1-5

 扉をでると、ロウを先頭にあたりを警戒した。

 トグルは倒したとはいえ、殺したわけではない。殺害の一歩手前の半殺しに近いはず。いつ目覚めるか分からない。

 階段付近に倒れていたトグルの姿が見えなかった。目を覚ました後、何事もなかったかのように、移動したのだろうか。行動範囲が見えづらかった。

 壁に沿いながら、常にトグルの接近に警戒し、少しずつ廊下を移動する。うろついているはずのトグルの姿がなかった。

 おかしい、とハリーは思った。俺たちが気絶させたのはせいぜい三人くらいのはず。奇妙な危機感を抱いた。シェルターの入り口が近かった。

「なに? この臭い……?」

 リンがつぶやいた。


 入り口の方からだろうか、とてつもなく強烈な血生臭い匂いがたちこめている。近くにいるだけで、吐き気をもようしそうになってくるほどだった。

 トグルたちであった。おどろおどろしく、とてつもなくおぞましい光景だった。やつらは夢中で口を動かしている様子だ。あるものはよだれをたらし、あるものは大口を開き、咀嚼そしゃくを繰り返す無気味な音が聴こえてくる。薄暗い中で、口の周りに赤とも黒とも思しきものが付着しているようだった。

 壁の角から奥を覗くと、数人のトグルが、人間の骨か動物の骨かわからないような肉をむしゃぶり喰らいついている。強烈な血生臭さにその場にはいられない。

 リンの顔が、異様な光景を見るように歪んでいる。数ヶ月シェルターにいながら、初めて見る奴らの食事風景を口と鼻を抑えながら見ているようだ。

「おい、どうする。あそこを上らないと地上には出れないぞ!」

 ロウはハリーに策を求めるような顔で、問いただす。

「あそこの他に出口はないのか?」

 鼻を抑えつつ、

「確実とまではいかないけど……」

 と、彼女がうつむきつぶやく。

「ここにはいられない。とてもじゃないが……」

「うん」

「そうだな。気づかれないように離れよう。ここに長居できない。気持ち悪くなる。一旦、バリケードのある医療室まで戻った方が良さそうだ」

 やむなくハリーたちは引き返した。



 ガンマシェルターの内部に入りすでに三時間以上経過する。

 バリケードで囲われた地下の場所までハリーたちは戻った。中はこじんまりとしたものが多くある。この時代では滅多に見られないものまであった。女性らしい化粧道具だった。幸いなことに、医務室が近くにあることから、苦労しながらもパイプベッドを持ち運んだようである。どこから持ち込んだのか、ふたりがけのソファまで置かれている。簡易的に食料を保存できる冷蔵袋や非常用なのか、ベルト付きのサバイバルナイフまである。

 わずかな光りをたよりに、備え付けのテーブルへ古ぼけたガンマシェルターの見取り図を拡げる。しかし、その見取り図は、ずいぶん古く中氷期以前のもので、図面としての価値がないほどボロボロになっていた。辛うじて、入り口と医療室、そして配管の通る地上へのもう一つの位置がわかる程度であった。


 ハリーは掘りかけた配管への出口を見せて欲しいとリンに頼んだ。彼女は拒む気配もなく彼を案内した。

 手掘りで掘った道を背を縮めながら進んで行く。土質の中に粘土が含まれているために、採掘にむかない工具や武器類を使うと土がこびりつき、時間がかかってしまうようである。さらに周りの土に混じり砂利や小石が散乱していた。ハリーは思いっきりため息を吐いた。

 手っ取り早くトグルのいる出入り口を通るしか外にでる方法はない。トグルと戦闘になることは避けられない、ハリーは覚悟を決めた。


 リンの小部屋へと戻ったハリーは、ふたたび大きいため息を洩らす。

「体力温存のために、すこし寝ておいたほうがいい」

 リンがハリーにそう言うと、小さい棚の置かれた引き出しから、カプセル剤をとりだす。ハリーとロウにひとつずつ手渡した。

「ビタミン剤だ! 食事としては味気ないけど、我慢するしかない」

「リン、今何時ごろか分かるか?」

 ハリーは、シェルター内に侵入してから、どのくらいの時間が経過したのかが気になった。砦で待っているダウヴィやリュック博士に、なんとかして連絡を取れないものだろうか、と考えていたからだった。

