主人公:ハリー編 PART1

1ー1

 雪原に数人の人影が、暴風雪にあらがっている。

 男たちは、最初の経由ポイントである輸送ヘリコプターの残骸が残っている方角へと、道のない白い地平線を隊をなしあるいていた。

 わずかに目印としてあるのは、かつて、巨大な建造物があったであろう痕跡だった。鉄塔や高速道路の残骸、ショッピングモールの屋上、鉄橋の一部分などである。


 凍える風が容赦なく隊員たちを襲い、身体の体温を根こそぎ奪っていく。足元を確認しながら、一歩また一歩と確実にあゆむ。全身に白い粉がまとわりついていた。背中には、身長よりも高い荷物を背負っている。

 隊の先頭をあるくハイリン・ヴェルノには、進む方向がわかっていた。10代半ばにロウの遠征隊に加わったことでわずかながらに方角感覚が身についていた。果てのない白い大海原を経験と勘だけが頼りだった。

 防寒着に包まれているが、雪の冷たさと疲労により、もはや足の感覚が麻痺している。脳がまるでなにも受け付けないほどに真っ白い。

「ハリー、おい。ハリー、おい!」

 後ろを歩いていた隊員のダウヴィに肩をたたかれる。彼は前方に指をさした。

「もうすぐだ!」

 黒い物体が見えた。


  正気をなした。あまりの寒さに脳にまで冷たさが上っているようだった。

「ハリー、最初のチェックポイントだ!」

 目の前に軍で使われていたと思われる輸送ヘリコプターの残骸の跡がみえた。既に、とぶ気配すら感じないしかばねの移動機械が、静かに彼らを迎える。途中で墜落したか、あるいは、燃料切れで放置したか。当時の面影はまったく分からない。鉄の塊の上部には、数年前に訪れたときよりも雪が積もっていた。


 幸いにして埋まってはいなかった。数ヶ月に一度の割合で、遠征隊のように旅をするやからがいるためか、中継地点になっているようである。扉付近は半壊しているが、中に入れば直接の雪、風ぐらいは防ぐことが可能だ。雪原の中の、唯一の安息地だった。

 着いた、と絞り出すかのような声で安堵をこぼした。

 ベータシェルターを出発したのが昼間であったが、すでに暗闇が近づいていたためだった。雪原のなかを周囲の視界ゼロで歩くのは、自殺行為に近い。


 幼少の頃の凍死寸前になった自分の過去を振り返る。凍える平原にうつ伏せのままうずくまり、死を覚悟した瞬間ときだった。


 聴こえないはずの父親の言葉が、聴こえてきた。


『ハリー、お前はどんな困難にあっても、生きろ。生きるんだ! お前の手で緑の大地を蘇らせるんだ!』


 人の大声がかすかだが聴こえてくる。

「おーい、子供が倒れているぞ!」

 シェルターを飛び出したハリー少年は低体温症にかかっていた。近くをエルシェントの部隊が通りかかったことで、一命を取り留める。その部隊の中には、偶然にキャサリン・シェーミットの姿があった。

 エルシェントに負ぶさり、ベータシェルターの医務室へと運ばれた。

 まもなくしてハリーは眼を覚ます。

「ここは……?」

 彼には見たことのない医務室に戸惑いを受ける。部屋に居た幼いキャサリン・シェーミットが、彼の不安な顔を和らげようと、明るく声をかけてくる。

「あ、気がついた? 隣のお部屋にいるお義父とうさん、呼んでくるね」

 彼女の顔が近寄ってきた。優しい表情の彼女は、ハリー少年にとって天使に見えた。




 ダウヴィに肩を揺すられ、目を覚ます。半壊したヘリの隙間風から、外の暴風雪のうなる音が響き聞こえる。

 どうやら眠っていたようだった。

「ハリー、交替だ!」

「ああ……」

 容器を片手に隊員のパンツァ・ロウが、ハリーを見つめ、表情を窺ってくる。湯気の立つステンレスカップを受け取った。

「夢でも、見ていたのか……?」

「はい、子供の頃、助けてもらった時のことが、ふと甦ることがあって」

 エルシェントやみんなは今どうしているだろうか、アルファシェルターのキャサリンの安否も気になった。ベータシェルターが何者かに襲撃されることを予見していたのかさえ、今さらながら感じていた。

 この上ない罪悪感にさいなまれていた。ベータシェルターの内部の損害は大きかった。何者かの襲撃があったことは確実だった。おびただしいほどの血の量が、純粋な白い平原を染めていた。地下のシェルター内に辺り一面を覆いつくし、死体が転がっていたのだ。周辺には、血生臭い匂いが異様な光景に拍車をかけた。まさに地獄絵図だった。


 地下内部から明らかに盗まれたものがあった。旧世代の缶詰と大量の弾薬そして、種子である。ベータシェルターもアルファシェルターと同様に旧軍事施設からなる場所であった。そのため、武器や弾薬が大量に保管されている。氷河期を迎える以前、大規模な災害の最中で高度文明のセキュリティは、修復不能まで陥り、人為的に守衛を立たせる以外ほかになかった。

 生きるかなめとも言える武器や将来食糧になり得る種子が、盗まれたのである。


 パンツァ・ロウは、容器に満たされた飲み物を飲み干し、苦い顔をハリーに向ける。

「ベータシェルターに余程の思い出が、お前さんにはあるようだな。希望を持て。強くなるんだ! 私が見た限り、あの男が簡単にくたばるとはおもえない!」

 ロウのいう『あの男』とはエルシェント・ウォード・パリティッシュである。親しい友人なのだ。


 ハリーはカップに口をつけ、少しずつ口許くちもとをうるおした。

「ロウさん、俺もエルシェントさんはどこかで生きていると信じています」

「うむ、一刻も早く次の目的地であるシェルターにたどり着き、アルファシェルターに報告しなければならない。私たちの目的は、後戻りの許されない運命なのだ。君の持つ手紙然てがみしかり、装置然そうちしかりだ!」

 ベータシェルターの調査を終えた時点で、アルファシェルターに連絡を入れるべきであったのだが、アンテナの損傷と無線の破壊により不可能だった。やむを得ず、ハリーたち一行は、アルファシェルターに戻ることを諦め、前に進むことを決意する。幸い、東の山脈にあるイプシロンのシェルターにたどり着くまでに。経由ポイントがいくつか存在する。

 雪原を進める時間は限られており、早朝から出発し夕方前には着かなければならなかった。真夜中の視界は、遭難や事故の恐れが非常に高いからだ。

 今居る輸送ヘリコプターの残骸も経由ポイントの一つである。


 夜明けを迎えようとする時刻だった。暗黒の暗闇の中に、うっすらと明るく灰色の雲が広がり始めていく。雲が覆う。雪はやむことはなかった。

 幾分、昨日の暴風雪が穏やかになり足取りは、ほんの少し軽く感じられた。隊を組み、南東を目指し歩を進めていく。次の経由ポイントを目指した。

 しばらくすると前方に急角度に拓けた視界が入ってくる。湖だった。凍ることはなく、盆地のように山岳に囲まれている。湖の中央付近だろうか、ポツリと島らしきものが確認できた。

 ハリーの顔に安堵と笑みが浮かんだ。着実に歩んでいることへの嬉しさがあった。

            2へつづく                                            

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