1-3

 ヴェイクが壇上から隊員たちに号令をかける。

「聞いてくれ! 今、支給した通信機は、通信範囲が限られている。各自、なくさないように十分注意してくれ!」

 ヴェイクは、隊員たちにルートを知ってもらうため、旧式の大型の3Dマッピングシステムを起動させる。アルファシェルターからごく限られた範囲の地上の簡易的なマップが表示される。だが、ふるい所為せいか表示崩れや、一部全く表示されていない場所、表示の乱れ場所もあった。

 マップ上には、シェルターに相当する場所が赤い二重丸で表示されていた。

 ヴェイクが左端上方を指し示す。

「いいか、よく頭に入れておいてくれ!」

 マップ映像を触ると、周辺が拡大した。

「我々は、ここを出発し……」

 左下端に赤く点で記した箇所が現れた。点から指で下方向へと滑らせていく。

「この鉱山跡地まで移動する。途中、中継ポイントとして三箇所の休憩場所がある」

 左端上と左端下の中間に、三点の赤い点が現れた。

「直線距離にして、鉱山跡地までおよそ三十キロほどだ! このマッピングシステムが旧式タイプだ。昔と違い起伏や陥没の場所があるだろう。くどいようだが、途中なにが起こるかわからない。それに夜の進行は不可能と考えている。雪原の中での休眠もなるべくなら避けるつもりだ」

 ヴェイクは、キャサリンと眼が合う。キャサリンは、軽く頷いた様子だった。

「天候によっては、大幅に予定の日数を越える事も考えて欲しい。緊急の場合には、シェルターに引き返すこともやむを得ない」

 再度、キャサリンに眼を向け、

「とくに、キャシー」

「はい!」

 隊員たちの眼がキャサリンに集まる。

「君は、長期の遠征には、なれていない。自分の体調はしっかりと管理するんだ! 雪原の中では自分との戦いだ! 自分で判断し最善の行動をしなければ命取りにもなりかねない」

 キャサリンは、今まで以上にヴェイクの心構えをしっかりと刻み込んだ。

「はい、心得ているつもりです」

「途中でお荷物はこまるぜ!」

 男の隊員から野次が飛んでくる。

「そうとも、せいぜい足を引っ張ってくれるなよな」

 彼女は完全に隊員たちからは浮いた状態だった。

 キャサリンは、ぐっと堪えていた。男たちはさげすんだ眼で嘲笑っている。

「ヴェイク隊長、ほんとに、こんな小娘を隊に加えるのかい?」

 隊の話にまぎれこませ、エルシーもあざとくヴェイクに言いかかってきた。

「心配はない。経験こそないが彼女は強い信念を持っている。エルシェントに育てられ、ハリーとも訓練をしている。エルシー、君とも同じほどの度胸は持ち合わせているはずだ!」

「うむ!」

 と、わずかながらにホルクがうなずく。納得したのか、ヴェイクの発言にエルシーは、沈黙した。

 彼女は舌打ちをした。

 それ以上、反駁はんばくする者はいなかった。キャサリンには、ヴェイクとホルクのみごとな牽制けんせい攻撃にうつったようにみえた。


 説明はさらに続いた。雪原での歩く順や、注意点を細かく確認していく。中継ポイントでのルール、危険域への立ち入り、鉱山跡地へついた後の対処などさまざまなことをヴェイクは説明した。

 キャサリンは、雪原でのルールや注意点を今まで以上に頭に叩き込んだ。ハリーがいた頃に口癖のように交わした会話が、今になってようやくわかったように感じたようだった。

 ヴェイクが説明のたびに、隊員からの質問があるかを確認していく。そして、説明の最後の質疑応答になった。

「これまでの中で何か質問はあるか? これが最後の質疑応答になるぞ」

 部屋の中に緊迫感が漂っている。それをいとも容易く打ち破る挙手があった。ベテランの遠征隊隊員、エルシーだった。


「エルシー、なにか?」

 間の抜けた声でエルシーは、二箇所目の表示崩れの場所を指で差す。

「はい、中継ポイントの二箇所目にあたる場所って、倭人わじんの住居場所ですか?」

「ああ、確認は取れていないが、倭人と接触することになるだろう」

「ヴェイク隊長は、倭人とのコミュニケーションとしての言語は話せるんですか?」

 ヴェイクはぴくりと身体を震わせ、一瞬焦り顔になる。

「い、いいや。片言ぐらいなら話せるが、誰か話せる者がいれば、通訳を買って出て欲しい」

 ホルクがヴェイクに近づく。隊の中からはおい、おいと野次が飛んできた。

「ヴェイク、私が言語を話せる。あとで、倭人の居住区域に無線連絡をしておこう」

「はい、よろしくお願いします」

 キャサリンが、恐るおそる手を上げた。

「あ、あの、あたしも少しぐらいなら言語を勉強したので、役に立てる範囲でお手伝いします」

「コネコちゃんが出しゃばらなくても私が対処するわ! これでも、言語は得意なのよ!」

 高飛車の声とともに、彼女の反応に怖れをなしたのかエルシーが口答えする。

「おお、エルシーが……君も通訳になるなら、心強い」

 ホルクが笑顔になった。ヴェイクも頷きを見せる。

「ほかに、あるか?」

 周囲を見渡し、ヴェイクは質問の挙手がないことを確認する。

「よし、解散だ! 明日の朝五時にシェルター入り口に集合! 遅れるな!」


 翌朝四時。仄暗い中にカンテラを携え、シェルター入り口を照らし出す。

 外気からの気温より、隊員たちの熱気でわずかだが湯気が立ち込めていた。そこにはキャサリンの姿はなかった。

 扉を激しく大きいノックする音が聴こえてくる。

「キャサリン! キャサリン!」

 ヴェイクの声だった。心配して見に来たようだった。

「はい! いま、いきます!」

 振り返り、部屋を見渡した。

 準備を整えたキャサリンは、扉の前に立ち、深呼吸をして心を落ち着かせる。

 ここをでたら、ハリーと同じで、しばらくこの部屋に戻ることはない。感慨にひたり部屋に向かい、ハリーの似顔絵に、いってきます、と呟いた。


 入り口にはホルクの姿もあった。ハリーを見送ったように、キャサリンにも門出を祝うといったところだろうか。

 ヴェイクを先頭にして隊員たちは、重さ数十キロにもなる荷物を背負い始める。

「ホルクさん、行ってまいります」

「キャシーを、エルシェントの救出を頼んだぞ!」

「はい!」

 ヴェイクは元気のいい一声をホルクになげた。

 ゴーグルを装着すると、降りすさぶ雪の中を隊員たちに号令をかけ歩き始める。

 私の冒険が今ここからはじまるんだ! と、キャサリンの胸に万感の思いがこみ上げてきた。

                   4へつづく

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