1-4

 通路に出たハリーたちが、奥に左右に分かれた通路が見えることに気づく。

「リン、マッピングシステムのある部屋はどっちの方向だ?」

 突き当たりに向かって進む中、ロウが彼女に声をかける。

「右の方向。そっちに進むと左手に上りの階段があるから、上った先の部屋だけど、階段の傍に例のトグルが見張りをしているんだ」

 通路の角から、リンが右方向の通路をゆっくりと覗く。

「ボクひとりでも闘えないことはなかったんだけど、やつら、ボクの身長の数倍あるから、捕まったら一貫のおわりだとおもって」


 彼女の意見が賢明だとおもった。経験からすると、トグルと言う化物人間は、もともと肥大化した人間なのだろう。貪欲のあまり、人肉にむさぼりを憶えてしまい、その味に執着した食欲の化物だ。豊かな食生活からどん底に落とされ、さらに食料に飢えたこの時代では、かなしい人間の運命サガなのかもしれないと、かんがみた。一歩間違えば、自分もトグルとおなじ運命にあったのではないかと、ハリーは己の理性の強さに感謝した。

 通路と階段に陣取っている。

 ロウとハリーも階段の傍にいるトグルを確認した。

「リン、君は拳銃を使ったことがあるか?」

 腰に巻いたガンベルトらしきところから、ロウはオートマチック製の拳銃を取り出す。

「えっ?」

 ロウがリンの掌に拳銃を乗せる。

「いいか、君の言うような凶暴性をもつトグルなら、俺たちをみつけると襲ってくる可能性がある。君の推測と合わせて俺たちの推測から考えると、誰かに脳を操られていることも考えられる。万一のことを考えて自分の防衛のために、拳銃を所持していた方がいい」

 リンは拳銃をつきかえした。

「無用だよ! これでも鍛えているから、ちょっとやそっとではやられたりしない! それに……」

 リンは言いかけたが、ロウに拳銃をつき返す。ロウは無理やりにでも持たせた。

「万一のためにだ! 自信過剰は良くない。護身用に身につけておけ! 俺たちが、お前を守れないことも十分にあり得るんだ。最後の防衛手段でもいいんだ!」

「リン、年功者のアドバイスは素直に受けるべきだぞ!」

 ハリーは強がるリンに一言いい放った。

 渋々とした表情で納得したのか、彼女は受け取った。


「ここからは俺たちが先行する。ハリー、いいな」

 ハリーとロウは指の動きと口の動きで、トグルとの間隔を詰めていく。階段の傍にいたトグルをロウは背後から襲い、首をひねらせ行動不能にする。次に警戒を怠らず静かにハリーは、階段を登り、途中の踊り場で階段の上にいるトグルを確認する。

「クリア(OK)だ! さあ、早く!」

 ロウは手で招き、階段傍までリンを歩かせた。

 左右の警戒を怠ることなく、リンをハリーの待つ階段の中途の踊り場へ歩かせる。

「リン、どっち側の通路になる?」

 リンは指で右の方向を差した。

「右の通路の突き当たりの指令室が、3Dマッピングシステムがあるところになる」

 ハリーは少し妙だと感じた。トグルたちが操られているとはいえ、すでに誰かが手回しをして指令室に入らせないようにしているのでは、と推測をしてしまう。


 ハリーが階段を昇り、通路から来たトグルを背後からおそい、頭に拳銃を発砲しようするが、寸分早く、リンの半回転からのレッグ・ラリアートがトグルの首筋に向かって炸裂する。風圧すれすれにハリーまで攻撃のまき添えになり、刹那せつな、ひやりと彼の全身を襲った。ハリーは脂汗が出てきた。危うく、彼女の太腿の餌食になりそうになる。トグルは嗚咽おえつとともに巨体が倒れた。