「ここに侵入して、外との連絡が途絶えているからな」

 ロウも同じ考えだった。彼もなんとか砦に連絡できないものか悩んでいたようだ。

 小さく息をはき、

「気持ちはわからないでもない、ここに入ってから既に三、四時間は経過している。あんたたち、眠くはならないのか?」

 と、リンが問いた。

「ああ、まだ眠くはないな」

 ハリーとロウは、互いに見合って同意見だと頷きあう。

 彼女は今の時間を知っているような口ぶりで肩をすくめる。不思議そうな顔で、ふたりをみつめた。

「やせ我慢は身体に毒だぞ」

「べつにやせ我慢しているわけじゃないんだ」

 苦笑いの表情でハリーは、リンをみつめる。

「そうか……」



 リンが傍らにある真っ黒な六角形がたの箱をもてあそびながら、

「そとはもう真っ暗のはずだ! トグルの行動から推測して夜になっていても、不思議じゃない と思う。一日中地下にいると分からなくなるから、この『クロノスボックス』という道具で、常に時間の概念は把握しているけど」

 彼女がハリーとロウを交互にみる。

「あんたらはどうやって概念を図っているんだ!」

 ロウは、自慢げに答えた。

「概念を図るにも、文明が滅んでからは、ほとんど個人の感覚で動いている。つまり……」

 被せるようにハリーが続けて、

「つまりは、野生的にってことだ!」

 リンはふたりの人生観に妙に納得しているようだった。

「あと、一、二時間は平気だ!」

 まったく眠そうにない表情でハリーはリンにこたえる。

「そういうことなら、交替で見張りをしよう! あいつら夜間にも襲ってくることがある」

「リンは平気なのか?」

「いいや、平気じゃない。だけど、一時間ぐらい寝れば自然に目が覚める。野生の警戒感かもな」

「よし、決まりだ!」       

 一時間ごとに行われた。年功序列よりもレディファーストで、リン、ロウ、ハリーの順番になった。



 見張りの交替の時間がハリーに回ってきた。

 突然ものすごい地鳴りが地下中にひびく。シェルター全体に身体に感じるほどの揺れがあった。

「なんだ!?」

 何が起きたんだ、と言わんばかりだった。ロウは落ち着いて寝られなくなってしまう。地鳴りに慣れていないハリーやロウには、恐ろしく感じた。地上とちがい、閉じ込められた空間で地面に震動が伝わってくるのだ。不安にさいなまれた。


 トグルの行動を把握するため偵察に行っていたリンが戻ってきた。

「おちついて!」

 ハリーたちは動揺を隠しきれずあわてふためく。

「最近、地震が多い。それにあわせて、トグルの行動も活発になっているんだ!」

「活発に?」

「時間からかんがえて、夜明けも近いはず」

 夜明けが近いのであればあとは、トグルの襲撃を切り抜け、湖の砦へと向かうのみだとたかをくくった。


「リン、トグルの様子はどうだった?」

 ハリーは、不安な顔でリンの様子をうかがう。

「陽動をかけないと外に出るのは、難しいかもしれない。七体のトグルとボス級のヤツが一体。見た目からにして、骨が折れるとおもう」

 リンが強い口調でつづけて言い放つ。

「ボクが奴らを出入り口から引き離すからその隙にボスを叩いて」

「いや、ダメだ! 君がこのシェルターから脱出することも俺たちの仕事なんだ!」

 反論の声はハリーだった。

「けど、それならボスを倒した後に、助けに来てくれればいいじゃないか。トグルの行動をよく観察しているボクなら、陽動もかんたんにできる」

 ロウは困惑した表情で、

「しかしだな……」

 ハリーに目を向けたが、黙っていた。

「奴らは普段の俺たちの数倍の食欲がある。連中の食に対する強欲さはみただろ! それに、匂いにも敏感だ! 必ず上手くいく」

 彼女はひとりで何人ものトグルを相手に出来る自信があるようだった。

 それでもハリーやロウには曇りのある表情だった。不安があったからだ。

「危険な賭けだが、やるしかないか!」

 ロウが叫んだ。

「閉鎖空間の危機的な状況下では、危険な賭けしか存在しないのかもな」

 ロウはハリーに目を向ける。

 ハリーはため息を吐くも黙ったままだった。

            ハリー編 PART1 完

                PART2へつづく

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