明日も雨が降るように

「それじゃあ、今回の作戦の説明だ。今回は前回と同じところを襲撃する。また、それに伴って、食料の収集はしなくてもいい。適地を破壊することの方を優先しろ」


 前回から、間を開けず同じところを襲撃する。そして、リーダーの台詞。つまり、近いうちにその街を滅ぼして、生産設備を奪う。そういうことだろう。今回は、爆弾と言っても、通常のものと焼夷弾が用意されていた。その代わり、バックパックに空きはない。

 きゅっと、僕の腕が握り締められる。アリシアだった。無言で頷き返す。絶対に生きて帰ろうと。


「全員、マスクはつけたな! それでは行くぞ!」


 リーダーの掛け声に合わせて、雨の中へと歩を進める。ぴちゃぴちゃという音が少しずつ町から遠ざかっていく。ところどころにある地面から突き出た廃墟の跡を乗り越えていく。


 今日は、雨が弱いようだ。視界はあまりきれいではないが、それでも平時よりは幾分ましだ。


「止まれ」


 先頭を歩いていたマイケルが静止の合図をかけると同時にリーダーが静かに声をかける。マイケルは耳がいい。何かを聞き取ったのだろうか。


「どうした、マイケル」

「10時方向に、敵がいる。気づかれていないようだ。距離、400メートルほど。目視した」

「聞いたか? 野戦だ。散開しろ」


 ピッっと、一瞬緊張が張り詰めて、そして徐々にほどけていく。どうやら、他の町を狙う集団と鉢合わせたらしい。殲滅するしかない。奇襲が可能なら、恐らくそれは可能だろう。


 アリシアと共に、左翼側へと移動する。遮蔽物の陰へと身を宿した。どうやらリーダーも近くに陣取るらしい。頼もしいな。


「攻撃しろ!」


 リーダーの声で一斉に爆弾が投擲される。それから、機関銃を掃射。気づかなかったのか、驚き戸惑っている雰囲気が伝わってくる。


「突撃だ、私に続け!」


 リーダーが突っ込んでいく。その声に合わせて、僕も遮蔽物から身を躍らせる。一気に距離を詰めて、敵の喉をナイフで掻っ捌く。そのまま死体を盾にして、銃を撃つ。


「撤退だ! 撤退しろ!」

 敵のリーダーらしき人物が中央付近で叫んでいる。後ろではアリシアも爆弾を投げ込んでいた。リーダーが弾幕の中を見えているかのように避けて突っ込んでいく。それに怯えた一団に、弾道の雨を浴びせた。


 たまに、こういうことがある。別の場所を襲撃しようとしている敵と遭遇することが。だから、どこでだって油断はできない。今回はこちらが奇襲する側になったけれど、いつ立場が入れ替わるとも変わらないから。




 人数が同等なら、奇襲を受けた側は圧倒的不利だ。数分もたつ頃には、こちら側の勝利が確定的になっていた。それでも、死者はいる。アリシアがそれでないことは救いの一つだ。

