1-2

 急斜面を隊は、気をつけながら下りていく。百メートルほど先に、湖面が広がった湖が見えてくる。

 近くには棒状の機械らしきものが、湖の岸辺を囲むように並べられ、雪に深く差し込まれている。湖面からはほんの僅かだが、湯気が立ちのぼっていた。

 岸の近くまで滑り降りたハリーは、島からくるモーター音を聴き逃さなかった。数年前にもエルシェントに連れられて、湖には来た事があった。久しぶりに逢うリュック博士は元気だろうか、再会にむねが膨らむ。

 モーター付きボートが横付けされると、人型アンドロイドらしきロボットが運転席からおり、桟橋で隊たちを出迎えた。

 技術的特異点シンギュラリティの時代に作られた骨董こっとうロボットだが、当時のAIプログラムを兼ね備えている。


 容姿は風変わりで滑稽こっけいだった。人間と寸分、変わりない長身でぶあつい防寒着を着こなしている。性別は判断がむずかしい。顔はフードをかぶり、人間のように目や口の形は見える。が、形だけである。全身機械の部品なのだ。歩くたびにどこかのランプが点灯した。腕や胴の身体が細身であることから、おそらく男性として造られたのであろうことが見てとれた。

「ヨウコソ、オイデ下サイマシタ。はりー様! オ久シブリデ御座イマス」

「久しぶり、マイケル。リュック博士は元気かい?」

勿論モチロン、相変ワラズ、がらくたノ山デ発明ニ没頭シテイマス」

 隊たちも驚きはせず、気軽にマイケルに声をかける。

「いつものように、博士のところまで案内頼むよ!」

「了解デス」

 ハリーたちは荷物を肩から下ろすとボートに乗り込んだ。


 湖の幅はどのくらいあるのだろうか、ボートで進むと風車のような塔が島の中央から見えてくる。水しぶきをあげ、先には洞窟らしき人工物が口を開けていた。その方角へとボートが進む。安全を考慮してか、マイケルは、スピードを抑えながらボートを操っている。中へと吸い込まれるように入った。左右上からは明るい電灯で照らされ、さらに奥へと進んでいく。

 ボートを止め、波止場に着くと一行は、重さ数キロの荷物をふたたび担ぎマイケルの案内のもと、建物内部の廊下へとむかった。

 走行車両の通過ができるほどの大きく分厚い格納ドアを通っていく。

 元は何かの研究施設だったようなのか、長い廊下が奥の方へと続いている。途中の壊れたドアの向こうには、実験室の装置が無残に転がっているのがみえた。


 格納ドアを抜けた廊下は空調が効いている。ハリーたちにとってすぐには、身体が温度に馴染めないでいるようだった。厚手の防寒着を着ていたハリーたちには汗がにじみ出てくるほどであった。

