主人公:キャサリン編 PART1

1ー1


 キャサリン・シェーミットは、泣き喚いた。何故、ハリーは私を連れて行かなかったのだろうか、原因があったのだろうか、と自問自答を繰り返した。

 ハリーのいた部屋にひとり残されたキャサリンは、ベッドの上に座った。


 すぐさま、部屋を出ると彼女はハリーの義父ちちであるホルキード・ヴォード・パリティッシュにハリーを追いかけたいと申し出る。

「キャサリン、やはり諦め切れないようだな!」

「……」

 ホルクの出した答えは意外なものだった。

「ハリーを追う気持ちもわかるが、君にとっていい知らせがあるんだ!」

(いい知らせ?)

 訝しく小首をかしげる。

 ホルクは思わず笑みを零した。ホルクにとっても心配していたことだったのだろう。

 とっさにキャサリンは気づいた。


「ホルクさん、いい知らせって? 義父さんが生きてたの? 見つかったの?」

 ホルクは頷いた。キャサリンにとって願ってもないことであった。

 義父さんに頼み込めば、もしかしたらハリーのもとへ。

「だがな、キャサリン」

 ホルクが彼女を見て雲行きのあやしい表情をみせる。

「すぐに逢えそうにないんだ」

「どういうこと?」

「君はおそらく知らないだろうが、ベータシェルターから南西に鉱山跡地がある」

 ホルクはしっかりとキャサリンの眼をみつめた。

「そこで私らが迎えに来るのを待っているらしいのだ」

「コウザンの跡地?」

 彼女自身、本当に初めて聞く場所だった。

「どうして、そんなところに?」

 ホルクはうなっている。考えているようだった。

「連絡を受けた者からの報告だと、どうやら、シェルター内で襲撃される前に暴動が起こったらしいんだ!」

(暴動?)

 暴動、と言うホルクの言葉に何か思い当たる節が、キャサリンにはあった。首謀者と言える人物が頭に浮かんできたのだ。ハリーが滞在していた時に、彼が再三にわたってエルシェントに警告を促していた人物ではないか、キャサリンは直感でそう感じ取った。

(まさか、あのひとが……計画した?)

 キャサリンは、いてもたってもいられなくなった。もし、あの人なら狙いはハリーが持っているメモリーチップかもしれない。義父さんと親しかったはず。

 アルファシェルターから連絡やなんらかの方法で、の存在を知ったのではないかと推測した。

 もし、それをが知ったとするなら、遠征隊の阻止を狙っても不思議ではない、と結論がでた。

「ホルクさん、鉱山跡地へ救助隊を派遣するんですよね? それならあたしも……」

 だめだ! と、強くもあり、ホルクの情のこもった口調がとんでくる。

「気持ちはわからないでもない」

 幾分、やわらいだ声で諭す。

「だが、キャシー。お前はまだ、雪原の厳しさを熟知しているわけではないだろっ! お前に、もしもの時のことを考えると……」

 困った表情をみせるホルクは、右足をさすっていた。キャサリンはそれでも引かず、強く訴えかける。

「ホルクさん! お願いします!」

 その時だった。ホルクが男の気配にきづく。


「失礼します。代表、お呼びでしょうか?」

「ヴェイク……」

 大きい声とともに男が入ってきた。凛々しくも精悍せいかんとした眼差しに呆気にとられ言葉を失った。軍服を見事に着こなしている。キャサリンはこの入ってきた男を知っていたが、凛々しい姿を見たのは初めてだったからだ。

 男の名は、ヴェイク・バウンドという。ハリーと並ぶ、かつての訓練兵だった男だ。キャサリンもハリーとアルファシェルターに着いたとき、紹介された遠征隊の一員だった。

「ヴェイクか」

「大よそ、呼ばれたわけはだいたいわかりました」

「聴いていたのなら話は早い。救出部隊の任で人が必要になった。君に連隊の責任者を任せたい」

 ヴェイクは横目で彼女を見合わせ、すぐホルクに視線をもどす。

「ならば、私から提案があります」

 ホルクはいぶかしげにヴェイクを見上げる。

「ホルクさん、もし、救助隊を出すおつもりなら、彼女を加えてもらえないでしょうか。キャシーはまだ遠征隊には不慣れな点がたくさんありますが、彼女なりに努力しています。ハリーと訓練をしてきて性格を良く知っているつもりです」

