「生きる理由を集めろ」

 翌日の夜は来客があった。スティーブだ。


「聞いたよ、明日だってね」

「ああ。集中力を高めるために寝ろとのお達しだ」


 宿舎のベッドにの転がりながら言う。


「死ぬんじゃねえぞ」

「わかっている。死にたい奴なんていないさ」

「そうか、ならいい。俺はこの辺で失礼するよ」

「なあ」


 なぜか、呼び止めてしまった。ひょっとしたら、僕は寂しいのかもしれない。明日死ぬかもしれなくて震えているのか。大した理由がなくても、スティーブにそばにいて欲しいと思う。


「知ってるか、雲の向こうで、星ってものが光っているらしい」

「へえ、そんなものがあるのか」

「ああ、旧時代の書籍に載っていた。昔の人は、その星を繋いで、絵を描いたんだそうだ。そして、物語をつけたらしい。すごく、想像力が巧みだよな」

「確かに、そんなもの、俺たちにはできない」

「それから、星が集まっているところがあってな、天の川というらしい。星の数が多くて、水の流れのように見える、とってもきれいな光景なんだそうだ」


 口をつぐむ。何も話すことがなくなった。けれど、誰かにそばにいて欲しくて。


「一度でいいから、見てみたいって思ったよ」


 見られないことを知っていても、なぜか口にしてしまう自分がいる。生まれたことは後悔しないと決めたけれど、この時代でなければなんて考えても仕方ないけれど。


「シェーンがそういうなら、綺麗に見えるんだろうな。見てみたくはあったな」

「ありがとうな」


 何でもないことでも、愛おしいと思う。いつだったか、リーダーが言っていた。生きる理由を集めろと。これも、生きる理由になるのだろう。


「すまんな。それじゃあ、まただ」

「ああ、また会おう」


 スティーブが帰っていく。きっと、こうやって目をつぶった光景の何倍も綺麗なんだろう。




「昔のある人は言った。生きようと思って戦場に行けば死に、死ぬつもりで戦場に行けば生き残ると。だからお前ら、死ぬ覚悟を決めろ。いいな!」

「はい!」


 リーダーが声を張り上げて檄を飛ばす。小さなバックパックと毒ガス用のマスクに人を殺す用の銃と爆弾。あとは緊急用のナイフ。持っていけるのはそれだけだ。死地に行くには、あまりにも少なすぎる装備、なのだろう。だけれど、それしか、僕らにはない。


「だが、最後に分けるのは、生きたいと思う気持ちだ。生きたいって思いが生死の差を分ける。だから、生きる理由を思い浮かべろ」


 生きる理由。本が読みたい。きれいな景色を見たい。そして、アリシアとスティーブのこと。それから、まだたくさん。たくさんある、生きる理由が。


「よし、お前ら、準備ができたな。それじゃあ、行くぞ。ついてこい!」

「はい」


 襲撃前に、集中力を入れなおす。ここから先は、戦場になるから。


 この毒ガスの雨の中を移動するには、マスクは欠かせない。顔の全面がプラスチックで覆われていて、有害なガスを入れないのだそうだ。なくても即死する、なんて程ではない。だけど、体は急速に蝕まれていき、そのうちに命を落とす。他の町からこの町に帰還するのは不可能になる。だから、マスクは守らなくちゃいけない。

 本当なら、もっときちんとした防護服なんてものがある。だけどあれは珍しいし、数も少ない。使われることなんて、まず、ない。そう言った意味でも、マスクは最後の生命線になる。


 透明なプラスチック越しの視界を進んでいく。雨の音が、人を殺しに行くという罪悪感をかき消してくれそうな気がした。少なくとも、この雨が降り止むことはない。


「よし、3分20秒後、爆弾が爆発する。その後突入だ。一直線に食糧庫を狙え。ただ、生き残ることを優先しろよ。30分後までに戻ってこなければ、死んだものとして扱う。それから、我々と同じ格好をしていない奴は、敵だ。見つけ次第、殺すつもりでいろ。以上だ」