「やけに暑いな」

 ダウヴィが呟く。自慢げにハリーはダウヴィを見た。

「湖に囲まれていて絶えず風が強いのでおそらく、強力な風力を利用して電気を起こしているんだと思う」

「ダウヴィは忘れているかもしれないな」

 ハリーの横からロウの声が廊下に反響する。何度も訪れた彼にはダウヴィの表情が滑稽にみえた。

「ダウヴィも知っているだろ。ここの地下には、温泉が湧くところもあるんだし、地熱を利用しているんだろう。唯一のエネルギー小国なんだ」

 続けてダウヴィが呟き、

「それにしては暑すぎるだろ! 空調設備がイカれてないか? エネルギーが有り余っているからといって使いすぎやしないか?」

「スミマセン。空調ノ修理ガ、行キ届イテイナイヨウデ」

 彼は防寒具を脱ぎ、身軽になる。

「マイケル、気にすることはない。自然のエネルギーの恩恵で、外とは比べようがないほど快適になっているだけでも感謝しなければ」

 廊下には、監視カメラが上方に見える。各フロアごとに配置されていた。

 ダウヴィはマイケルにたずねた。

「ところで、マイケル」

 先頭を歩くマイケルは、三人歩く方向に顔だけを百八十度むける。足は立ち止まることなく、ナンデショウカ? と機械音で応えてきた。

「ずいぶんと手際よく迎えに来れたな。ひょっとして最近、人の出入りがあったのか? センサーのようなものが設置されていたが」

「アア、ソウデスネ。最近、物騒二ナッテキテイルモノデ」

 訝しくロウが小首を傾け、ダウヴィとハリーも顔を見合わせた。

「ソノ件ニ、ツキマシテハ、後ホド説明イタシマス」

 マイケルの応答に、ベータシェルターと同様に予期しないことがあったのだろうか、とハリーは感じた。無理もない、このと言う人型アンドロイドに戦闘能力があるわけではない。こんな世界になってしまった以上、自己防衛は必須であった。


 エレベータを降り、地下数十メートルの研究室へとハリーたちは導かれた。湖に囲まれた島の地下深くにどうやったら数十メートル、数百メートル地下に研究施設を造れるのだろうか、とハリーは改めて感じた。


 中氷期以前の文明は、それほどまでに地下にこだわりを持っていたのだろうか。書物や『シャシンキ』と呼ばれる装置は、見たことがあったが、それほど豊かだった文明がどうして雪に閉ざされた世界になったのだろうか。ハリーは文明の滅んだ理由が知りたかった。雪に埋もれた暗黒世界ディストピアをどうしても終わらせたかったのだ。


 研究室の扉は、センサーで開く自動ドアだった。手前に立ち止まったアンドロイドのマイケルは、扉が開かれたことを確認すると歩き始めた。奥にはガラクタの山がみえた。囲まれた手前に、乱雑に置かれた机が実験器具とともにある。そのすぐそばには初老の白衣姿の男が忙しそうに呟いていた。彼は両手で頭をかきむしっている。

 近くまでマイケルがハリーたちを案内した。

「博士、はりーサン達ヲ、オ連レシマシタ」

 博士と呼ばれた中年男は、マイケルの声に気づいている様子がない。白衣姿のまま机にしがみつき、なにやらぶつぶつとつぶやいている。一心不乱なようで振り返りもしなかった。髪は尖ったようにボサボサである。男の背中からは、見るからに近寄りがたい匂いが漂っていたのだ。

「博士、りゅっく博士!」

「なんだ、うるさい! 黙ってろっ!」

「怒ラレテシマッタ!」

 マイケルの落ち込みように、ハリーが慰めの言葉をかける。

「そんなに気にするな! 博士は研究に没頭すると、周りの音をうるさく感じるんだ! 暫く待って、立ち上がったら声をかければいい」

 ハリーやロウ、ダウヴィには、以前訪れた際に、リュック博士の性格がつかめていた。

「はぁ~、ソウイウモノ、ナノデショウカ……」

 マイケルはいまだにリュック博士の性格が把握できていないようである。

「マイケル……」

 振り向くマイケルに、ハリーは問いかける。

「博士が落ち着くまでにこの近くにあるガンマシェルターとの通信はできないのか?」

「ハイ? 通信デスカ?」

 躊躇ためらうマイケルに訝しげにハリーは、彼を見つめる。

「どうしたんだ?」

「ソレガデスネ、博士ノ話デハ……」


 マイケルの話を聴き入ったハリーは、エルシェントの言っていた人間本来のを思い出し、背筋から来る震えが頭に上ってくるのを感じた。ガンマシェルターが襲撃を受け壊滅し、廃墟になっているというのだ。

「そんな。じゃあ、ひょっとして人の出入りがあったのは?」

 ロウが言うとダウヴィは、顔を見合わせる。

「ハイ、がんましぇるたーノ住人ガ、一時的ニ、ココへ避難シテイタ痕跡デス」

「一時的に避難? 彼らは東に向かったというわけだな」

 ロウが考え込む。

「シェルターをてたということは、誰も残っていないことも考えられるんだな」

 ダウヴィはロウの意見に同意し、頷いた。



 ガンマシェルターには、ロウらにとって何かしら特別な思い入れがあったのかもしれない。だが、ハリーは一度も訪れたことがなく、どういう特徴があるかだけを聞かされたためか、感情的になれないでいた。

