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 仮の部屋で身支度を整えた。キャサリンは、鏡を前にして肩まで伸びきっていた髪の毛をバッサリと切り落とし身軽にした。彼女にとっては決意のあらわれであった。幼少の頃は、姉のフリージアに髪を切ってもらったことがあったのだ。

 ベータシェルターから持ってきた荷物の整理をすると、合間を縫って自分独自に描いたハリーの似顔絵をじっくりと見つめる。元々、絵を描くことは嫌いではなかったが、道具がなかったのだ。暇があると、洞窟のやわらかい土の上に何かしらの絵を描くことがあった。

 珍しく物資の中に、旧世代で使用されていた絵を描くための品があった。

 ハリーがいる時、彼女は彼の似顔絵を描きたいとせがんだ。じっとしていることが苦手だったのか、ハリーは、キャサリンが筆を取っている間も、顔の表情を何度も変え、キャサリンを困らせた。

 キャサリンは自分の覚束ない態度は、ハリーの容姿にあるのではと思い、髪を切らせて欲しいと懇願したこともあった。

 今になってみれば、楽しい思い出になっていた。


 ハリーの似顔絵に向かって、ぜったい、追いつくからね、と心に誓うのだった。

 彼女にしてみれば、エルシェントに再会すること、ハリーの笑顔に会えることがこの時の原動力になったようだ。



 一時間後、キャサリンはホルクに言われたとおり準備を整え、広場へとむかった。

 地下であり狭い空間ではあったが、十人に満たない隊員らしき井出達いでたちの兵士たちがそれぞれに遠征隊の説明を待っていた。

 かつて、集会場として、軍の地下倉庫を改良して使いやすいように工夫しただけのシンプルな空間である。簡易的なテーブルが備え付けられた。いわば会議室のような場所だ。

 隊員たちの多くはクリーム色の軍服をまとい、腰にはサバイバルナイフや拳銃を携帯している。すでに、防寒着に身を包む者まで多種多様だった。


 隊員の中に女性は、キャサリンを含めふたりだけである。しかし、もうひとりの女性は、彼女よりももっと髪は短く、胸のふくらみさえほとんどない。男勝りに彩られた体格だった。顔も男らしいものだった。わずかに女性らしいところと言えば、男性よりも背が低いところぐらいである。

 女性隊員の名はエルシーという。

 周囲からすれば、キャサリンは獰猛どうもうなオオカミの群れの中に、脆弱ぜいじゃくな猫がいるというようなイメージだろうか。

「おやおや、ちゃんが一匹紛れているようだけど、救助隊員として出発するのか? 寒さが苦手だろうに大丈夫なのか?」

 女性隊員にキャサリンは、わざと眼は合さず言い放つ。

「大丈夫ですよ! たとえでも身軽に動けると思うので、いざというときは雪の上でも役に立って見せるわ!」

 キャサリンの強気な発言に、エルシーは、彼女に睨みをはなち立ち去っていく。どうやら、彼女キャサリンが気に入らない様子であった。

 ヴェイクがエルシーとのやりとりを遠くから眺めていた。心配するかのように、ヴェイクがキャサリンの顔色をうかがう。

「キャシー、いい顔つきになってきた!」

 不安な表情でみつめるヴェイクに彼女は、平静な顔だった。彼女が髪を切ったことで覚悟を決めたと理解したようだ。

「ヴェイク」

「エルシーにはあとで言っておくよ」

「安心して、経験の差は覚悟していたわ。それより重い任を任されているんだから、みんなをコントロールできないといけないのでしょ?」


 キャサリンは、彼が自分のことを心配してくれることに感謝していた。ハリーの話では、ヴェイクが三人の中で一番の年上だという。ハリーよりヴェイクが遠征隊の隊長補佐にも近い存在だった。遠征隊に参加するとなれば、一年以上の長期にわたってシェルターから離れなければならなかったため、長期遠征隊の参加を断念せざるを得えずにいたのだ。

 ヴェイク自身、キャサリンを妹と重ね合わせてみているようだった。

 今回の遠征の立候補には決っていたものの、自ら名乗り出ず、ずっと拒み続けた。それを知った妹は、兄の活躍した話を聞きたいと懇願する。妹の望みを叶えるため、立候補に踏み切ったらしい。


 室内に杖をつきながら、ホルキード・ヴォード・パリティッシュが、一段上の壇上にのぼる。隊員たちを一望できる位置に移動した。

「みんな、よく集まってくれた。アルファシェルター代表として深く感謝する」

 ホルクは、隊員たちに深々と一礼する。

「聞いての通り、ベータシェルターが襲撃された際に、生き残った人々がいるという情報を知った。その生き残った遭難者の救出に向かってもらいたい。救出遠征隊の責任者を紹介しよう」


 ホルクは、隣にいたヴェイクに目配せで、位置を譲った。壇上の位置を譲られ、右から左へと顔をみてもらうため動かしながら、彼は自己紹介をはじめる。

「ヴェイク・バウンドです。この救出遠征隊の指揮を執ることになった。責任者は私になるが、各自責任ある行動をお願いする。よろしく」

 ヴェイクさんよぉ、と隊員の中から野次が飛んでくる。みるとヴェイクよりも経験の豊かな男たちのようだ。

「おまえ、雪原の遠征経験はあるのか? なよなよして頼りないぜ」

「ホルク代表、大丈夫なのか?」

 隊員の一人がホルクに文句をいってくる。

「ヴェイクはこれでもかつて、東の山脈まで旅した経験がある。今回行く南西方面にも精通した人物だ」

 隊員の中からは、ブーイングするものまでいる。

「雪原の中を、隊を組んで歩くのは、容易なことではないことぐらい諸君らも心得ているはずだ。まだ諸君たちと比べ、経験は浅いかもしれないがこれだけは言わせて欲しい。この世界を生き残るのは分け隔てのない協力者が必要なんだ! いがみ合っていては生き残れない。それだけはわかってくれ!」

 ヴェイクの力強い講釈に隊員一同が沈黙に伏された。

 キャサリンも彼の力強い口調が心に染み渡ったようだ。ハリーの遠征とちがい十人以上いる隊員たちだが、外に出た時点で、たとえ経験者でも脱落者がでるとも限らない苛酷な環境なのだ、と死を覚悟の上で臨まなければならないと心に誓うのだった。

「ヴェイクの言うとおりだ! 雪原の中では何が起こるかわからない」

 目配せでホルクに合図を送る。

「よし、みんな集まってくれ! これから通信機を支給する」

 どさりと用意された大袋の中に、腕輪型の機器が入れられている。旧世代に作られた骨董品ではあるが、通信機としての役割には、欠かせなかった。

 一人ひとりに、ホルクは手渡していく。隊に参加できない彼が、必死になり方々からかき集めた唯一の品物だった。彼にとって見れば期待感を込めた一瞬であった。

 受け取る順番がキャサリンになりホルクは、容姿の変わった彼女に改めて期待を込めた。

「キャサリン、弟のエルシェの救出、頼んだぞ!」

「はい!」

 最後に並んでいたヴェイクが彼女に話しかける。

「私が命に代えてもエルシェントさんを救出しますよ!」

 自信に満ちあふれた顔で、ホルクに言い寄った。

                    3へつづく 

 

            

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