小さくて、とても大きなもの
スティーブが死んだ。
襲撃にあって、爆弾に体を吹き飛ばされて、死んでいた。体に大穴があいていて、その目は見開かれていた。大きな爆発が直撃したんだろう。
よくある、ことだ。それは理解をしている。何人もが殺されていく。それが、スティーブの番だっただけ。他に死んでいく人もいるし、僕だって死線の上にいる。親しい友達を失ったのだって、初めてじゃない。スティーブの前にも、何人も喪った。爆弾で死んだり、銃に撃たれたり、落盤に巻き込まれたり、餓死したり。武器工場の爆発事故で死んだ友人もいた。ただ、運が悪かっただけ。僕らはたまたま、運良く生きている。
だけど、胸にどこに持っていけばいいかわからない、暗い感情が染みこんでいくような幻想に陥るのはどうしてだろう。割り切らないといけないはずなのに、捨てずに左手くっついてしまうのはなぜだろう。
わかってる。わかってはいるんだ。そんな簡単なことじゃないって。死んだ人間は戻らないから、その虚無感が埋まることはないことくらい。この戦いが終わらないように、悲劇も終わらないことだって。悲しみという列車が止まらないことくらい。だけど、僕は、僕らは生きているから、それでも生きなきゃいけないから。それにずっと囚われたままじゃ命を落とすから。誰かの分の荷物を抱えて生きることなんてできないんだって。捨てなくちゃいけないんだって。でも、捨てられない。
だから涙は流れるし、炎は燃え続けるし、誰かわからない誰かを許すことはできない。
リーダーは、生きる理由を集めろっていう。だけどそんな簡単に見つけることなんてできない。むしろ、手の中から零れていく砂の方が多い。流れに逆らうのは、川を渡るよりも大変だ。
「おい、シェーン、聞いているのか!」
「あ、すみません、聞いてませんでした」
「ならもう一度言う。襲撃は明日、前回と同じところに行く。それと、アリシアからも報告があったが、集中力が切れているぞ」
「すいません」
自覚はあっても、元には戻らなかった。いけないことだ。それだけ、死にそうになる。でも、避けられない。自己を卑下する感情ばかり募っていく。
「報告は受けている。残念だ。その気持ちもわからないではない。だけど、その分だけ生きるというのも、私たちができることの一つだ。悲しむだけじゃなくてな」
「はい!」
目が、覚めた気がした。そうだ、それだけができることじゃない。僕が生きたところで、スティーブは生き返らなくても、僕の罪悪感は少し軽くすることができる。そんな当たり前のことに気づかないなんて。
「私は伊達に18年生きてるわけじゃない。そういうことだってたくさんあった。それに、部下を喪いたくない。相談くらいは乗ってやる。それで、何がしたいんだ?」
「いや、もういいです。何となく、吹っ切れましたから」
「そうか、なら私は必要ないかもしれないな」
リーダーの小さい背中は、とても頼もしく思えた。
「ねえ、シェーン」
「うわ、びっくりした!」
警戒してなかった僕にアリシアの声がかかる。
「キャロラインが言ってたことなんだけどね」
リーダーが言ってたこと、ということは僕が集中できていないということだろうか。大丈夫だ、もう、前は向ける。心に澱はたまったけれど、少しくらい、あったほうがワインはおいしいらしい。
「その、シェーンさえ、よかったらなんだけど、私と結婚しない?」
「へ?」
予想外。あ、そっち!? 前回の襲撃の前の話だよね。確かにリーダーの話と言えばそうだけど。
「やっぱり、私じゃだめなのね」
「あ、いや、そうじゃなくて、予想してなかったから。その、すごく嬉しいよ。僕でよかったら、アリシアと、その、結婚したい」
「ありがとう、うれしい」
もたれかかってくるアリシアをふと覗き見る。こうして見ると、すごくかわいいなって思う。そりゃ、傷も多いし、汚れているところもある。だけど、すごくまぶしくて、明るくて、癒されているような気になる。近すぎる光は案外気づかないものなんだな。
「そのさ、前回の襲撃の時、私を励ましてくれたじゃない。それが、すごく嬉しかったんだ。だから、今度は、シェーンを励ましてあげようって」
「ありがとう、助かったよ」
優しさに、限度はある。それは、よく知っている。だけど、せめて自分の大切な人くらいは、そのくらいは守れる優しさを持ちたい。
「今すぐは、無理かもしれない、だけど」
「わかった。この襲撃から無事に戻ったら、その時は」
「うん」
2人で頷きあう。一本のラインがピンとつながっていく。
「ちゃんと、生きて帰らないとな」
「ええ、そうね。それじゃあ、また」
一瞬のことで少し唖然とした。頬にキスをされていた。何かを言う前に、アリシアが去っていく。その背中を無言で見送った。
「よお、シェーン。これから忙しくなるな」
「リーダー!? いつからいたんですか!」
アリシアとは違う、女性の声。リーダーがこっちの様子をうかがっていた。
「ずっといたぞ。この幸せ者が。まったくだな」
「盗み聞きなんて酷いじゃないですか!」
「まあ、気にするな。それに、これから幸せ税が増えるぞ。しっかりやれ」
「はあ」
リーダーにポンと肩を叩かれる。この人は、とても大きいな。かなわないと思ってしまう。背丈の高さじゃなくて、心の器というか、そういうものが比べ物にならないや。この人はすごく遠くて、手の届かないところから、僕たちをいやしてくれている。そんな気がする。
「また一つ、生きる理由が増えたな」
「そうですね、確かにそうです。生きて、帰らないと」
「ああ。それじゃあ、な」
生きる理由がまた一つ増えた。探すのはそう簡単じゃないけれど、だけど、とても大切なもの。これのためにも、しっかりと生きようって、そう思える。集中して、戦場に臨もうと思える。きっと、リーダーはそういうことを言いたいんだろう。
「絶対に、生き残って見せる」
一人で決意を口に固めた。
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