 ヴェイクはホルクの双眸そうぼうをみつめ、強い口調で訴えかけた。

「それはできない!」

 一蹴するホルクの言葉に、憤怒となってヴェイクは怒鳴り散らす

「どうしてですか?! 彼女はベータシェルターであなたの弟を父親と慕い育てられてきたのですよ!! あなたは弟が心配ではないのですか?」

「もちろん、心配だ! エルシェは環境に順応しやすいし、誰よりもお人よしな面がある! あいつだって、シェルターの代表として責任を全うして、もう、数十年になるんだ!」

「だったら、親の苦労を見て育った彼女の気持ちもわかりますよね? あなただって、アンソニー博士からハリーを預かって育てていたんだ! 誰よりも心配しているのは、彼女自身なんですよ!」

 ヴェイクとホルクの言い争いに、キャサリンは終始黙ったままだった。彼女は彼の必死さに頼もしさを感じた。

 キャサリンは、彼に自分と同い年の妹がいることを聞いていた。話では病を患っているらしいということだった。

 そうはいってもな、と再びホルクは苦い顔でうつむく。

「ホルクさん!」

「ホルクさん! お願いします」

 キャサリンは、懇願こんがんしもういちど訴えた。

「駄目だといっても、行くつもりなのだろう」

 深いため息の後、ホルクに半分諦めの表情が見える。だが、厳しい眼にすぐ切り替わる。キャサリンが嬉しさのえる表情にかわる。ヴェイクも嬉しさの顔になった。

「ただし、条件がある」

「条件? ですか?」

「遠征隊の一員になる以上、自然との闘いだけではない。自分を守らなければならない! そして目的を持つことが大事だ!」

「もちろん、わかってます。雪原を乗り越え義父さんを、見つけここに無事戻ってくること」

 ホルクはかぶりを振る。

「えっ? 無事戻ってくることじゃ?」

「たしかに無事に戻ってくることも大事だが、ベータシェルターの住人たちも一緒に保護をし、戻ってくることなんだ! キャシー、できるか?」

 ヴェイクには、不安の表情がよぎる。ホルクは、キャサリンの答えを真剣に受け止める覚悟の目があった。

「どうだ? 覚悟があるか?」

「はい、あたし、やります! もう一度、義父さんに会うために」

「わかった。もう私からは何も言うまい。今後は、ヴェイクの指示で動くんだ!」

 振り返りキャサリンは、ヴェイクをみた。


(ヴェイク)

「改めてよろしく、キャサリン」

 握手を求めてきた。応えるようにキャサリンが彼の手を握り締める。熱のこもった力強い握手だった。握手ひとつで力の差が、歴然としていることにキャサリンは動揺を隠せない。

 ヴェイクは、元軍人と言われた士官に育てられているからだろう。

「キャサリン、私のやりかたはハリーとは違うからな。たとえ女でも遠征隊の隊員として対応してもらう。大丈夫かい?」

 最後の口調は、柔らかかったが威厳のある声でキャサリンを牽制けんせいした。

「ええ、ハリーには何度となくしかられたので覚えているわ!」

 ホルクは、キャサリンに近づき、

 肩に力が入りすぎてる、と両手で彼女の肩に手を当てる。

「いつ、いかなる時も軽はずみな行動をとらないようにな。君もハリーによく似て、ときどきとんでもない行動を起こすことがある。まあ、大概たいがいはそれが、好転に向くのが君の長所でもあるかもしれないが……」

 キャサリンは、ホルクの言うとんでもないことの意味が分かっていた。時々だが、彼女には不思議な勘が働くことがある。逃すと災厄の事態が起こるという、その危機の一歩手前で、好転に返すチャンスを知る能力があった。幼少の頃に体験したことがあったのだ。

「はい、ホルクさん、心得ています。さっそく、出発の準備をしてきますね」

 キャサリンは、一礼すると部屋を出ようとする。

「キャサリン!」

 もう一言、ホルクが言い放つ。

「一時間後に広場に来てくれ! 今後の遠征隊のルートや説明をみんなで話し合っておく!」

 すぐさま振り返り、切れのいい返事を返した。

「はい!」

 ホルクは軽くキャサリンを眼で見送ると、ヴェイクに二言、三言付け加えた様子だった。

                    2へつづく

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