの持ち主が、いまだに遠征隊員にいることへ不満を感じているようだ。
ヴェイクは班員たちの前で降りしきる雪と風のある中、持ってきた簡易式のテントを隊員たちと素早く張り、少しの間休憩を取らせ、体力の回復をまったと説明する。
キャサリンはエルシーに手伝ってもらうため、呼びに来たのだった。
闇夜が近くなるのがはやかった。
残骸から乾いた板切れをかき集め、焚き火を起こした。雪の勢いは強まり、辺りが静けさと共に刻々と薄暗さを侵食していった。
「今から歩き始めるのは危険だね! 幸い、建物の瓦礫から種火が消えることはない。交代で少しずつ眠って体力を少しでも回復させ、明日の進行に備えることにしようか!」
ヴェイクに代わりエルシーが、隊員たちに話しかけた。いわば副指令のような役割で隊員たちの信頼関係も厚かった。彼女はヴェイクよりも頼り甲斐があった。
キャサリンはヴェイクの傍で寄り添っていた。
「ヴェイク」
キャサリンにとって彼が頼りだったようだ。ヴェイクも彼女が頼りにする存在だった。だが、第一関門となるまえに、こんなことになるとは、と彼女には不安が過ぎったようだ。
気がつくと、髪を触るヴェイクの姿があった。彼は目を覚ましていた。キャサリンはいつの間にか眠りに落ちたようだった。
エルシーは、ヴェイクを呼び寄せた。キャサリンもふたりの会話が気になり、薄目で彼らの内容をぼんやりと聞いていた。
「ヴェイク、隊員の具合はどうなんだい?」
うーん、と唸り具合の優れない隊員の方をみつめる。続けて、
「いきなり過酷な環境に放り出されたことで、身体が慣れず体調不良を起こしている可能性がある」
エルシーも、考え込んでいる様子だ。
「そうか、明日はなるべく早くココを出発したいんだが、難しいね」
「というと?」
「第二の中継ポイントは、例の倭人だから、交渉に時間がかかると思ってね」
なるほど、と呟きリング型機器の簡易表示マップを開いた。ヴェイクは何か模索し考え込んだ。少しして、倒れた隊員のところへ行き、具合の様子を話し込み始めた。ヴェイクがエルシーの元へと戻ってきた。
ヴェイクに覚悟の顔があった。
5へつづく
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