 リーダーが厳かに告げ、6人が爆弾を転がしに乗り越えていく。僕も、腕の中の機関銃をしっかりと確かめた。


 町ごとに、大体の服装は決まっている。真似をして混乱させるようなことはない。そんなことをすれば、町ごと漁夫の利に滅ぼされるからだ。敵は1つじゃないのだ。だから、自分の格好と違うやつは、問答無用で殺していい。


「アリシア、大丈夫だ」

「わかってる」


 ゴオゥゥゥン


「突入!」


 爆発音が轟く。始まった。

 アリシアやリーダーと共に、相手の町の中に入っていく。ここも、地下に都市機能を宿しているようだ。となれば、深く潜るほど、敵が増える。


「シェーン、そっちを頼む」

「了解です」


 リーダーと別れ、アリシアと二人きりでフロアを走る。リーダーたちは下へ。僕らは、この階層の掃討及び探索だ。まだ若いからという理由でそうなっている。既に遠くからはバタバタと足音が響いてくる。襲撃してきたことには気づかれているはずだ。

 アリシアが走る傍ら、爆弾を転がしていく。町には出口が多い。落盤で出られなくなる心配をするよりも、破壊を行った方がいい。


「ッ!」


 銃を乱射する。一人で警戒に当たっていただろう兵士が倒れた。そのまま通路をひた走る。僕らが担当するところに食料はほぼない。あるとすれば囮として置いてある所だけ。それでも、リーダーたちが奪えるように、陽動を、破壊活動を行う。


「いたぞ、あそこに2人だ」

「ッ!」

「転がすよ!」


 遠く、150メートルくらい遠くから視認される。牽制で機関銃を乱射するが当たる気配はない。ただ、向こうの銃弾も当たらなかった。爆音と煙幕が遮断する。それが晴れる前に一頻り銃弾と爆弾を打ち込んで逃げた。


 殺したのか、諦めたのかは知らない。追手はこなかった。


「ここに下り階段が、ある」

「シェーン、どうする?」


 逡巡する。人の足音が聞こえない。罠かもしれない。いや、リーダーたちのせいで手薄なだけかもしれない。なら。


「僕が行く。アリシアはこのまま、この階層で陽動を続けて。時間になれば脱出、いいね」

「う、わかった」


 それだけ聞くと、僕は階段へと身を躍らせた。腕時計は15分ほど経過している。あと5分で、帰還用のアラームが鳴るはずだ。


「ッ、罠か」


 どうやらここは、わざと手薄にして罠にかけさせる通路らしい。だが、わかっていても踏み込むしかない。一旦、爆弾を転がして背後に下がる。後ろの警戒も忘れてはいけない。


 轟音。


 煙が晴れるのを待って煙幕から飛び出す。人がいないのを確認して、罠だらけの廊下を一気に駆け抜けた。後ろで何かがはじける音がした。


 タタン


 近くの壁に弾が着弾する。2時方向からの狙撃だった。走りながら機関銃を構えてばらまく。互いに当たらないまま、遮蔽物の陰に引っ込んだ。

 あれは、ヤバイ。人数が3人いた。対してこちらは1人。自分が犠牲になるつもりなら倒せるかもしれないが、生き残ることを最優先だ。となれば、囲まれる前に逃げる。


 遮蔽物の陰から飛び出す。当たらないように祈りながら、弾丸の雨の中をジグザグに走り抜ける。元来た方向へと。


「ッ!」


 頭が痛い。だが、まだ動ける。かすめただけのようだ。マスクも無事だ。煙幕の中へと飛び込んでいく。帰還を表す合図のアラームが鳴る。これ以上の深入りはしない。帰らなければ。

 階段を駆け上がっていく。さて、来た方かアリシアの向かった先か、どちらにするか。ここまでかなり遠かった。それに、アリシアの方に向かえば、出口がないのなら合流できるかもしれない。なら、こっちだ。