 ただ、爆弾を大分使ってしまった。補充用のものは町にあるが、これでは襲撃は心もとない。引き返すことになるだろう。目の前でリーダーが様子を確認している。


「よし、殲滅は終了したか。被害を確認したら一旦引き返す……」




カシャッ




 何か、音がした。そう遠くないところで、誰かが銃を構えたような、そんな音が。


 振り返る。敵が、1人、残っていた。


 慌てて焼夷弾を投擲する。だけど、それが弧を描いて、落ちる、その前に。




 タァーン




 一発、甲高い、銃声。鳴り響く。そして、


 血が、噴き出していく。背中から。放物線を描いて、そして、その小さな体が。




 リーダーの小さな体が後ろ向きに倒れていく。




 ドゴォォォン




 火炎瓶が敵の頭を燃やす。だけど。


「リーダー!」


 リーダーの胸からは血が噴き出していて、制御を失ったように倒れていった。


「しっかりしてください!」


 駆け寄った僕の手の中で、力なく、笑うのが見えた。


「ガホッ、どうやら、私の番が、来たらしいな」

「そんなこと言わないでください!」

「いや、自分のことは一番わかってる。もう、助からないよ」


 血反吐が透明なマスクを赤く染める。何もできない。その小さな体を抱きしめることしかできない。


「なあ、シェーン、頼みがあるんだ」


 近くで戦っていたらしいアリシアがリーダーの手を握る。ほら、アリシアだって、こんなに心配してるじゃないか。


「なんでもやります、行ってください!」

「マスクを、取ってくれないか」

「っ!」


 戦慄した。だって、マスクを取れば、毒ガスに蝕まれてしまう。そうすれば、死が、近くなってしまう。


「いいんだ。もう、私は長くない。最期くらいは、直に自分の眼で、外の世界を見てみたい」

「でも……」


 どもってしまった。手が、動かない。アリシアを見てしまう。




 無言で、頷かれた。


「わかりました。外しますね」

「ああ。コホッ!」


 また、吐血した。


 リーダーが無言になる。じっと、自分の目で、降りしきる雨を眺めていた。


「汚れているな。あちこちに泥がこびりついたままだ」


 何を、返せばいい。僕は、何と言えばいい。


「だけど、すごくきれいだ。とっても、とってもきれいだよ」


 そんな、笑顔を見せないでくれ。笑わないでくれ。残される僕らがどんな顔をすればいい。


「シェーン、アリシア」

「はい」


 目を閉じていく。胸が動いていない。もう、とても苦しそうだ。


「お前らは、生きろ。ちゃんと、戦って、生きろよ。それじゃあ、な」


 すっと、光が消えた気がした。爆発音が轟くのがわかる。




 もう、リーダーは息をしていなかった。すっと、リーダーを横たえる。外で死んだ人間を持ち替える余裕はない。酸性雨が跡形もなく溶かしてくれる。ナイフが墓標代わりになるのだろう。


「温かいよ。まだ、手が、温かい」

「ああ、そうだな。だけど、リーダーは死んだんだ」


 アリシアが認めたがらない理由もわかる。僕だって、認めたくない。


 リーダーは強かった。ものすごく、強かった。18だと言っていたから、8年も戦場にいたことになる。そして、ことごとく生還していた。正面から突撃していって、そして、ぴんぴんしながら帰ってきて、笑っていた。それだけじゃない、部下たちの面倒見もよくて、心も強くて。生きる理由を集めろって、ずっと励ましてくれた。一番重い仕事のはずなのに、臆することなくいつも笑っていて。小さな背中でも、とても大きくて、追いつけないくらい遠くにいるように感じたんだ。


 だけど、本当に遠くへ行ってしまった。手の届かない場所へ、旅立ってしまった。


 嘘だって信じたい。あのリーダーが、あの強かったリーダーが。その弾丸をかわしていたリーダーが、ほんのちょっとした隙に、射抜かれて死んでしまったなんて。そんなはずなんて、ないんだって信じたい。

 だけど僕の手についた血は本物だし、離れていく温もりも現実なのだ。


 ごうごう、と、火炎瓶を投げ込んだところが燃えていた。燃えやすいものがあったのかもしれない。


「そろそろ、班に戻ろう」

「そうね」


 リーダーの鞄だけを持って振り返る。


「あっ!」


 そして、気づいた。


「シェーン、なんなのこれ?」

「虹だ」


 虹だった。丸い、虹が、僕らの目の前に浮かんでいた。背後の炎を光源として、雨に投影されたんだ。


「きれいだな。こんなにきれいだなんて、知らなかったよ」

「ええ、きれいね」


 それは、雨の中とは思えないほどきれいで、少しの間、現実を忘れさせそうなそんな虹だった。誰だって、こんなにきれいな虹は見たことがないに違いない。


「帰ろうか」


 こくん、とアリシアが頷いた。引継ぎをマイケルに済ませないといけない。

 リーダーは死んだ。だけど、僕は生きている。僕も、アリシアも、生き残っている。それは、変わることのない事実だ。




 明日も雨が降るように、戦いが終わることはない。そして、僕らも生きていかなくちゃならない。




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明日も雨が降るように Suzuki @suzuki21649513239

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