「ダウヴィ、たしかあそこには高性能の3Dマッピングシステムがあるということを聞きましたけど? 生存者さがしも兼ねてメモリーチップに保存すれば、今後の旅に……」

「いいや、それはあまりにも危険すぎる。ハリー、いくら生存者さがしとはいえ、化物と化した人間が相手だ! あまりにも……」

 ロウはうつむき黙って考え込んでいた。反論の様子さえない。

「逃げ遅れた人が、まだシェルターに残っているのかもしれないのですよ!」

「落ち着け、ハリー。行ったところで私らが奴らの餌食えじきになるとも考えられるのだぞ!」

「じゃあ、見捨てろと言うことですか!? 遠征隊の役目はこういうときに発揮されるのでしょ? そのために毎日訓練をかさね、サバイバル術も身につけている。今はひとりでも多く生存者を確保しないといけないのではないのですか?」

 憤りの表情だが、冷静な口調でロウとダウヴィをにらみつけた。


 研究室の扉へと向かいはじめていた。

「まて、ハリー!! ハリー!」

 ロウが必死にハリーを呼び止める。マイケルもハリーへと詰め寄る。

「おまえ、まさかひとりで?」

「危険スギマス。マダ、狂気ト化シタ人間ガイルカモシレナイ」

「危険であることは百も承知です!」

 ロウは改めてハリーを見つめる。

「お前だけを危険な目にさらすわけにはいかない。私も同行しよう! 水先案内人は必要だろう」

「ロウ大尉、正気ですか?」

 ダウヴィはロウの行動に疑問を持っているようだった。

「相手は得体が知れない殺人鬼たちの棲家すみかなんですよ! 同じ人間でありながら、食料のために人を襲撃する異常集団の中に飛び込もうと言うのですか?」

 声を荒げロウの感情を刺激させた。

「ダウヴィ、考えても見てくれ。同じ人間でも彼らも生きることに必死だからこそ、やむを得ずそうしているのかもしれない。こういう食料難の時代になりさえしなければ、決して起こりはしなかったことだと思わないか? それに、ハリーはガンマシェルターに一度も訪れたことがない。彼にとっていい機会だ。いずれにしても、この旅であの獰猛な人間と対峙するときは避けられない。今から慣らしておくには丁度いいはずだ!」


 ダウヴィは黙っていた。反駁はんばくの口をひらこうとはしなかった。

「ダウヴィ、マイケルと一緒にアルファシェルターへの連絡を頼む。時間を持て余すようなら、マイケルの日々やっていることの手伝いでもいい」

「ロウ大尉!」

 不安な表情をダウヴィは浮かべる。

 ロウは彼の肩に手を乗せ、

「そんな顔を見せるな。俺たちはかならずここに帰って来る! 向こうの無線システムが壊れてなければ、ここに連絡を入れるさ」

 渋い顔をみせたが、ダウヴィは次の一瞬で決意の現れる顔へと変わりロウに敬礼した。

「イエッサー! ご武運を」

 元軍人であるダウヴィの習慣が出てしまったのか、軍人時代の敬礼をパンツァロウに向ける。彼もまた元軍人の習慣により、ダウヴィに敬礼でかえした。

「ハリー、くれぐれも慎重に行こう」

「はい!」

 ロウの言葉に重みを感じた。父親の残していった銃をホルダーに収めると研究室をでた。

「はりーサン、ろうサン、湖ノほとりマデ、オ送リシマス」

「ああ、頼む」


 ハリーとパンツァロウは、翌朝早い時間にマイケルの操作でボートに乗り込むと湖の辺へと移動する。必要最小限の荷物を持ち、ハリーたちはガンマシェルターのある北西へと足を動かし始めた。

                     3へつづく                                                 

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