 耳を澄ませる。聞こえるのは、自分の足音だけ。遠くの戦闘音は無視していい。

 十字路。アリシアなら、きっと直進するはずだ。そう思った時、物音をとらえた。ここに、誰か潜んでいる。だからといって、他の安全なルートはない。なら、一か八か。

 爆弾を転がす。そして助走をつけて、爆ぜると同時に煙幕の中に飛び込んだ。相手からは見えない。勘で放たれた弾丸が唸りをあげながら通過していく。


「グハッ!」


 足を、撃たれた。だが、深くはない。受け身を取って転がり、後ろに銃を向ける。ズボンを少し破って、傷口に巻いた。敵は来ない。なら、このまま逃げる。

 少し、走るスピードが落ちたかもしれない。けれど、出口を見つけた。そのまま外へと躍り出る。酸性雨が降りしきる中で、眼に入ってきた光景に叫んだ。


「アリシア!」


 アリシアが、左腕をざっくり切り裂かれて、敵と相対していた。構えている銃が震えている。そんな簡単に玉切れが起こるとは思えないし、撃つのを躊躇しているのではないだろうか。相手は赤い髪をした、幼い少女だ。マスクはない。銃は失ったのか、ナイフを持ち、大腿動脈から血が出ている。


「ウオォォォ!」


 機関銃を乱射する。至近距離で撃ったせいか、少女は銃弾を身に浴びて吹っ飛んでいった。たぶん、殺しきったことだろう。


「大丈夫か!」

「一応、ね。左手も痛いけど動くわ」

「これでも巻いてろ」


 服の袖を破いて傷口を縛る。ここから、集合場所は、あそこか。アリシアも動けるようだ。後ろを警戒しながら進もう。


 集合場所には襲撃もなくたどり着くことができた。


「どうやら、お前らが最後みたいだな、シェーン」

「ええ、怪我はしましたが、2人とも動けます」


 リーダーに報告をする。アリシアの顔はマスク越しで見にくかったけれど、少し落ち込んでいるように見えた。


「ニックとヘレンがいない。それ以外は全員無事だ。それと、マイケルが強奪に成功した」


 ニック・ヒットマン。それから、ヘレン・イワノワ。2人とも、第二班の貴重な仲間だった。ニックは笑顔が特徴的な男子で、ヘレンは僕らと同期で入った仲間。それくらいのことしか知らない。だけど、その2人のことを、悲しんでもいいはずだ。


「今回は、ラッキーだった。それが続くうちに、お前ら! 帰るぞ!」

「はい!」


 リーダーの帰還命令に返事をする。リーダーはきっと、被害が少なかったことを言っているのだろう。一度の襲撃で2人死亡なら、少ない方だ。多い時には10人以上が死ぬこともあるから。強奪にも成功している。でも、2人が死んだことも、事実だ。それに、マイケルが怪我人を担いでいる。止血はしてあるが、右足首から下が吹き飛んでいた。もう、外に出ることはできないだろう。


 それに、アリシアの心理も気になる。あの少女は、ひょっとしたら、いや、たぶん僕やアリシアよりも年下だった。まだ、10歳にも満たない少女だった。そんな人間を殺したのだ。少し、ショックになったのかもしれない。

 けれど、あの目には殺意が宿っていた。大腿動脈を怪我していたし、マスクも外れていた。恐らく助からなかっただろう。そして、恐らく本人もそれを分かっていた。だから、最後の力を振り絞って、1人でも道連れにしようとした。自分の仲間を少しでも楽にするために。きっと、僕でも同じ状況なら、同じことをしようとしたかもしれない。

 それに、彼女は年若いとはいえ、明確な敵だった。その目に殺意を宿し、アリシアを殺そうとした。年齢も性別も関係なく、殺し殺される関係だった。仕方のないことなのだ。生きるために、相手を殺さなくちゃならない。抱いた罪悪感ごと、背負わなければならない。