 小さい叱責しっせきを持って彼女は、近寄りハリーを睨みつける。

「ハリー、あんた分かってるのか!? こんな狭い空間で大きな破裂音を出せば、鈍感なトグルさえ気づいて押し寄せてくることぐらいわかるでしょっ!」

「お、お前こそ、気をつけろよ! 俺まで攻撃の巻き添いにすることないだろっ!」

「あんたが、拳銃でトグルを撃とうとするからでしょ! 感謝して欲しいぐらいだよっ!」

 これ以上、こんなところで争っても、身の危険にさらされる。空腹も増すばかりだ、とハリーは感情をおさえた。


 冷静な表情を向け反省しているようだ。

「悪かったよ。トグルの特性を知っているあんたにはかなわない!」

 彼女も反省したようだった。

「ボクだって、死にたくないし、必死なんだ! けど……」

 訝しくリンを見つめるが、彼女は押し黙ってしまう。

「けど……?」

 彼女は一瞬迷って、次の言葉を選んでいるようだった。

「いいや、なんでもない。とにかく、目的を達成したら、あんたについていくからね」

「なんなんだよ!」

 憤りを感じるもここでの拳銃の発砲は、控えた方がよさそうだと判断した。



 ロウは騒がしい声を聴きふたりのやり取りに心配な表情をうかべる。

「無事か?」

「はい、リンのおかげで命拾いしました。彼女によると、右の突き当たりに指令室があるそうです」

「急ごう!」

 右の通路を進むと正面には、自動で開閉されるドアが見られる。彼女に確認を取り、指令室がここで間違いないことを悟る。

 どうみてもドアらしいのだが、自動開閉で開く類のもののようで天井部にあるセンサーで感知するようだ。だが、押しても叩いてもビクともせず三人は、ドアの前で途方にくれる。

「おかしいな。トグルは難なく入っていくところを見たのに」

 彼女は以前見た光景を思い出しているようだった。

 ロウはぼやいた。

「まいったなぁ。ここまできて。リン……」

 彼女にドアの特性とトグルの音の敏感度を確認する。

 拳銃をドアに向け、発砲の体勢をとっている。あれほどの言い争いで発砲は控えるつもりであったが、目的を目の前にして達成できないことにハリーは少しいら立ちを感じ始めていたようだ。

「拳銃で発砲音を出して、トグルはどのくらい押し寄せてくるものなんだ?」

「お、おい。発砲はやめておけ!」

 ロウは拳銃を手でおさえ、下にさげさせる。


 眉をしかめ、彼女は考え込んでいる。

「想像がつかない。でも、この扉、オートマチックの拳銃で破壊できると思ってる? もう少し、頭を使うべきかも」

 何かを思いついたのかトグルに近づき、リンがすぐに扉を振り返る。

 倒れているトグルを引きずり、ドアの前まで連れて行こうとしている。

「何やっているんだ? リン」

 リンの重そうに引きっている姿をロウは横目でみて、

「もしかしたら……?」

 と彼は呟いた。

 ハリーも、考えに気がついたようだ。引き摺る傍らで、トグルが奇妙なアクセサリーを身につけていることに気づく。送受信可能な機器のようなものだった。彼は、受信機器をはずし、ポケットに忍ばせた。

「ええ、この体がそもそものカギかもしれない。ハリーそっちお願い」

「お、おう」

「ビンゴかもな」

 引き摺りながら、ロウが言い放った。

 少しずつだが、扉の前まで巨体のトグルを三人がかりで運んでいる。

「天井部にセンサーがあるだろ? おそらくだけど、体の中にセンサーに反応する機器が、埋め込まれているのかも知れない。ほら、はやく」 

 ようやく、扉の前まで巨体のトグルを運ぶことができた。やはり、リンの思惑通りトグルの体がカギであった。赤く光っていた確認枠の色が、トグルのからだ全体をセンサーに照射したため、青色の確認枠に変化する。


 室内には、煌々こうこうと照明があてられ、隅々まで電力が通っていることがひと目で分かった。

 ハリーが、ただならぬ不安感があったのは、巨体のトグルが、電力を操れるほどの知能を持っているとは考えづらいと思ったことだ。インプラントされた開閉用センサーの機器でさえ、トグル同士でできるほどの知能を持っていただろうか、疑問が頭を過ぎる。地下に巣くう元人間のなれの果てで、地上には出ることなく過ごす彼らは、人間の死体から肉をさばき、自らの食に繋げている。彼らを操れるとすれば、やはり知能を持った同じ人間なのではないか、と彼は考えた。


 室内の中央に、3Dシステムを操作するほどの空間が設けられていた。近くにある機器でリンは手早くマッピングを起動させる。

 数分後、ガイド音声とともに、現在の場所と五十キロから百キロ圏内の地図が3Dマッピングに表示される。上側を真北にみつつ、そこにはガンマシェルターを中心に、右下に『凍らない湖と砦』。左下箇所、五キロ地点に『アルファシェルター』『ベータシェルター』並列して表示されている。そして、東の七十キロから九十キロ地点に、南北に連なる山脈の表示がある。さらに、東側、画面右端『LOSTZOON《ロストゾーン》』と大きく表示され、黒く塗りつぶされていた。

 さすがに、山脈からはるか東側の地域は、電波の関係上、ガンマシェルターから届かないようだった。


 リンは素早くマッピングシステムのデータをメモリディスクにコピーする。

 室内にはほかに真新しいものはなかったが、やはり、トグルの知識のみでは準備ができない道具類が散らばっている。

 トグルを影で操る存在におそれを感じた。

「用は済んだ! やつらに気づかれないうちに早くここから脱出しよう!」

 リンの一声にハリーたちが、奥に左右に分かれた通路が見えることに気づいた。

                   5へつづく


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