「昔、ある人が言ったそうだ」


 少し、アリシアに話をしよう。ここにはリーダーもいる。少し話をするくらいは大丈夫なはずだ。それよりも、アリシアのためにしてあげたい。そう思う。


「人を殺してはいけませんって。そして、それを広めようとしたらしい」

「馬鹿みたいな話ね。それで、一応聞くけど、その人はどうなったのかしら?」

「死んだ。人に殺されたらしいよ」


 やっぱり、と言った様子でアリシアが溜息をつく。


「愚かな話だよな。人を殺さないのは、殺さなくても済むときだけだ。普通に戦争をしてたらしいぜ、その時もな」


 人が、人を殺す。それは、必要なことだから。それをするななんて、無理なことだ。たとえそれを悪と言われようとも、僕らは、人を殺す。限られた人を守るために。


「優しさなんてもので守れるものにはさ、限界があるんだ。優先順位だってある。そこに、誰かを割り込ませることなんてできない。誰かを守りたければ、守らないものを殺す。そういうことだ。守り切れないもののことを考えるより、守り切ったものを考えた方がいい」

「それは私も同意だな。反省することは大事だが、後悔はしちゃいけない。前を向いて生きろ。生きる理由を探せ」


 リーダーが割り込んでくる。


「そうですよね、わかりました」


 少し、アリシアの姿勢が上向きになった気がした。




「おい、何かおかしいぞ」


 誰かが言う。帰還してきた町は、入り口が残骸とかしてきた。


「おい、マイケル、ここは任せた」


 リーダーが班員を3人引き連れて、がれきの山を登って行く。穴が開いていたのか、そこから体が消えていった。

 何があったかは分かった。襲撃だ。ひょっとしたら、まだ敵が中にいるかもしれない。その時は、中に入って戦う。銃を握りなおした。


 耳を澄ませる。雨のザーザーという音。入口のがれきを取り除く音。ぴちゃぴちゃという足音。爆発音も、銃声も聞こえない。


「リーダー、戻りましたか」

「ああ。私たちのいない間に襲撃があったらしい。第九班から聞いた。襲撃犯はもう撤退したそうだ。ただ、かなり被害が出た」


 辛そうに言う。入口が破壊されていたくらいだ。かなり大きな戦闘があったのかもしれない。死者が出たのかもしれなかった。


「第7工場と第13工場が爆破された」

「コホッケホッ」


 はっと、隣でアリシアが息を吸い込んでいた。第7工場は、スティーブが働いている。


「落ち着け、お前ら!」


 リーダーの声にハッとする。そうだ、慌てても何にもならない。こんな時こそ、落ち着かなければ。


「今から、第7工場の片付けに行くことになった。任務だけをこなせ。他のことは考えるな!」


 リーダーが言う。やるべきことがある。悲観して嘆くのは後だ。早く復興させなければ。それだけ、戦えなければ、人が死ぬことになるから。死んだ人よりも、生きた人の方が大事だ。だって、僕は生きているから。


「第二班、応援に来ました」

「了解だ。けが人は恐らく全員運び出したが、木っ端みじんになったやつもいる。とりあえず、あの山を片付けてくれ」

「了解です。おいお前ら、今の指示を聞いていたな! 片づけるぞ!」


 バックパックと機関銃を床に置き、ぐちゃぐちゃになった金属の板を剥がしていく。これはバリケードくらいにしか使えないだろう。そんなことを考えながら金属塊を運び出していく。文句は言わない。ここに、また工場を作らなければいけないことを知っているから。辛いことなんてない。そう思っていた。だけど、見つけてしまった。




「シェーン、こっち、来て」


 アリシアに泣きながら山の反対側に連れていかれる。いやな予感がした。その感覚を消せないまま、そこで見つけてしまった。最初に見つけたのは、義足。けれど、その先にあったのは、胸に大きな穴が開いた、スティーブの遺体だった。

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